歩くたびに揺れるポニーテールは、英国人のそれとは違う芯から真っ直ぐな黒髪で、後ろ姿だけでわかる人物に、ハリーとロンは駆け寄った。 いつも隣にいる、同じ黒髪の少女の姿がない事に気付いて、不思議に思いながらもハリーは彼女を呼び止めた。 「レイナ!」 「え、あ、ロンにハリー!」 振り返り立ち止まったレイナに駆け寄ると、彼女は小さく首を傾げた。 「どうしたの?」 「マリーを探してるんだけど……一緒じゃないの?」 ハリーの問いに、レイナは困った表情を見せた。 「マリーならさっき、風邪気味だからって医務室に薬をもらいにいったわ。 そろそろ戻ってきてもいいはずだけど………またどこかに行っちゃったのかな?」 まさか、“婚約者”のいる地下牢に行ってるんじゃない?なんて、口が裂けても言えるはずのない彼女の協力者達どうだろうね?と言葉を濁した。 「案外、マリーってふらふらどこか行っちゃうよね? そう言う時って探しても見当たらないし」 「あー……ほら。なんてか、さ」 「マリーって少し放浪癖があるから」 「ふーん…」 微かに違和感があるだろう会話に気付かなかったのか、レイナは寂しそうに眉をハの字に下げた。 「なんだか、マリーって私に秘密がありそう」 「え?!どうして?」 驚いた声をあげるロンにレイナは口元に指先を当てて「んー」と唸った。 「勘かな、女の勘ってやつ」 女の勘ほど恐ろしいモノはない、ハリーとロンはすばやく目配せをした。 「気のせいじゃない…? マリーって、なんか“不思議ちゃん”だし」 「んー…そうだよね。 ──隠し事をしてるのは私も一緒だし……」 「?」 レイナが小さく最後に呟いた言葉を、二人は聞き取ることは出来なかった。 「あ、それより! ハーマイオニーと早く仲直りしてね、ロン!」 「えぇっ?」 持病のせいで一年学年が下ではあるが、レイナとハリー達は同い年である為もあるだろうが。 何かと孤立しがちな面倒見のいい頭脳派ハーマイオニーとレイナは仲が良い。 そこにマリーを入れた三人でよくいる事も多かった。 だからか先日の喧嘩には、レイナはハーマイオニー側についたようで、ロンのはむっとしたように顔を顰めた。 「猫は鼠を追っちゃうのは本能だよ」 「だからって、スキャバーズを追い掛けていい理由になんかならないよ!」 「日本の諺にもあるよ“窮鼠猫を噛む”って、スキャバーズだって危ない時はやる子だよ」 暗に心配し過ぎるなと励ましているらしいレイナにもロンは頑なで、ふんとそっぽを向いてしまった。 ハリーはそれに困ったように苦笑すると、じゃあ、と話しを変えるように言った。 「マリーが何処にいるか知らないんだね」 「うん」 「マリーなら、さっきまで私とお茶をしていたよ」 「ルーピン先生!」 相変わらずのくたびれた様子で現れたルーピンに、三人は挨拶をした。 「ついさっき、別れたんだけど」 「寮には戻ってませんよ、私今出て来たばかりですもん」 「じゃあ、あそこかな──スネイプ教授」 言いかけてルーピンはしまった、という顔した。 ルーピンはハリー達が協力者であることを知っていたから、思わず言ってしまったのだろう…レイナがいるのを忘れて。 「スネイプ、教授……? マリーがなんで教授と?」 思いっきり不審そうなレイナに、ルーピンはあーとかうーんとか曖昧に唸った。 ハリー達は無駄に彼の返答をハラハラと待った。 「廊下の真ん中で立ち話とは……通行の邪魔になりますぞ?」 相変わらずの嫌味ったらしい声にハリーとロンは顔を顰めて振り返った──間違える筈もなく、そこにはスネイプが立っていた。 噂をすればなんとやら。 自分より口が上手いスネイプの登場に、ルーピンはあからさまに安堵の色を浮かべた。 スネイプは訝しんで目を細め、嫌味を発する前に、新たな声が間に入った。 「狭い廊下でもあるまいし……除けて通れば宜しいじゃないですか、スネイプ教授」 さらにその後ろから聞こえた気怠げな声に、ハリーは黒い育ち過ぎたコウモリに隠れて見えない姿を見ようと体を傾けた。 「マリー! もう、何処行ってたの?」 「………迷子になって保護された」 これに、と言わんばかりにスネイプを指した#マリ#ーに、レイナは呆れたように溜め息を吐いた。 余りな言い訳に、問い詰められたりしないかとハラハラしていた男性陣は、無意識に小さく安堵の息を吐いた。 ハーマイオニーと逆に、レイナは中々単純なのだ。 「マリーの保護、ご苦労様だね」 「“散歩”も少しは控えていただきたいものですがな」 「善処はしてます」 マリーの返事に、嘘をつくなと言わんばかりの怖い顔をしたスネイプに、ルーピンが苦笑した。 そんな三人の様子にレイナが、思い出したようにさっきの質問を繰り返した。 「それで、マリーとスネイプ教授って本当に仲がいいんですね?」 二度目の爆弾投下に、ハリーとロンとルーピンがその表情で固まり、スネイプの口の端が微かにひくつく。 一瞬で固まった空気に、唯一動じていなかったマリーがその疑問に答えた。 「スネイプ教授が私の叔母にあたる方の婚約者だという話はしただろう? 私は両親を早くに亡くしているから、叔母が親代わりでね。 スネイプ教授にも良くしても貰ってる」 もっともらしい言い訳を並べたマリーに、なるほどとレイナは頷いた。 「スネイプ教授はマリーが大事なんですね。 ボガートの時、凄く心配そうな顔していましたし」 にっこりと笑ったレイナの言葉に、スネイプがさらに硬直し、詳しく知らないハリー達は首を傾げ、ルーピンとマリーは小さく吹き出した。 義理ではあるが、姪思いなんですねーと笑うレイナに、スネイプは酷くぎこちなく頷いた。 「あぁ、そうだ……セブルス、ちょっと話があるんだけど、今いいかい? それと、レイナも」 「は、はい」 「……構わん」 クスクス笑いをようやく納めたルーピンを睨みながらスネイプが踵を返した。 その時、スネイプとマリーがアイコンタクトを交わしたのをハリーは見た。 なんだかんだで上手くいっているのが不思議だったが、マリーが幸せであればいいかとも思う。 歩幅の違う大人二人を駆け足で追い掛けるレイナに、軽く手を振り見送った。 「あの三人で話ってなんだろ」 「さぁ……マリー、知ってる?」 「おそらく“持病”の話じゃないか。 薬を彼が煎じてるらしい、面倒だとぼやいていたよ」 なるほどと頷いた二人に、マリーは「二人は?」と尋ねてきた。 「あ、うん、マリーに用事があったんだ」 「私に? あー…寮に戻ってから話す?」 内容が内容だからハリーとロンは顔を見合わせた後、マリーの案に乗るように頷いた。 寮に戻ると、ロンはハーマイオニーの姿を探した後、人気のない談話室の端に二人を座らせた。 「込み入った話かい?」 少し不思議そうな顔をしたマリーに、ロンが大きく頷きながらハリーを促すように背中を叩いた。 「ホグズミード行きの許可証にサインして欲しいんだ!」 ハリーはマグルの叔父と叔母がサインしてくれなかった事と、マクゴナガルの話を説明した。 マリーはそれに納得したように頷いたが、困ったような表情をしていた。 「悪いが、私はサインしてやれないんだ」 「今は、子供だから?」 ロンの問いに、マリーは首を横に振った。 「私は君の保護者と認められていないし、それに……圧力をかけてくる人がいる」 困ったような苦笑に、ハリーは深い溜め息とともに肩を落とした。 マリーの“婚約者”はハリーが嫌いだ──正確には、ハリーの父親が嫌いなのだが、容姿がそっくりなために八つ当たりみたいに憎まれているらしい。 そんな彼は、マリーがハリーを甘やかすことにいい顔をしない。 去年もその前年の事でも、ハリーはマリーを巻き込んでいるから尚更だろう。 肩を落とした二人に、マリーは「ごめんね」と申し訳なさそうに言った。 「しかたがないよ、夫婦関係それで悪化したらいけないし……」 「今年は最悪に機嫌が悪そうだしなぁ」 ハリーとロンの言葉に、マリーはなんとも言えず渇いた笑みを口元に貼付けておいた。 「ハリーには悪いけど、私とレイナと一緒に留守番してくれ」 その言葉にハリーは目を瞬かせた。 忘れていたが、同い年で(学年は別だが)留守番をしなければならないのはハリーだけではないのだ。 その事に、ハリーは幾分気持ちが救われた。 少し、元気が出たらしいハリーに、ロンとマリーは安心したように顔を見合わせて小さく笑った。 「そうだ、ロン」 「なんだい?」 「ハーマイオニーとはどうしたんだい?」 本日二度目の問いではあるが、相手がマリーである為かロンの表情はバツが悪そうだ。 「相変わらずだよ」 「まー…適度にね、下手に意固地にならない事だよ」 「マリーは中立だね」 素直に頷いたロンに微笑んだマリーに、ハリーが言った。 「第三者が入ると縺れるのが喧嘩だからね」 もっともだな、とハリーは思い、次からは気をつけてみようと思った。 「でも、そういえばね」 「?」 「私、スキャバーズ見た事一度もないんだよね」 不思議だねと言うマリーに、そういえばとロンが思い出す。 彼女とスキャバーズが顔を合わせた事が思い出す限りではないのだ。 「会ってみるかい? 確か、かばんに………あれ?」 ごそごそと漁るかばんにスキャバーズがいない。 かばんの中で見つからないように逃げ回っているのか、はたまたすでに逃走しているのか。 そのうちマリーが小さく苦笑を溢した。 「あぁ、私も猫だから苦手意識でもあるのかな?」 アニメーガスが黒猫であるマリーに、何か危険を感じ取っているからスキャバーズは逃げるのかと、ロンも腑に落ちないながらも納得したようだ。 「私は鼠を追い掛ける習性なんてないんだけど」 元は人だからと、茶化すたマリーにハリーとロンが笑った。 ロンのかばんが小さくふるりと震えたのに、誰も気付いてはいなかった。