ハリーの目覚めてすぐの視界は、様々な人達からの贈り物と友人達の顔で埋まっていた。 そのあまりの多さにマダム・ポンフリーが見舞客を追い出してしまうと、ひっそりとした病室に残されたハリーの元へダンブルドアがやって来た。 そして、ハリーはダンブルドアと色々な話をした。 石の事、ニコラス夫妻の事、ヴォルデモートの事、両親や何故クィレルが自分に触る事が出来なかったのか、それと透明マントの贈り主がマリーだった事と、スネイプの事も聞いた。 マリーはまだ意識が戻っていないらしい。 「彼女は眠ってしまった君の代わりに、ことのあらましを話してから昏倒してしまっての。 まだ意識を取り戻してはいないが、無事じゃよ。彼女は私室で休養をとっておる。献身的な看病をうけてな」 悪戯っぽく笑いながらそう言ったダンブルドアに、ハリーはその献身的な看病をしている相手がわかってしまった。 スネイプがマリーと共に──大部分お互いに単独行動が多かったようだが──この一年間、自分を守ろうと奔放していた事を知った今。それでも、誤解しか生まれなかった事を考えると、不器用なのかわざとなのかは考えものだなとハリーは思った。 殆ど驚くばかりの事実にハリーは目が回る思いをしながらも、どうしても知りたいことがあった。 「先生、マリーさんの事なんですが……マリーさんの右目は、僕と同じで呪いを跳ね返した時に?」 「そうじゃの。しかし、彼女は君とは違って、彼女を呪いから守ったのは愛ではなかった」 悲しい事だ、と呟いてダンブルドアは瞼を伏せた。 「憎しみや怨みもまた、愛に同じ強い感情の力があるんじゃよ。 マリーはそれによって謀らずとも守られてしまった……愛と憎しみは表裏一体なのだと、よく言ったものじゃよ」 「それって……」 ハリーはダンブルドアから説明が欲しくて言葉を催促するように視線を向けたが、その以上の言葉が紡がれる事はなかった。 「しかし、今は違う。マリーはついに真実の愛を得た」 にっこりと笑ったダンブルドアに、ハリーも笑い返した。 「おめでたいことですね」 「あぁ、そうだとも。長く彼らを見守っていたが、素直になれないらしく中々くっついてくれなくてのぉ。 こちらがハラハラしたものじゃよ」 「じゃあ二人は、ようやく素直になったんですか?」 ハリーはダンブルドアの言葉に笑いながら尋ねれば、ダンブルドアは「うむ」と大きく頷いた。 「二人のすれ違いは、勘違いから生まれていたらしいがの。 とにもかくにも、彼らが幸せになることがわしの昔からの願いじゃ」 「僕も、そう願います」 ハリーはそう力強く頷いて言えば、ダンブルドアは嬉しそうに頷いた。 「はやく幸せになれるといいですね、マリーさんとスネイプ先生」 「おや?わしは相手の名前を言ったかの?」 驚いた顔をするダンブルドアに、ハリーはにやりと悪戯っぽく笑った。 「マリーさんはともかく、スネイプ、先生はわかりやすかったと思いますよ」 ハリーは、自分の幸せを願ってくれた二人にも、幸せが来ればいいと願った。 ・・・ ふぁあと、大きな欠伸をすれば隣から気遣わしげな視線を送られマリーは苦く笑った。 マリーの呪いを正しく理解した彼は、少しでも眠そうな仕草を見ると心配が溢れ出るらしい。睡眠は三大欲求に基づくものなので過剰反応はやめてほしいところである。 「心配のし過ぎで君が心労にならないか、心配になるなぁ?」 見上げた先の仏頂面は、ふんと鼻を鳴らした。 「心配ばかりさせるそちらが悪いのではないか」 「そう言われてもな……」 スネイプが淹れた紅茶に1つ砂糖を落とした、マリーはそう言って肩を竦めた。 「思っていたより、お前は心的なものが体調に出やすいようだからな……気をつけねばならないことが多い」 するりと頬を手の甲で撫ぜて優しく囁かれた言葉に「昔はそうではなかったんだよ」と言い訳がましく返す。 「知ってるさ。でもまさか、あれで知恵熱をだすなど……」 笑いを噛み殺して言うスネイプに、マリーは拗ねたように目を細める。 「あれは、病み上がりで……君が悪いんじゃないか」 事件後昏倒したマリーは、スネイプからの献身的な看病を受けハリーから遅れること3日後に目を覚ました。 目覚めてすぐ、喜びに顔色を明るくしたスネイプにきつく抱き寄せられたかと思えば目覚めのキスにしては大胆なのをぶちかまされたマリーが、「夢か」とうわ言のように言って熱を出してしまい追加で1日寝込んだのも、今では笑い話になっている。主にスネイプに、だ。 まるで生娘のような反応だな、と笑われたのでマリーは憮然として「だってね…君に“あの時”抱かれたのが、私の最初で最後だよ」と言ってやった。 ギョッとした顔のスネイプに、マリーはやれやれと肩を落とす。 卒業間近のマリーが“ガブリエル”ではなかった、ただの少女であった頃に一度だけスネイプと体の関係を持ったことがある。 それは今でも、何の間違いかと思うほどにあの前後の記憶が曖昧なのだ。誰かのおかしな魔法にでもかかってしまったのだろうか、マリーは首をひねる。 しかし、どうやってもどうしてそうなってしまったのか思い出せないのだ。それは相手も同じなようで、記憶があるのは、事が始まってしまってからである。 兎にも角にも、起きてしまった事は覆せるわけもなく。 当時から彼に想いを寄せていたマリーとしては、ひっそりと死んでいくはずだったの恋の餞になるだろうという感じで、一夜限りのそれを受け止めていたが、目の前の男の青い顔を見る限りでは世間一般的ではない反応なのだという事はうかがい知れる。 そして、卒業を待たずして一族は絶えた上、充てがわれる予定であった婚約者と顔を合わせる前に起きた10年前のハロウィンの事件以後、隠棲していたマリーにそんな浮ついた話があるわけもなく。 この歳にしてマリーは、耳年増の生娘と変わらぬ状態である。 「私が知ってる男は君だけってことだね」と呑気に言えば、スネイプは頭を抱えてしまった。 髪の隙間から覗いた耳が真っ赤に染まっていたことから照れているのがわかったので、大概君もウブな反応だろうと思ったがマリーは口には出さずに紅茶と共に飲み下した。 しかし──思ってもみない告解を受けたのは、10年ぶりの2度目の直前。ベッドの上でのことだった。 あの一夜限りの関係がスネイプの企みで、ちょっと問題がありそうな魔法薬が使われたと知るのはもう少し後のことである。 半分ほど中身が減ったカップをソーサーに戻すと、マリーは「今はかなり落ち着いてるんだよ」と言った。 「あれから、声が遠くなったから無理矢理な眠りは減って来てるんだ。 だから、今はずいぶん調子が良い」 「だとしても、一時の事だろう。……奴はまだ死んではいない」 「そうだね……」 そう呟いてマリーは手元のカップからスネイプへと視線を戻した。 「先日、ダンブルドア先生と今後について相談してきたんだ。 今までの薬が効きにくくなってることもあるから……」 これまでダンブルドアに処方してもらっていた薬は今はスネイプが作ってくれている。 それでもマリーの呪いの進行を完全に止める事は出来ず、新たな方策を得るまでまたあの隠居屋敷で過ごすという話も進んでいた。 しかし、それに否を唱えたのはマリーだ。現状、ホグワーツとハリーから離れることは良策ではないと思ったからだ。 「それで、どうなった?」 「うん……期限だろう二年を伸ばす為に、少し強行手段にでてみよう、という話になった」 「強行手段?」 訝しげに潜められた眉に、マリーは少しだけ困ったように笑った。 「体の時間を、戻すんだ」 予想通り、意味がわかないと言わんばかりに顔を顰たスネイプにマリーは頬を掻いた。 「だからね……このままの時間進行だと私は二年で完全に眠りに堕ちてしまうわけだろう。 なら、その時間を巻き戻して、呪いの期限を誤魔化してしまうという算段なんだよ」 「ようするに……?」 「私の体を在学時代くらいまで若返らせる」 マリーの言葉に、スネイプはなんとも言えない表情で深いため息を吐いた。 「それで、この学校にまた入学するのか?」 「察しがいいな。ハリーと同寮の生徒になれば一石二鳥じゃないかと、ダンブルドア先生とも話してきた」 「……心中は微妙だ」 そう呻くように呟いたスネイプに、マリーは苦笑を浮かべた。 折角、思いが通じ合ったというのに、生徒と教授ではなんともまた微妙な距離感が出来てしまうし。 教授と助手ならば一緒にいられる時間も長かったが、立場が変われば会える時間もかなり短くなってしまうだろう。 スネイプの言い分はわかるので、マリーはだだ苦く笑うしかない。 しかし、先を考えれば時間を先伸ばしにする事で、もしかしたら新たな打開方法が生まれるかもしれない。 低い可能性ではあるが、その間にヴォルデモートを倒すという事がないとも言い切れない。 「休みは必ず一緒にいれるし、テストだって二回目だから…というか今の私には勉強必要ないから、その間一緒にいれると思う」 「……」 「セブルスは反対……?」 彼が反対すれば、無理にこの強行手段をとるつもりはマリーにはなかった。 何せ、恥ずかしながら彼に残りの人生を捧げた身であるのだ。 「……指輪を買う」 ポツリと呟かれた言葉に、マリーは「ん?」と小首を傾げた。 「虫よけにそれをしていろ、絶対にだ。それと、休みは必ず私と過ごす。 それさえ守ってくれるならばいい──お前の命が長く伸びるならば、我が儘は言っておれんだろう?」 不満は少しあると言いつつ、彼の顔と声は穏やかで、マリーは「ありがとう」と言って微笑んだ。 「ところで」 「?」 「ただ辞めたら、一年で助手を辞めたセブルスに悪い噂がたつと思うんだ」 「……別にそれでも構わないが」 助手を辞めたとしても、大事なモノはそれでも手の中に残ってくれるのだ。 だからそのことで、悪評や嫌われ者の烙印を押されようとも、スネイプは痛くも痒くもなかった。 「それで、君が嫌じゃなければだけど……退職の理由を結婚にするのはどうだろう?」 夫婦で教職っていうのもあれだしね、と笑うマリーを凝視したままスネイプは固まっていた。 返答がないことに、こてりと首を傾げたマリーがスネイプを見上げる。 「やっぱり駄目?」 「いや……そうしろ」 憮然と言いながら照れ臭そうにわざとらしく咳ばらいしたスネイプに、マリーは穏やかに笑った。