右目の視力を失ってから、視界の半分を覆う死角の闇はもはやこの10年で見慣れたものだった。 その闇の中に、やさしい黒が隠れるようになったのは、本当に最近の事で。 未だそれに馴れることが出来ない。 「マリー、その資料に目を通したなら返せ」 死角の闇から伸ばされた手が、抱え込んだままの分厚い資料を奪いとった。 ぴくりと震えた指先が掠めた紙の端にシワが残る。 死角を補おうと首を傾げた先では、スネイプが難しい顔でついたそのシワを伸ばしているところだった。 「……セブルス、私の右側にいるのやめてくれないかな」 考え直せば、よく隣に立つ彼は死角の中から動き出し、死角の中で作業を続けている。 ぽつりと漏らした言葉に、スネイプは怪訝そうな顔をすると資料からマリーへと視線を移した。 「何か、問題でもあるのか?」 横目でこちらを見てくるスネイプと違い、右側に座る彼を見るにはマリーは顔自体を彼に向けるしかない。 「死角に紛れて、君の姿が見えない」 見えないんだよ、と呟いた声は妙に子供の我が儘のようで、思わずバツが悪そうに言葉尻から力が無くなってしまった。 逸らした顔のせいで、視界からスネイプの姿が消えてしまう。 右目を失った事に後悔もなく生活にもそれほど支障がないと思っていたのに、ただ彼が見えない事が嫌だと思うのは、なんと女々しい感情だろうか。 眼帯越しに傷跡に触れる指先に、スネイプの指が触れた。 「私がお前の右側にいるのは、お気に召さないようだな」 微かな苦笑まじりの声が酷く穏やかで、マリーは促されるように逸らしていた顔をスネイプへと戻した。 「私なりに、お前の死角を補おうと思っていたのだが」 「──……」 右側は死角──何かの事故も敵の攻撃も見えない死角。 それを補おうと死角の闇に紛れようとした彼の考えに、胸に広がる温かい何かを抱えながらマリーは微笑んだ。 「相変わらず君は、闇側から守ってくれるんだね」 「──その方が性にあっているのでな」 「嬉しいよ……でもね、セブルス」 「?」 緩く細められた碧眼をスネイプは不思議そうに見下ろした。 「二人っきりの時まで、闇に隠れる必要はなんじゃないかな?」 驚いたように目を見開いたスネイプが立ち上がり、マリーは空けられた左側のスペースに移動する。 座り直したスネイプと二人、横目で目線を交わし笑い合った。 いつも君を感じれる、左側が愛しい。 END