目前で藤色が舞う。カソック姿の男は長い裾を翻して振り返る。 こちらと視線を合わせた男は、返り血に汚れた顔をくしゃりと歪めて朗らかに笑った。 男の足下には重傷状態の相手方のへし切長谷部が血まみれで倒れている。 瞬間、下される自軍の勝利のアナウンスと共に演練場の仮想戦場が消えた。 か細い悲鳴を上げたのは今回の相手であった審神者の少女であろう。 仮想戦場から出れば負った傷は癒えるとは言え、見た目がかなりハードな状態だ。まず腕が本体と離れている。 審神者は中に入れない為、比較的無事な仲間がへし切長谷部を抱えて戦場との境界線へと向かってくるのを真っ青な顔で見つめている。 対して自軍はどうだろう。笑顔の男を初めとした5人の表情は晴れ晴れとしている。 思わず引き攣った頬は、普段から着けている顔を覆う白布のおかげで誰にも見えていないだろう。 「吉行、どうしてこうなった…」 「はっはっはっ…」 隣に立つ護衛の陸奥守はぼやいた言葉に乾いた笑い声をあげた。 境界を越える男達から傷とも言えない軽傷が消え、返り血も綺麗さっぱりなくなる。 「見て下さい主、勝ちましたよ」 にっこりと笑った男、自軍のへし切長谷部に頭を抱えた。 演練にはしばらく顔を出さない方が、いいかもしれない。 今回の演習に連れて来た護衛の陸奥守を覗く6刀は、ともに同じ本丸から来た「引き継ぎ刀剣」だ。 いわゆるブラック本丸から来た彼らは、初め敵愾心むき出しだったのに対して今では忠誠心カンストしている。だとしてもおかしいだろ、と心中でツッコミをいれる。 特にへし切長谷部。 彼らの本丸が摘発に至った経緯としては、自分も絡んでいたため本人曰く「前の主」を破滅に追い込んだ自分を大層恨んでいたそうな。しかも政府の命令とは言え、その仇とも言える相手に下げ渡された事は彼のトラウマを刺激したようだ。 そんなゴタゴタを越え、初めは断固拒否していた引き継ぎを終えた頃には忠誠心がおかしいことになっていた。もう一度言おう。どう考えてもおかしい。 「主…?」 傍からかけられた心配そうな声にハッとして顔を上げると、近侍の小夜が大きな三白眼でこちらを見上げていた。 「あ、ごめん小夜。少し考え事をしていて…」 苦笑混じりにそう答えると小夜は目を細めた。 「それは、あいつ等のこと?」 「そうだね……まだまだ手に余る事が多いから」 この本丸には引き継いだ刀剣が来るまで太刀がいなかったため、本丸の使用も自ずとそれに合わせた形になっていた。 彼らからの度の過ぎた我侭と判断できる要望は却下したが、こちらから見て不自由なことは改善しているところだが全て終わるまではまだまだかかる。 その上、先の演練のような事がある。なんと言うか……力が有り余っているのだ。 彼らを降ろした審神者はノルマ以上の進軍はしない消極的な戦法をとっていたようで、引き継いだ刀剣は〈特〉もついていない状況だった。 そのためか、うちのような「行ける所まで進軍しようぜ!」な本丸で生き生きとしている。生き生きしすぎなので演練のようになる。 案の定、政府からしばらく彼らを演練に連れて来ないように指令がでた。他の審神者の心的ダメージを減らす為とのことだ。ですよね、と思わず伝えに来た担当と思わず声をハモらせた。 「訓練といえど『主が勝て』と言っているんでな」などと言って、圧し切って行く奴が一番の問題児だ。 引き継ぎはあまり成功例の少ないため受け入れた審神者は報告書の提出義務があり、毎度内容を文書にまとめる度にその強烈さに頭を痛めている。 「主の負担になるなら今からでも…」 真直ぐな小夜の言葉を受けて、その頭を優しく撫ぜながら緩く首を横に振る。 「返納するのはもう無理だよ、小夜」 小夜は「ううん」と否定した。 「折る」 「折るの?!」 そこまで?!と悲鳴を上げると、小夜は「復讐…」と小さく呟いた。発想が物騒である。 「あいつ等は節度が無い…。いい加減この本丸の考え方に沿ってもらわなくちゃ」 不愉快そうに顔を歪める小夜に、また何かあったのかなと苦笑を滲ませた。 「今度はどうしたの?」 「……へし切長谷部が、近侍の固定にまた文句を付けて来た」 小夜からの報告に頭を抱える。 「またあいつか……」 初期刀の陸奥守と小夜は、この本丸では総隊長のとして基本近侍として審神者に付き、必ずどちらかが審神者の傍にいる状態を今まで誰も問題視しなかったし、文句を付けるような者もいなかった。 それもそのはず、ここで初めに能力値がカンストしたのはこの二人で、かつ本丸一の経験値を持っているからだ。 だがしかし。それに文句を言い出したのは引き継ぎ組、というかへし切長谷部だ。 彼曰く「主の寵愛を一点に集中するのはよくありません」とのこと。つまり「二人だけずるい!うらやましい!!」ということだ。というか寵愛ってなんだ、信頼とかならまだしも。 そんな我侭通ると思うなよ?が、引き継ぎ組を除く本丸の総意である。 弊害としては少々、加州がへし切長谷部の主張に引かれている点だ。加州は基本愛されたがりだからなぁと、溜め息を吐く。 「主張と実力が伴っていないんだ…。主を護れるほどの力も無いくせに、特別だけを欲しがる。 前の本丸の方針が原因だっていうのはわかっているけど……でも度が過ぎている、と思う……」 「そうだね……」 彼らの元審神者は自分とは逆に、脇差や短刀が招けない質であったそうだ。 短刀の愛らしさと機動の高さを求め、日夜鍛刀を続けていたそうだがその努力は実らなかったし、資材を得る為に行った進軍はお粗末な指揮で結果も散々。 担当から裏事情を聞いた所、養成所での成績は合格ラインを辛うじて越えるものだったという。 結果彼らに残ったのは、短刀と脇差を求め続けた主に『自分を見て欲しい』という欲求と、女の主には戦の指揮を任せてはいけなという頑固な思い込みだった。まったくもって面倒な置き土産だ。 とはいえゴタゴタの最中発覚した事を思えば、審神者だけが悪かったと言えないとも思う。 成績の悪さから言って、かの審神者がまともな戦が出来た事はおそらく無かったのだろう。 ならば、学ばせればよかったのだ。 人の身を得てから彼らが学ぶ事が多いように、審神者とて指揮官として現場で学ぶ事だってて出来る。 なのに彼らは審神者から戦の指揮権を奪った。 原因は、審神者が唯一所持していた短刀を戦闘指揮の最中の不注意で、折ってしまったからだと聞いた。それを糧に学ばせればよかった。だが彼らはそうしなかった。 指揮権を奪う事で、審神者はただのお飾りの主へと成り下がった。たとえそれが、彼らなりに主の為を思ってやった事でも、きっと審神者にとっては謀反に近い行いだった筈だ。 一度入った亀裂は戻せない。その一つの皹はどんどん広がり、審神者は彼らを見ずに現れない短刀と脇差を求めた。手入れを放棄した。 どちらが悪かったのか、こちらが判断することではない。 「まぁ、いい加減。彼らには“郷に入っては郷に従え”って言葉を理解してもらわないとね」 「うん、そうだね。主からわざわざ言葉にされなくとも、理解して欲しかったけど…… 必要とあれば僕と吉行が“教育”するから」 「面倒をかけて申し訳ないけど、その時はよろしくね、小夜」 ぽんぽんと頭を撫ぜてから放っていた筆を手に取る。 「わかった」と応えてはにかんだ小夜越しに、目が合った者に思わず遠い目をした。 ぎりぎりと聞こえる歯ぎしりに振り返った小夜も、チベットスナギツネのような顔でそちらを見た。 「……そろそろ、吉行と交代だろう。 呼びに行くついでに障子の隙間からこちらを覗き見しているへし切長谷部を大広間まで送って行ってくれるかな?」 「……わかった」 遠ざかる「あっ、あるじぃいいいい!!」という泣き言は聞こえ無かった事にして書類と向き直った。 小夜と入れ違いでやって来た陸奥守は、部屋の外から聞こえる騒ぎに耳をすませながら小さく笑う。 「ここも随分にぎやかになったのぉ」 「にぎやか、という表現で良いのかなぁ」 思わずぼやいた言葉に陸奥守が呵々と笑う声を聞きながら痛むこめかみを押さえつつ、逃避のように「どうしてこうなった」と彼らがここにきた経緯に思いを馳せた。