人の気配を感じてスネイプは使われなくなって随分と経つ教室へと足を踏み入れた。 教室には人の影はなく、壁際に積み上げられた机と椅子が巨大な黒い影をつくり部屋の半分を覆い隠している。 スネイプはこの部屋には、図書館の閲覧禁止の棚へと入った犯人はいないと見切りをつけ踵を返したが、視界の隅にちらついた異物に足を止めた。 振り返った先には、この部屋にはなんともそぐわない、見事な大鏡が壁際に寄せて置いてあった。 「──……」 天井まで届くかのような背の高さの不思議な鏡を見上げながら、スネイプは鏡へと歩み寄る。 そして手にしたランプを翳して、枠の上に刻まれた文字を読むために目を細めた。 「“わたしは あなたの かお ではなく あなたの こころの のぞみ をうつす”──なるほど、これが『みぞの鏡』か」 スネイプは掠れた声で小さく呟いた。 その者の、心の一番奥底にある一番強い『のぞみ』を映し出す魔性の鏡──それに魅入られた者は発狂するとさえも聞いた事がある。 (ならば、何が映る──?) 心を押し殺す術を得て、人にも自分にも心の奥底を閉じてしまった自分に、この鏡は何を見せてくれると言うのだろうか。 スネイプは引き寄せられるように鏡の前に立った。 そこに写ったものに──スネイプは崩れ落ちそうになった。 深い悲しみが胸を貫いて、彼女から貰ったガウンにしわがよるほどにスネイプはその痛みに堪える様に胸を掴んだ。 鏡は本物だった。 確かに、自分が奥底で一番望む風景がそこにあった。 彼女は──マリーは自分の隣で、笑顔を惜し気もなく自分に向けていた。 スネイプは全てを断ち切るように瞼を伏せると、鏡に背を向け足早に部屋を出て行った。 二度と、この部屋に入らない事を望んで──あの鏡ともう一度出会わない事を切望して。 スネイプは、自分を繋ぎ止める何かに縋る様に、彼女がくれたガウンを握りしめた。 END (みぞの鏡に一瞬狂いかけた教授。 それでも、教授はハリーのように鏡に魅入られたりはしないと思います──そんな気持ちを込めた話)