夜が、好きだった。 彼のような黒に抱かれる事が、好きだった。 月も星もない夜、ふくろう小屋へと登る。 門限違反は理解している。 だから、音もなく声もなく、息を殺して密かに闇に溶け込みここを訪れる。 見上げた空に微かに切れた息を漏らして、その闇から表れる存在を待つ。 闇側の動きが活発化しはじめた昨今。 自分が束ねるべき《竜の騎士団》から、近情がまとめられた報告書が秘密裏に届けられていた。 その数は、初めは月に一つ、週に一つ──卒業も間近な今ではほとんど毎日、此処に足を運んでいた。 届く内容は、最近では訃報ばかりだ。 戦いは激化するばかりで、生きている間に終結に到れるのかさえわからない。 この真っ暗闇のように、未来も闇に包まれて、自分の立つ場所さえはっきりとわからなくなっていた。 自分という輪郭さえ、ひどく曖昧だ。 《ガブリエル》という当主の名前で頻繁に呼ばれるようになってからな尚更、《マリー》という個は何処かへ逝ってしまったようにさえ思えた。 歪めた唇は自嘲的な笑みを形作る。 いや、それは今にはじまったことではない。 闇を裂くように、白い梟がこちらに向かってくる。 金輪のついた脚を差し出した手に留めると、数度羽ばたきした後、落ち着いた場所で運んできたそれ差し出した。 紫の封筒に紋章で蝋止めしているそれは、当主である父から直々の手紙だった。 封を開けば相も変わらず、こちらを労る言葉や親子らしい言葉の一つもない。 ただ淡々と仲間の死と、敵側の動き──それから、最近、あちら側と認識された諸先輩方の名前も書かれていた。 読み終えたそれはすぐさま魔法で燃やし、灰を風に飛ばせた。 梟にフードを少し与えてから、確認した証拠として自分のサインのみを書いた羊皮紙の切れ端を梟に持たせて夜空へと飛ばす。 白い梟の羽は、すぐに闇夜に溶けて消えていった。 梟小屋から出て階段の一番上に立ちながら闇夜を見下ろす。 このまま闇に飲み込まれるように、落ちて──堕ちて、しまえば楽になれるのだろうか。 魅入られたように足が闇に向かって進む。 「何をしている?」 不意にかけられた声に階段の端にかけられた片足が強張る。 視線を動かし見下ろした先に、闇に溶け込むように立つ彼がいた。 「……セブルス」 「夜遊びにしては、随分な事をしているようだなマリー」 ゆっくりと階段を昇ってきたスネイプがマリーの隣に立つ。 もう頭一つ分ほども身長が違うせいで、彼と視線を合わせるには見上げなければならなくなった。 しかし、その顔を今は見ることができずに、視線を逸らすように闇へと視線を戻す。 「ただ、闇夜が恋しいだけ」 「………」 あのやさしい日々は、もはや戻らない。 卒業と共に、自分たちは正反対の道へと進んでいくだろう。 それは、沈黙を貫く彼もまたよくわかっているのだ。 私も、理解はしている。 私は騎士団員であり、彼はその“敵”になる。 この関係性が昔のように──ましてや、望むように、交わる事はない。 頬を撫ぜる風は、初夏のあたたかさをはらみ。 もうすぐ、ホグワーツでの最後の日がやってくる。 「じゃあ、私はもう行くよ──おやすみ」 擦れ違い様に、在り来たりな挨拶を残して階段を降りていく。 望み描く幸せな未来など幾らでもあった。 でも、それを語り合う事も、この想いを告げるにはしがらみがありすぎた。 《ガブリエル》として生きるとは、そういう事だった。 《マリー》のままでいられたら。 友のように、愛する人とこれからの未来を生きれたかもしれない──夢想ばかりの思考を馬鹿馬鹿しいと、鼻で笑った。 「……マリー」 呼び止める声に振り返って目を細める。 こちらを見下ろす瞳は、何かを堪えるように何かを訴えるように見えた。 震えた唇が何事かを紡ぎかけて、彼は緩く首を振った。 「いや──わざわざ呼び止めてすまない、おやすみ」 「……あぁ」 再び歩き出した足も止めない、振り返りもしない。 背中に感じる視線を振り払うように、寮を目指す。 どちらも未練がましくすがる、この細い繋がりは無情にも時が切り裂くだろう。 だから、その時までは──。 END (翌晩、梟は来なかった。 その次の朝、ダンブルドア先生から一族が滅ぼされた事が伝えられた。)