2008年の春、日本にて死んだ私は、1870年代のイギリスに生きていた。 生まれ変わり、というより前世を生きているのか、そうすると21世紀の記憶は私にとって一体何なのだろう。 どうにもSF的な文系の考えは畑違いで、考えても答えなど見つからず。まして、親兄弟にさえ相談出来ない。 仕方がないので無知な子供を装い、私はワトソン家の長女として生きている。 この時代の感覚は未だ理解が追い付かないが、父親が裕福なのは生活からみても確かだと思う。 出来の悪いと嘆く兄にも、有望な前途を約束してやれたこと、長女である私をよい学校にやれたことでも明らかだ。 私はここでも変わらず医者を目指した。 この時代、未来のように女性が働くことはかなり難しい。しかし、よい出会いがこの時代にもあった。 当時、看護学校を運営していた“クリミアの天使”ミス・フローレンス・ナイチンゲールとの出会いである。 16歳の私は、その出会いを好機とこの時代で医者になる夢を彼女に伝え、助力を強く願った。 私より随分と転機のきく彼女は私に一つのアドバイスを与え、家に戻った私は兄へとその《作戦》に助力を願った。 父親との仲は悪かった兄も、妹の私はよく可愛がってくれていた。 《作戦》はミス・ナイチンゲールの助力により社会的にはすんなりいくように思えたが、家族的な問題は味方がいないとうまくいくはずがない。 兄は以外にも、一つの条件をだすだけで快くその《作戦》に参加を承諾してくれた。 こうして私は、ロンドン大学に兄の名──ジョン・H・ワトソンとして入学した。 支援をしてくれた父は死ぬまで、兄がロンドン大学に通っていたと思っていたのだろう。 残念ながら、兄の放蕩を見守るためとロンドンに共に発った妹が、医学博士の学位を納める事となった。 その間、兄は放蕩しながら画家を目指していたようだ。 私は'78年に学位をとると、ミス・ナイチンゲールの薦めで軍医となった──そこからの流れは大きく省くが、私はアフガン戦争に参加し、マイワンドの大苦戦にいたり、足の大きな怪我をしミス・ナイチンゲールに祖国イギリスへと帰還命令を受けるまで、私は軍医として救命救急医よりもさらにハードな戦場を駆けずり回った。 ミス・ナイチンゲールがロンドン帰還を命じたのは、長期間の療養となれば偽っていた性別が隠し通せなくなる可能性があったのと、私が慣れない戦争に随分と精神にキてしまったからなのだ。 仕方がなしにナイチンゲール看護団に見送られ戦地を後にした私は、ミス・ナイチンゲールに挨拶を済ませた後で兄が住む場所を訪ねた。 兄が住む場所と言っても、元は私も住んでいた場所で訪ねるというより帰るという表現のほうがあっているのかもしれない。 とにかくその場を訪ねてみたものの、兄がいた部屋は別の住人が住んでおり、大家に兄の行方を聞けば家賃が払えず追い出されたらしい。 これでは兄もだが、私も家無しだ。痛む頭を抱えて、現実逃避に昔通っていた食堂にランチを食べにいく事にした──そこで、私はこれからの人生を大きく変えるだろう出来事に遭遇することになる。