コナンの年の離れたミステリー友達の名を、岡本 佳純という。東都大学の法医学教室に所属する監察医だ。 二人の出会いはなんてことはない、毛利家と偶然遭遇したとある殺人事件での容疑者の一人が彼女で、それを解決したのがおっちゃんで、俺だったというわけだ。 その事件を捜査中、彼女は俺にこっそりと告げたのだ。 『捜査の助けになるかはわからないけど……写真の彼と、君が睨んでるあの人。同一人物だよ』と。 ひどく驚いた俺に彼女は、ちょっと照れ臭そうに苦笑しながら『“人”を見る目に関しては自信があるの』と付け加えた。のちにわかったのは、彼女が今の法医学教室に入る前はアメリカのジェファソニアン研究所で、高名な法人類学者のもと技術と目を養って来たすごい人物であるということだった。 事件は彼女のその一言から、整形をし顔を変えてまで復讐を果たした犯人の逮捕と決着がつき、俺達は連絡先を交わしその場は別れた。 どうしてこの一件から彼女と友達となったかというと、彼女の所持品の中にあった日本では出版されていない一冊のミステリー小説がきっかけだった。コナンもまた、アメリカにいる父から送って貰い、読んだことがあるその小説を手に二人は顔を見合わせ、それからがっちりと握手を交わした。ようするに、語り合う人が欲しかったのである。 監察医という職業柄だけでなく、ミステリー小説を愛する彼女との会話はとても楽しい。出会ってすぐに『中に大人が入っている』疑惑をかけられたが、それをあっさりと否定して返すと彼女はコナンを天才的な頭脳を持つ小学一年生と認識してくれたようだった。 それから、俺と佳純ねーちゃんはずっと友人関係を続けている。時折考えるのは、俺が“工藤 新一”に戻ってもこの人と友達でいられるかってことだ。ま、いつ戻れるかわかんない今考えるには気が早いような気がするけど、それほどあの人と話すのは楽しいのだ。 岡本さん、佳純さん、佳純ねーちゃん、と。年の離れた友人と距離が近まるたび変わっていく呼び名に、長い付き合いになったもんだなぁと独り言ちる。 容疑者の一人として巻き込まれたとある事件で出会った、天才的な頭脳を持つ少年とお友達になってから随分と経つ。 小学一年生の脳みそに詰まっているとは思えない知識量と大人顔負けの頭脳に、話をしているといつも少年と一回り以上年が離れているという感覚が消え去ってしまう。 『コナンくんってさ、チャックとか付いてない? 中に大人、入ってない?』と真顔で聞いてしまって、ドン引かれた表情で『そんなわけないじゃん、何言ってんの岡本さん、疲れてる?』と唸られたのはわりと出会ってすぐの話だったと思う。 同僚にその話をすれば、『えっ、アラサーが小学生と何の話で盛り上がってるの???』と、なかなかに失礼な疑問をぶつけられたが、普通に趣味の話である。そう、少年とは趣味を語り合う友であり同志なのだ。 アメリカの研究所で出来た同じ趣味のあちらの友人が面白い本を見つけると、日本では出版されてないその本をこちらに送ってくれることもあり、よく読む本はミステリー系の洋書だ。 日本で出版されていないということは感想を言い合う相手もいないという事。送ってくれた友人と感想を言い合うことはあるが、ネックなのは物理的な距離であり、時差だ。つまり思う存分感想とか考察とか語り合えない苦しみ。 いろいろなフラストレーションがたまり、日本の出版社にどうにか日本語訳版を出してもらえないかと熱い想いをしたため送った事もあるが、今の所叶う気配はない。悲しみ。 そんな時に出会ったのが、江戸川 コナンというわけだ。ありがとう神様、こんな優秀な小一を生み出してくれてありがとう。 所持品の中にあった一冊の小説を手にとった少年の背後に一筋のイナズマが走る幻を見たあと、私たちはがっちりと握手を交わしたのだった。 「佳純ねーちゃん、この本って読んだ事ある?」 そう言ってカバンから取り出したるは、父・優作の書斎から持ち出した随分昔に出版された本だ。 途端、カッと見開かれた#佳純ねーちゃんの目に、コナンの目が鋭く光る。 「その反応、読んだ事なかったみたいだね」 「そ、そうなの!うわぁ…生で初めてみた……」 目を輝かす佳純ねーちゃんにその本を渡せば、両手に抱えて「うわーー」と意味もない歓喜の声をあげている。 「この作家さんの処女作であるこのシリーズ、発売当初かなり数が少なくてずっと探してたんだ……え、というかコナンくん、どうしたのこの本…!? かなりプレミア付きの値段がヤバめになってるブツだけど…!!」 「父さ……んんっ、優作おじさんの書斎にあったの。初版本だって」 初版本…!って悲鳴じみた声をあげる佳純ねーちゃんに、ちゃんと許可とって持ち出して来てるからねと先回りして付け加えておく。 「佳純ねーちゃんがその作家さんが好きって話をおじさんにしたら、おじさんも持ってるよって教えてくれて。 それから、ねーちゃんが読んだ事ない本があったら貸してもいいよって言ってくれたからさ」 「え!そのおじさん、やさしい!……というか優作おじさんって、あの工藤 優作先生…?」 「うん!」 子供らしく元気な笑顔での返事に佳純ねーちゃんは瞬間真顔になって、ひぇぇと震える声で鳴いた。日本の本はあまり読まない彼女でも工藤優作の作品は愛読しているらしい。その反応が面白かったから、今度父さんからサインを貰って贈ってみようかとコナンは小さな悪戯心を膨らます。 「ねぇ、佳純ねーちゃん。これから予定ある?」 「え、ないけど。この本をすぐにでも読みたい」 「えぇー、もー、せっかちだなぁ」 からからと笑えば半目で「君に言われたくないなぁ」と苦笑まじりにぼやかれてしまった。 「せっかくだから、工藤優作の書庫行ってみたくなぁい?」 再び真顔になった佳純ねーちゃんは低い声でこう警告した。 「コナンくん、君はおそろしく人を誑し込む素質があるようだね。 危ない大人に目をつけられる前に、そのお利口な頭でどう生きるか一度考えた方がいいよ。お姉さんとの約束」 「……どういう思考が回ったのかわかんないけど、ボク気をつけるね」 「うん、誘拐されたりしないようにね。気をつけて、ほんと気をつけて」 あまりに真剣な眼力を笑顔で交わしながら、すでに何度か誘拐等を経験していることは秘密にした方がよさそうだと思った。 とある休日、想定外に招き入れられたのはコナンくんのおじである工藤優作の自宅だった。そして豪邸である。 幾ら大人びているとは言えイトコの子に家主不在の家の鍵を渡すとは…懐が深すぎて心配になる。子供って鍵を簡単になくすよ大丈夫?と。 その心配をコナンくんに漏らすと『普段は阿笠博士に預けてるから大丈夫だよ!安心して!』とドヤ顔笑顔で答えられた。それならまぁ、安心できる。 案内された書斎は、とても広く集められた書籍の数々も幅が広い。これがナイトバロンのベースになるかと思うと感動に手が震えた。 コナンくんは、先ほどの話題に上がった作家の作品がまとめられている棚を教えてくれた後、『他にも気になった本があったら言ってね、おじさんに借りれるか聞いてみるから』とありがたいお言葉までくれた。ありがとう、もう死んでもいい。嘘です、読んでから死にたい。 そうして、自分が読みたい本を探しに行ってしまったコナンくんを見送って、自分もまた本を向きなおる。お宝を前に、胸の高鳴りが抑えられなかった。 本の背表紙をなぞって確認し、引き抜き表紙を開く。状態も良く保存された本達の香りに心が踊るのを感じながら、3冊ほど貸し出し希望の本を選んだ。その本を手に、書庫の中にいるはずのコナンくんを探しているとふと飾られている写真に目が止まった。 家族写真らしい。インタビュー記事で顔を見たことがある工藤優作とその夫人。そして真ん中には息子と思しき、少年が照れ臭そうに二人に挟まれている。 その写真をしばし呆然と見つめていると、小さな足音が近づいて来た。 「佳純ねーちゃん、本見つかった?」 呼ぶ声に視線を傍に立つ少年へと落とす。じっと見つめる視線に少年はコテンと首を傾げた後、先ほどまで見つめていた写真に視線を向けて少々慌てたように「優作おじさん達の写真見てたの?」と口にした。 「優作おじさんと、有希子さんの間にいるのが新一兄ちゃんだよ」 「そっか……真ん中の子。コナンくんにそっくりだね」 「う、うん。よく言われるよ。蘭ねーちゃんにもよく言われるんだ『小さい頃の新一そっくり!』って」 空元気としか思えないほど異様な明るさで話すコナンくんに「そうだね、そっくりだね」と上滑りする声で応える。 「佳純ねーちゃん……?」 「コナンくん」 視線を少年から、幸せそうな家族写真へと戻す。 「世の中に同じ顔が3人いるっていうけど……それでもね、骨格までまったく同じって人はいないんだよ」 少年は口を閉ざしたまま答えない。 メガネをかけた目の前の少年と、写真に映る曰く“工藤 新一”少年。その顔の皮膚の下、肉を纏う骨の形は私の目から見れば、同一人物であるという真実が映っていた。 「コナンくん、君は一体何者?」