日付も変わり三時も過ぎると興奮と緊張でなかなか寝付けなかった生徒達も眠りに落ちた。 寝静まった大広間へ入ろうとしていたダンブルドアの後ろに黒猫が駆け寄る。 小さな足音に気付いたダンブルドアが振り返った。 微かに目を細めて笑うと、大広間の扉を自分がくぐった後、彼女が通るのを待ってから閉めてくれた。 大広間で寝袋の間を巡回していたパーシーが、ダンブルドアに気付き足元に気をつけながら近づいて来た。 「先生、何か手掛かりは?」 パーシーが低く抑えた声で尋ね、ダンブルドアは首を横に振った。 「ここは大丈夫かの?」 「異常なしです、先生」 「よろしい──何もいますぐ全員を移動させることはあるまい。 グリフィンドールの門番には臨時の者を見つけておいた、明日になってから皆を寮に移動させるがよい」 「それで、太った婦人は?」 ダンブルドアの足元で生徒たちを見渡している黒猫をチラチラと気にしながら、パーシーは情報をダンブルドアに求める。 「三階のアーガイルシャーの地図の絵に隠れておる。 合言葉を言わないブラックを通すのを拒んだらしいのう。 それで、ブラックが襲った」 足元で猫が鳴いた。 パーシーが怪訝そうな顔で猫を見下ろした。 「後の見回りは先生達だけでやっておこう。 君達監督生も、短い時間ではあるが授業に障らないように休むといい。 他のみなには君から伝えてくれ」 パーシーは少し口を開きかけてから、はいと頷いた。 また大広間の扉が開く音が聞こえて、ダンブルドアとパーシーが振り返った。 「校長ですか?」 スネイプが足音を抑えて大広間に入って来た。 ダンブルドアは「頼んだよ」とパーシーに言ってその背中を押した。 スネイプがパーシーと狭い道ですれ違い、ダンブルドアの前に立った。 足元から聞こえた猫の鳴き声に、スネイプが視線を落とす。 擦り寄って来た黒猫を抱え上げると、ちょうど後ろでパーシーが閉めた扉の音がした。 「四階は隈なく捜しましたが、奴はおりません。 さらに、フィルチが地下牢を捜しましたが、そこにも何もなしです」 「天文台の塔はどうかね? トレローニー先生の部屋は?フクロウ小屋は?」 「すべて探しましたが……」 言葉を濁したスネイプに、ダンブルドアはそうかと重く呟いた。 「セブルス、ご苦労じゃった。 わしもブラックがいつまでもグズグス残っているとは思っておらんかった──だから、外に飛び出しておったようじゃな?」 ダンブルドアはそう言って、スネイプに抱かれている黒猫の頭の上に乗った枯れ草をとってやった。 「はい、しかし “吸魂鬼”もいます──私が行った時には、もう」 猫がひそやかな声で答える。 スネイプが猫の顎を掴んで、上にいる自分を見上げさせた。 「校長とお前は、奴がどうやって入ったか、何か思いあたることは?」 「セブルス……いろいろとあるが、どれもこれも皆ありえないことでな。 そうじゃな、マリー?」 「えぇ……」 マリーが顎を押さえられ、少し篭った声で頷いた。 「校長、我輩はしかとご忠告申し上げました。 内部の者の手引きなしには、ブラックが本校に入るのは、ほとんど不可能かと──」 「この城の内部の者がブラックを手引きしたとは、わしは考えておらん」 ダンブルドアの言い方には、この件は打ち切りとスネイプに二の句を継がせないきっぱりとした調子があった。 スネイプはじっとダンブルドアをほぼ睨むように見つめていた。 白い節くれだった指が掴んでいた顎をスネイプは離した。 労わるように撫ぜられる首に、#マリー #はほぼ本能的な感覚でゴロゴロと喉を鳴らして目を細めた。 「これからわしは、“吸魂鬼”たちに会いに行かなければならん。 捜索が終わったら知らせると言ってあるのでな」 いささか不本意といっ調子でダンブルドアが言った。 「“吸魂鬼”は怒ったでしょうね」 「わしが校長職に有る限り、吸魂鬼にはこの城の敷居は跨がせんと、はっきり言ってしもうたからのう」 少し惚けた調子のダンブルドアに、マリーはくつくつと愉快そうに笑い、スネイプはそんな二人にそこそこ呆れたような表情を浮かべた。 ダンブルドアが歩き出すのを追って、スネイプも歩き出した。 部屋を出た後明るい廊下で、スネイプは土に塗れた猫の足を見て顔を顰めた。 「汚い、それに獣臭いぞ」 酷く嫌そうなスネイプの表情に、傷つきましたと言わんばかりにマリーは切なく鳴いた。 「村まで出たら、野良犬にじゃれつかれたんだよ」 ・・・ それからの数日というもの、学校中シリウス・ブラックの話で持ち切りだった。 どうやって城に入り込んだのか、話に尾びれがついてどんどん大きくなり恐怖を煽っているのが現状だ。 念のためにとハリーには監視役が多くつけられ、たやすく近付けなくなっていた。 先生方は何かと理由をつけては一緒に歩いたし、パーシーは母親の言いつけかハリーの行くところはどこにでもピッタリとついて来た。 マリーは、まるで踏ん反り返った番犬のようだと、心中で感想を漏らした。 中庭のベンチで本を読み耽るレイナの隣でその様子を眺めたマリーの目の前で、マクゴナガルがハリーを呼び止めた。 マクゴナガルの暗い表情に、ついに話すのだろうなと思った。 (話して、何になるんだろうな) ベンチの背もたれに肘をついて、去っていく二人をぼんやりと見送った。 さわさわと揺れる葉音に誘われるように見あげた空模様はかなり良くない。 雨が来ると、思いながら視線を戻す途中、廊下からこちらを見下ろす姿を見つけて目を細めた。 ひらりと振った手に返してくれはしなかったが、確かに彼の口元が緩んだのはわかった。 黒いローブを翻して歩き出した背中を見送っていると。 「スネイプ教授?」 「あぁ……」 ふと、かけられた声に振り返ると、レイナも同じようにスネイプの背中を見送っていた。 「んー、やっぱり教授ってかっこいいね」 「──……」 初めて、ではないかと言うような彼の評価に、思わず目をゆっくりとしばたくと、こちらを見たレイナが笑った。 「あ、マリーのびっくりした顔初めて見た」 「からかうなよ………」 「えへへー、でもマリーはかっこいいと思わない?」 もう一度、小さくなっていく彼の姿を目で追いながら答えを探す。 「かっこいい」っと言うよりも……と、そこまで考えて惚れ気だなと思い曖昧に頷いた。 「外人さんって失礼だけど、色が派手で……。 スネイプ教授は見慣れた黒だから、なんだか落ち着くんだよねぇ……同意された事はないけど」 「だろうね」と言って愉快そうに笑うレイナに、マリーは苦く笑った。 「あーぁ……でもスネイプ教授、結婚してるもんなぁ」 「……」 ずくりと痛んだ胸をごまかすように、曖昧な表情のまま首を傾けた。 ドロリとした感覚は、嫉妬なのだろうか──それとも恐怖なのだろうか。 「あ!!いたいた」 「ネビル?どうかしたー?」 半泣きで駆け寄ってきたネビルは、小さな紙切れを手一杯に持っている──合言葉のメモである。 「合言葉がまたかわっちゃったみたいで……! 部屋に入れないんだ」 「あぁ……」 ネビルの泣き言にマリーは苦く唸った。 切り刻まれた太った婦人の代役、これがなかなかの厄介な人物だったのだ。 ずんぐりとした灰色のポニーに跨がったカドガン卿の肖像画が代役として入り口にかけられてから、グリフィンドール生はみんな大弱りだった。 カドガン卿は誰かれ構わず決闘を挑んだし、そうでなければ、とても複雑な合言葉を捻り出して、少なくとも一日二回は合言葉を変えるのだ。 それに1番困っていたのはネビルと、それからレイナだった。 ド忘れが多いドジなネビルと、転校したばかりで合言葉を覚える週間ない上に異国の単語に弱いレイナにとって、カドガン卿はスネイプ教授に並ぶ大敵だった。 レイナは読んでいた魔法薬の本を閉じて立ち上がった。 「じゃあ、私たちも一緒に行こうよ、マリー」 レポートとは言え苦手な分野の本を読むのに、いい加減飽きたのだろうレイナにならって、マリーも立ち上がった。 嬉しそうな表情のネビルにレイナは笑顔で応えている。 レイナとネビルは中々の似た者同士で、植物学は好きで魔法薬は大の苦手。 授業中に半泣きで教授からの睨みに堪えながら、鍋を掻き回すレイナの隣にはマリーが、ネビルの隣にはハーマイオニーがほぼ必ず着いていた。 居残りと罰則課題は嫌だと泣き付かれたからだ。 寮に戻ってからも、マリーはレイナの魔法薬のレポートを手伝う為に、談話室に向き合って座っていた。 マリーの手元には完成したレポートがあるが、以前に丸写しを一度させたのがハーマイオニーにバレて、かなり大きな雷を落とされてからは、流石にマリーもアドバイスのみに留めるようになっていた。 旧友の雷に似ていたからのもあると思うが、ハーマイオニーの言葉は逆らいがたいものがあるのだ。 慣れない羽ペンに悪戦苦闘しながら文字を綴るレイナの顔色は悪い。 マリーは開いていた本越しにそれを見つめてから、雨が降り始めた外を窓から見た。 その視線に気付いたのか顔を上げたレイナが口を開く。 「土曜、試合だったよね? 雨天決行になったりしないのかな?」 「ないだろうね……並大抵の事では中止にならないから」 だからこそハリー達はまだ練習場にいる。マクゴナガルは、練習は許可したのだろう。 「試合……見に行けそうか? 薬、ちゃんと飲んでいるわりには体調が悪そうだけど」 「う、うん」 目の下のクマは最近酷くなってきている。 それを指摘すると困ったように頷きながら、レイナは慌てたようにレポートに向き直った。 真実を口にされていないマリーはそれ以上の追求が出来ずに、また本へと視線を落とした。 それが、後々後悔に繋がるとは、誰も思っていなかった。