彼女が声を発することは稀だ。 唯一、彼女が自ら声を発するのは授業中、生徒達の声に紛れるほどのか細い呪文を唱える時だけ。 それ以外の時での、彼女との“会話”は羊皮紙の切れ端を使った筆談で交わされる。 「マリー」 その日、最後の授業が終わり。 思い思いの放課後を過ごすべく廊下に散り散りになる生徒の波に逆らって、図書室に向かっているその背中を呼び止める。 振り返った碧眼が、呼び止めた自分を認識して柔らかく細められた。 声は発せずとも、微かに動いた唇が自分の名前を形作った事に、ふるりと心が震える。 「図書室に行くんだろ?」 隣に並び、行く先を確認すれば、マリーは小さく頷くと鞄の中から二冊の本を取り出した。 本の題名を確認すれば、数日前に返りていたものである。 「読み終わったのか、相変わらず早いな」 こくりと頷き、微かに得意そうに緩んだ表情を独占出来ていることに満足感を覚える。 マリーは取り出した本のうち一冊を開くと、そこに挟まれていた紙を差し出してきた。 羊皮紙の小さな切れ端には、ゆったりとした綺麗な字でスネイプへのメッセージが綴られていた。 それを受け取って、目を走らせつつ「あぁ」と声をあげる。 「これに書いてあったのか」 魔法薬の研究中、知りたいと思っていた情報がなかなか見つからないと、ぼやいていたのを覚えていてくれたらしい。 彼女からのメッセージは、その情報がどのページにあるのかと簡潔な答えも添えられていた。 メモと共にその本を受け取りメッセージの文字を親指でなぞりながら、スネイプはマリーに向き直った。 「助かる、次借りていいか?」 頷くマリーはスネイプの手からメモを受け取ろうと手を伸ばした。 その手からスネイプは思わず逃げる。 不思議そうな碧眼が、スネイプを見上げる。 「あ──…その、メモ……くれないか。 答えとか、ページとか、書いてあるから、その」 妙に歯切れの悪い言葉になるのは、そのメモを手元に残したい理由がそれだけではないから、スネイプはバツが悪そうに目を泳がす。 マリーは微かに首を傾げた後、特に何も言わず──いつも声は出さないが──マリーは手を引っ込めてくれた。 スネイプは小さな安堵の息を吐き出す。 メモは、マリーの無音の声だ。 その無音の声が、意志疎通の大事なツールであり。 またその結果、積み重なるようにメモの山を作りあげる様は、2人の関係の積み重ねのようでスネイプは捨てることを惜しんでしまう。 物欲も収集癖もないと思ったが、箱にいっぱいのメモを見るたび自己分析の結果を見直さなければなるまいと思う。 考え込むようにじっとメモを見つめていたスネイプに、マリーは新しいメモを差し出す。 受け取ったそれには、“あまり見られると恥ずかしい”と書いてあった。 驚いたように振り返れば、マリーは困ったように笑いながら、細い指先でメモの文字を指差す──そういえば、あまり自分の字に自信がないと言っていたマリーの以前の言葉を思い出す。 「お前の字は、綺麗だ──自信を持て」 スネイプの言葉に、マリーは微かに目を見開いた後苦笑をこぼして、新たに取り出したメモに何事かを書き込むとまたスネイプに差し出した。 受け取った文面に、スネイプはどきりとした。 “君に見せる字だからね” はにかむマリーを見つめながら、やはり捨てられるはずないじゃないかと、メモを持つ手で緩んだ口許を隠した。 END