その女が、妙な言いがかりをつけてきたのは、試合を終え仮想合戦場に背を向けたその時だった。 最後の一試合だったその結果は、完全勝利S。 観覧席からの拍手を受けながら、戻って来た自軍に声をかけ係員に今回の戦績票を発行してもらって──これを政府に提出することで報酬をもらうのだ──帰ろうとしていたそんな時。 「待ちなさいよ!」と対戦相手であった、その審神者が喚いた。 「は?」と思わず怪訝そうな声とともに振り返ると、こちらにつかつかと歩み寄って来た妙齢の女性は鬼のような形相で掴みかかろうと腕を伸ばして来た。 反射的にその手を掴んでひねり上げる。ぎゃっと悲鳴を上げた審神者に、あちら側の刀剣男士達が気色ばむ。 刀の柄を掴んで体勢を低くした小夜を視線で制してから、呆れたような視線で女を見下ろした。 「一体なんです、突然襲いかかったりして。 審神者同士のいざこざはマイナス査定になりますから、おすすめしませんよ」 溜め息混じりにそう言ってやれば、女はぎらぎらと光る目でこちらを睨み上げた。おぉこわ。 「あなた、違法運営してるでしょう!!」 「はぁ?」 思わぬ思考の暴投に思いっきり顔を顰める。その反応に何を思ったのか、女は超絶理論を振りかざし始めた。 「図星でしょ?やっぱり、おかしいと思ったのよ! あなたの部隊はずっと短刀メインだし、きっと折れやすい短刀を使い捨てのように使ってるんだわ!」 駆け寄ろうとしていた係員が、その言葉に様子を見るべく足を止める。 静まり返る演練所に面倒なことになったな、と苛立ちを隠した半目で女を睨み見下ろす。 「無理な進軍をして短刀を折ってるのねぇ……」 短刀を使い捨てにしていてどうやって練度をMAXにもっていけるというのだろう。 舞い散るサクラを常時まとい、疲労度の値も低い彼らのどこに無理な進軍の証拠がみつけられたのだろう。 自分の刀剣男士には、刀装もお守りも装備させず、試合前にみた疲労数値は真っ赤なランプが点灯していた。 「特」さえついてない練度の手勢を背後に控えさせ、その発言はかなりのブーメランではなかろうか。 「だから一度もレア刀を連れて来た事が無いんでしょ! それもそうよ、そんなことをしているからレア刀と呼ばれる方達もあなたの本丸に来ないんだわ!!」 バカねぇ、と自分の妄想に酔い嘲る女が、最早哀れになってくる。 「かわいそうに、小夜左文字……たくさん辛い目にあってきたんでしょう?」 そう猫なで声で女に話しかけられた小夜の顔が、チベットスナギツネみたいになってた。多分きっと自分も似たような顔をしている気がする。 えぇと、いつまで君のお遊戯会見てれば良いのかなぁ〜。 片手で女の手を押さえ、笑顔のまま抜刀しそうになっている歌仙の手を押さえつけるのももう限界です。これを37人目にするこたない。 「乱藤四郎に今剣、薬研も……もう安心してね! わたしがこのわるーい審神者から助けてあげる!」 とてもいい笑顔の女に対して、名を挙げられた3名の表情も小夜と同じようにチベスナ顔になっている。 ねぇ、気付こう?小夜が絶望顔で「この世は地獄…」って呟きながら抜刀してるから。命の危機に気付こう? 「助けてあげるって、どうするおつもりですかぁ?」 「あら? 今更、怖じ気づいたの? だめよ、もうあなたに救いはない。 すでにこの場にわたしが呼んでおいた摘発役人がいるから、あなたは逮捕され罪を償うしか無いのよ」 救いようがないのはお前だと思うよ? 顔を真っ赤にして鬼の首取ったように高らかと宣言した女を呆然とその刀剣男士達が見つめている。いや、止めろよこの暴走女。 「償うって…ねぇ」 しらけた目で彼女達を遠い目で見ながらぼやくと、女はこちらが動揺したと勘違いして勝った気で微笑んだ。 「さぁ? 私にはそこまでわからないけど、神様を愚弄した相手にはそれ相応な罰が待っているでしょうね。 かわいそうに……欲にかられてバカなことをしなければ良かったのに」 くすくすと人をバカにするように笑う女に、「バカはお前だよ」と歌仙が笑みをかたどったままの唇の隙間から低い声で唸った。こわいからやめろ。 「でも安心して、あなたが傷つけ虐げたかわいい短刀達は通報したわたしが責任をもって癒してあげるから!」 どーんとドヤ顔で言い放った女に、ようやく係員が駆け寄って来る。 「あー……うん、あなたさぁ」 女の手を離して係員にまかせ、空いたその手で痛む頭を押さえた。 「そういうのは自分の本丸立て直してから言おうね」 係員にひきづられていく女を見送っていると、恨みがましい視線を感じてそちら振り返る。 彼女の刀剣であるへし切長谷部が憎しみを込めた視線で睨んで来たが、心底どうでも良かった。お前等の主は勝手に自爆しただけだから。 彼女が呼んでいたという摘発役人は、大変疲れた表情で後日本丸の方にお話をしに参りますと言って女を連れて帰って行った。 「……疲れた、帰ろう」 その日は、観覧席からの意味合いさまざまな鬱陶しい視線から逃れるように本丸に帰った。 帰った本丸で出迎えてくれたこんのすけが全員の表情に「みなさんどうしたのです!チベットスナギツネみたいなお顔になっておりますよ?!」と、悲鳴を上げていた。 夜には騒ぎを知った仲の良い審神者仲間達から、気遣うメールが来ており。そこであの審神者が、同本拠地は有名な人物だとわかった。ようはクレーマー審神者らしい。 そして彼女は、私とは逆の本丸だったらしい──彼女の本丸は初鍛刀以降、短刀を迎えたことがなかったと言う。 あの短刀への執着じみた発言はそれが原因だと知った。 とはいえ、どんな理由と原因があろうとも人様に迷惑をかけているようじゃ、指揮官としてはお些末だなと冷めた感想を抱きつつ携帯端末を閉じた。