学校生活、1日目の朝。 レイナが起きた時には、すでに着替えも済ませたマリーがベットの端に腰掛けて本を読んでいた。 「おぉはよぉー」 「──おはよ」 欠伸混じりに挨拶をすると、マリーはワンテンポ遅れて本から顔をあげると挨拶を返してくれた。 「寝坊してないよね?」 「十分早起きだよ、ゆっくり準備しても間に合う」 そっかと、まだぼんやりとした返事を返しながらベットを降りてパジャマを脱ぐ。 マリーはまた本の内容へと視線戻したようだった。 制服に袖を通しながら「マリーは早起きなんだね」と言えば。 少しだけまた間を空けて「たまたまだよ」と返ってきた。 短い付き合いながらもわかった事がある。 マリーはおしゃべりな方ではない、なんと言うか言葉がとても簡潔なのだ。 英語に慣れていない自分の為かとも思ったが、ハリー達との会話をでもそれが通常のようだ。 そして、とても大人びていて、表情に感情が出にくい。 でも自分を受け入れてくれている事だけは確かだとわかっていたので、レイナは安心出来た。 取り留めのない事を考えながら身嗜みを整え終えて振り返ると、気配を察したのか顔をあげたマリーは栞を挟むと本を閉じた。 「行こうか」 「うん」 談話室に降りると、すでに生徒の姿は疎らだった。もちろんハリーたちの姿もない。 グリフィンドール塔は高く、大広間までは遠い。 ふと、他の寮の部屋はどこにあるのか気になり尋ねてみると、マリーは「一応、秘密の入口」って名前がついているしねと笑った。ようは暗黙の了解的なものなんだろうか。 「おはよう、マリー、レイナ」 「おはよう………どうしたの?」 大広間の入口の前で顔を合わせたハリー達の様子に、レイナは首を傾げる。 すぐに原因に気づいたマリーが顔を顰めると「あれか」と呟いた。 視線を辿って見れば、スリザリン生だというグリーンカラーの生徒たちの不快な笑い声、ハリーは肩を竦めただけだった。 「それほど、気絶したいなら、すればいい」 微かに怒りがちらつく呟きを残して、大広間に入っていくマリーの後を慌てて追いかけたレイナ視界の隅で、馬鹿馬鹿しい気絶を熱演していたマルフォイがそのままひっくり返った。 甲高い少女の悲鳴が上がる。 驚いているレイナの後ろで、ハリー達がこっそり。 (使ったよね)(うん)(ザマーミロだ) なんて、会話を交わしているとも知らず、レイナの隣に並んだ。 「マリーって、不思議ね」 「魔法使いに不思議、って」 マリーはそう言って、喉の奥で笑った。 タマゴとベーコンを乗せたトーストをかじっていると、マクゴナガル先生から時間割を受け取った。 見ると、最初にマクゴナガル先生の変身術授業の次には、早速薬草学が入っており、レイナの気分は上昇した。 「レイナ、最初の授業、何?」 「変身術だよ」 ふうん、オートミールをスプーンで掻き交ぜながらマリーは頷いた。 「食べないの?」 「んー」 「食べ物で遊んじゃいけません」 しぶしぶと行った様子でマリーは、ようやくオートミールを口に運んだ。 レイナが食事を終える頃までに、マリーが口にしたオートミールはその一口だけで、あとはブドウを数粒ほど食べただけだった。少食にもほどがある。 マクゴナガル先生は予想通り厳しい先生で、レイナは前に習った記憶を必死で思い出しながら頑張ったものの、レイナのボタンはコガネムシの触角が生えていた。 生えた触角が動くボタンに溜め息を吐きかけたレイナを、マリーは慰めてくれたが彼女の手には綺麗で完璧なボタンがある。マリーのコガネムシは、綺麗な飾りボタンに変わっていた。 レイナは少しだけふて腐れた気持ちになっていたが、次の楽しい薬草学に気分はまた浮上した。 レイナは去年の授業についてマリーに聞きながら、昼食にしては重い気がするシチューを口に運んでいた。 「マリー、レイナ!」 「あ、ハーマイオニー」 ツンツンした様子でこちらに足早にやってくるハーマイオニーに、レイナは手を振った。 マリーはサンドイッチの詰まった口を、もぐもぐと動かしながら振り返った。 「ねぇ! マリーは、占い学ってどう思う?! 私は、あてずっぽうが多過ぎて、とてもいい加減だと思うの! 数占いに比べだらまったくのクズ。 マクゴナガル先生の意見には大賛成だわっ!」 熱く語るハーマイオニーにマリーは、表情を変える事もなく口の中を咀嚼してからようやく口を開いた。 「同意見だが、預言者や先詠みの存在を否定はしない。 と、いつのが私の意見だな」 「───そう、そうよね」 マリーの言葉にハーマイオニーは満足そうに呟くと、踵を返した。 「な、なんだったんだろ……?」 「そういうことなんだろうよ」 「そういうこと?」 「君も来年になればわかるよ」 そう気にした様子もなく、マリーはまたサンドイッチをかじった。 その日の夕食では、マルフォイがヒッポグリフに襲われ、怪我をした話題で持ち切りだった。 実際に目の前で飛び散った血を見てしまったらしい、グリフィンドールとスリザリンの三年生の表情は暗い。 憎きマルフォイの怪我にもハリー達三人の表情も明るいものではなく、初回の授業で失敗してしまったハグリッドの事が心配らしい。 「ハグリッドをクビにしたりしないわよね……?」 ハーマイオニーはご馳走にも手をつけずに、不安そうに言った。 今年来たばかりのレイナは件の大男さんとはほとんど接点がないものの、三人と仲の良い人だという認識はあったから、三人達程ではないが心配だ。 スリザリンのテーブルでは、何やら固まりあってさかんにマルフォイの話をしていて、都合よく脚色しているようにも聞こえた。 「悪いのはマルフォイだろ、侮辱した奴が悪いのさ」 マリーの呟きのような言葉に、レイナはスリザリンのテーブルから、皿を無意味に突くマリーに視線を移した。 その横顔は相変わらず無表情だ。 「それに、アーガスさんじゃないけど最近は学校も緩いな。 そんな怪我ごときで騒ぎ過ぎなんだよ」 そう言いながらマリーは右の瞼を指でかいた。 「第一、君のお父さんだって授業じゃよく馬鹿をやって怪我をしていた…と叔母がよく話していたよ」 微かに歯切れの悪さと言葉を続けたマリーに、ハリーとロンは顔を見合わせた。 ハーマイオニーはそれでも表情は冴えていなかった。 「私、もう……ご馳走様」 「うん、僕達も……」 ほぼ手を付けずに席を立った三人を見送ってから、レイナはマリーを見た。 「マリーの叔母さんって、ハリーのお父さんとお友達なの?」 「あぁ……同級生だった」 微かにやわらく目を細めたマリーの表情に、首を傾げながらフォークに刺したままだったステーキ・キドニー・パイをレイナはようやく口に入れた。 “英雄”ハリー・ポッターの話はレイナも知ってはいたが、何分外国のお伽話のようなものだ。 ヴォルデモートの軍勢に日本の魔法使い、魔女達も命を落とした者も沢山いたが。 アジアの端の国にとってはヨーロッパほどの影響もなく、それも10年以上前の過去の話ということもあり、ロンドンの魔法使いに比べてかなり実感のない話だ。 「マリーの叔母さんの同級生って、他には? 有名な人いる?」 ちょっと気になった疑問を口にすると、マリーは付け合わせのニンジンにフォークを刺して持ち上げた。 「ハリーの母親もだし、ルーピン教授に、スネイプ教授とシリウス・ブラック」 「えっ?」 レイナのスプーンから、掬い上げた豆がスープに戻った。 その様子に、然もありなんというようにマリーは頷いた。 「確かに、スネイプ教授達は同い年には見えないな」 「いや、そっちも驚きだけど! あのシリウス・ブラックも……?!」 マリーのぼんやりとした碧眼が驚き顔のレイナを見て、少し困った様な表情を見せた。 まだ皿の上に残った食べ物を見て、マリーは溜め息を吐くとフォークを置いた。 「もうご馳走様?」 「ん……」 「マリーって、これならいくらでも食べれるってな、好きな食べ物とかある?」 その問いに少し目を見開いた後、マリーは首を傾げた。 しばらくのその状態で悩んでいるらしいマリーを横目に、レイナは自分の皿の物を片付けていく。 「「マリー、レイナ」」 「あ、ウィーズリー先輩方」 現れた赤毛の双子に会釈をすると、ニヤリと悪戯っぽく笑った。 「「さて、東洋の姫君ここで謎掛け、どちらがどっち?」」 レイナの反応が面白いのか、顔を合わせるたびに愉快そうに問いかけられる謎掛けに、レイナは眉を下げた。 「えぇええ……」 はっきり言って東洋人から見て西洋人ってのの見分けはつけにくい、逆もしかりだろうが。 それで親をも惑わす程の双子の違いなど、レイナは何十年たってもわからない気がするのだ。 うんうん唸っているレイナの横で、首を傾げたままのマリーに気付いた双子がきょとりと瞬きする。 「どうしたんだい、マリー?」 「珍しく悩んでいるようじゃないか」 双子の声にようやく顔をあげたマリーは、あぁと曖昧に頷いた。 「自分の好物が何かって話だよ、フレッド…ジョージ」 名前を呼びながら二人に向けられた視線はおそらく答えだ。 マリーは双子の区別を間違えた事はないらしい。 「「マリーの好物?」」 気になる話題だったらしく食いついてきた双子に、マリーはひとつ頷く。 「思い浮かぶものがないんだ」 「………食欲って、マリーにある?」 「んー」 呆れたようながっかりした三人の表情を見ながらマリーは苦笑した。 「マリーは、ほらあれは好きだよね葡萄」 「………黙って食え、ルーピン」 「レモンキャンディーも好きじゃぞ」 「と言いますか……、校長まで聞き耳をたてて、何を考えているんです」