愛の妙薬などの禁術から、たわいな悪戯まで。 魔法薬の一つの方向性として、異性を惑わす薬がある。 その類いのものは、蠱惑的な魅力をもって、酷く年頃の娘達の心をたぶらかす。 一つ、棚から消えた魔法薬の瓶。 空いているはずのない場所を睨み付けて、スネイプは微かに痛むこめかみを押さえた。 「どうかされましたか?」 開けっ放しだった薬品庫のドアの前に、一人の少女が立っていた。 その背後にある教室に、もう生徒の姿はない。 「どこぞの馬鹿者が魔法薬を盗みだしたようだ」 「何の薬です?」 「惚れ薬の類いだ──どこの生徒がやったかは、わからんがな」 視線の先に気付いてか、教室を振り返ったマリーは微かに肩の力を抜いたようだった。 硝子玉のような碧眼に、微かに感情がうつりこむ。 「愛の妙薬?」 「いや、それよりは効き目の弱いものだな。 効いたとしても効果はもって一日か」 ふうん、さして興味もなさそうに呟きながら薬品庫に足を踏み入れたマリーの背後で、ドアが閉まる。 閉ざされた空間、スネイプは踏み台から降りた。 伸ばされた小さな手が、赤い瓶に入った薬を手にとる。 「その薬に、たった一滴──ある薬を入れることで。 愛の妙薬のような、強力な効果を得られるって知っていますか?」 「……何?」 愉快そうに歪む三日月の唇が、ひどく赤く見えた。 「それが本当か、試してみたくなって」 「──お前が?」 「スネイプ教授、貴方に」 お昼の紅茶は、美味しかったですか? 思わずといったように口を押さえた姿を笑うマリーは、酷く楽しげだ。 「一体、何を考えて……」 「わからない?」 ねぇ、と一歩踏み出された足に、危機的状況に足が下がる。 狭い部屋ではすぐに逃げ場はなくなる。 背に当たった棚に横にずれようとした体は、マリーの手が遮る。 のぞきこむようにこちらを見上げる碧眼に、薬品庫の小さな光源が反射する。 体に重なるように触れる柔らかな熱に、脈拍は不規則に暴れだす。 「、マリー」 「おや? ずいぶん顔が赤い」 じわじわと体を侵食する毒のような熱が駆け巡る。 ぐるぐると回る思考は、薬のせいか正常なものではない気がする──今すぐこの体を貪りたいだなんて、落ち着け自分。 首筋に触れた手に、体が強張った。 「セブルス」 甘く囁くマリーの艶やかな声に、喉がごくりと鳴った。 「薬なんかより、言葉のほうが容易く惑わせると思わないか?」 唇が触れるか触れないかの距離で囁かれた言葉に、まばたきをひとつ。 「は?」 「学生にはそれがまだわからないようだ」 くつりくつりと喉を震わせながら、マリーがスネイプのポケットに入れた小瓶は、なくなったはずの薬。 「使われてないと思うよ、盗まれてすぐに取り返したし」 至近距離で笑うマリーの顔に先ほどの色はなく、ただ成功した悪戯に無邪気に笑う。 「本当だと思った?」 「っ」 びくりと震わせた体は、次の瞬間、羞恥の赤に染まった。 「っ──からかうな、馬鹿者!」 からからと少女が抱き着いた胸元で笑う。 ばくばくと鳴る胸を落ち着けようと深く吐き出した息は、背中に回った指先が背筋を撫ぜる動きに不格好に止まる。 「っ」 「私が本気になれば、これくらいじゃすまないよ──薬なんかと違って、下剤はないから」 覚悟してね、囁く声は小さい。 抱き寄せた小さな体、結局薬があってもなくともたぶらかされた男が白い首筋に唇を落とした。 「──望むのところだ」 end (リクエスト作/言葉の魔力は解くことが出来ない)