こんのすけが持ってきた政府からの書簡を開き、思わず肺を中身を空にしてしまうような深々とため息を吐き出した。 すると執務室の文机を挟んで向かい側に座るこんのすけがますます所在無げに体を縮こまらせるものだから、慌てて「悪いのは君じゃないよ」と宥めす。 とにかく定位置である膝の上に乗ってもらい、もふもふの体を撫でてやりながら机に広げた書簡に再び目を戻した。 【甲から乙に引き継がれる刀剣一覧】と銘打たれた書簡には、以下10刀の名前が並んでいた。 へし切長谷部、和泉守兼定、同田貫正国 一期一振、江雪左文字、燭台切光忠 獅子王、太郎太刀、石切丸、岩融 打刀3口、太刀4口、大太刀2口、薙刀1口。 全てうちの本丸には顕現していない付喪神達であり、先日解任された件の審神者の刀剣達である。 結果は見て通り、こちらの意思は丸無視で刀剣を引き継ぐことになったわけだが、担当者の頑張りのおかげで“3つ”の約束を取り付けることができたのは幸いであった。 「いつ頃、そいつらはここに?」 近侍として執務室にいた陸奥守の問いに、膝の上に乗ったこんのすけが答えた。 「政府としてはすぐにでもということだったのですが。 こちらでも大人数を受け入れるわけですから準備が必要です!…と、こんのすけめが訴えましたので、一週間の準備期間をいただきました」 「ありがとう、こんのすけ。がんばったご褒美に今日はお揚げをあげようね」 顎の下を撫ぜながら甘い言葉を囁けば、クーンと甘い鳴き声が返ってくる。 「頑張るんだったら、引き継ぎの話も潰してくればいいのに…」 非番ながらこんのすけが政府から飛んで帰ってきたため、心配して執務室にやってきた小夜が小さくこぼした言葉に、隣に座る陸奥守が「まぁまぁ」とその小さい肩を気安く叩く。 「お小夜、無茶をゆうちゃいかんぞ。お上に逆らうのはよおないことじゃ、主に余計な圧がかかるとも限らんしな」 「…そう、だね。ごめんね、こんのすけ」 「いいえ、いいえ。こんのすけにもっと力があればというのは確かでございます。わたくしもそう思います」 湿っぽくなってしまった部屋の空気をふり払うようにパンと両手を合わせた。 「まぁ、お上の勝手はいつものことだし。決まったことだからしっかりこなしてうちの本丸の評価をどーんと上げてしまおう」 そうしたら報酬も上がって、やりたかった畑の拡張とか本丸の拡張ができるかもしれないし、と前向きに言葉を続けて彼らを顔を見合わせた。 「どうなるかわからないけど、負の感情ばかりっていうのも“お客様”に悪いしね」 ふむ、と陸奥守が腕を組んで頷く。 「そうじゃのぉ、主の言う通りじゃ。客人に悪い気させるのは不本意やき」 「準備…布団とか日用品の準備はこちらでしなきゃないのかな…?」 「あぁ、それでしたら!」 わいわいと段取りをくみ出した三人から視線を外し手元の書簡に目を落とす。 そう、客人だ。 担当に頼み交渉して貰った約束事の1つは、彼ら10口の刀剣を始めの1ヶ月は“客人”として扱うというものであった。 「……お小夜、兄弟刀が来るっちゅーのは嬉しくないがか?」 執務室からの部屋へと戻る道すがら陸奥守からの問いに小夜はちらりと彼を見上げただけで、すぐに視線は正面に戻された。 「別に…兄様だったら、ここにはもう宗三兄様がいるし」 そっけない返しに陸奥守はううむと困ったように唸る。 「吉行は何が言いたいの?」 ずばりと問われた内容に小夜の後頭部を見下ろし陸奥守はわずかに視線を泳がせた後、そうじゃのぉと言葉を選ぶように口を開いた。 「おんしゃあが、引き継ぎにあんまりにも乗り気じゃないようじゃき、心配しちゅう」 「……」 きゅっと小さな拳が握りしめられたのが見えた。 件の本丸からの刀剣引き継ぎの話が出てからどうも小夜はぴりぴりとしており、それを主ももちろん気付いている。 「じゃけんど小夜の心配事もわしにはわかる。やき、どうしたもんかと悩んじゅう」 小夜の心配はもっともだ。引き継ぎに際して起こるあれこれは、おそらくこの本丸で危惧していない者はいないだろう。 そして本丸のためにならないことに一番敏感な主は、毎夜担当と連絡を取り合い心配ごとの種を潰すのに余念がない。 主の懐刀である小夜はだからこそ、最後まで引き継ぎの強固反対派なのだ。 「来るのはもうしょうがないから諦めているよ。でも、受け入れることができるかはわからない」 「そりゃあ、みんな同じぜよ」 「うん。だから僕は最後まで反対し続けるよ。 そうしたら、何かあった時“反対が起こるほどにはじめから問題があった”って言えるでしょ?」 「はえ?」 きょとりと目を瞬いた陸奥守を振り返って小夜は小さく口の端を上げて笑った。 「兄様に相談してみたんだ。そうしたらこうするといいって」 「ー……はははっ」 陸奥守は思わず乾いた笑いをこぼす。これは兄弟刀の悪い影響を受けてしまった、というべきなのか判断に悩む。そんな陸奥守の反応も気にした様子もなく小夜は言葉を続ける。 「それに兄様と僕には、特に追い返したい奴がいるんだ」 「追い返したい奴?」 「へし切り長谷部。あの騒動の去り際、主を睨んでいた奴だよ」 ぎっと眼光に鋭さを戻した小夜に陸奥守はやれやれと肩を落とした。 そういえば、薬研が同じ織田組であっても“別れ方”の違いのせいか、いろいろあるのだと苦く笑っていたのを思い出す。 その上、小夜と自分を含めたあの演習に参加していた6人は、あの場で気色ばんで主を睨み、あの審神者の暴走を止めさえしなかった相手方6人を直に見ているわけで。 彼らに関しては殊更。風当たりが強くなるとしか思えない。 どうにも面倒なことになる気がしてならない陸奥守は、頭が痛むこの話を主にどう話そうか頭を悩ませた。