満月の夜、彼女は姿を消す。 同じくして満月の夜に姿を消す、憎たらしい四人組。 彼女と彼等の関係性を考えただけで、虫酸が走る思いを鍵のかかった胸に抱えつつ、真実を探ろうとした学生時代。 リリー・エバンスでさえ知らない、満月の夜の出来事。 探るうちに命の危険に関わる事に首をつっこみ過ぎていた事に、全く気付いていなかった。 ある夜、ルーピンとマリーが『暴れ柳』の方に消えたのを見た時に感じたざわめきのせいで、簡単にシリウス・ブラックの言葉に躍らされた。 「気になるなら着いていけばいい──暴れ柳沢の幹のコブを長い棒で突つけば、木は硬直して後をつける事が出来るぞ」 お前にその度胸があればなと、そうつけ加えてニヤニヤと嫌な笑みを浮かべたその言葉に、その翌月の満月の夜、マリーと穴に消えたリーマス・ルーピンの後を追った。 コブを突き、硬直した枝を摺り抜け穴に身を滑り込ませる。 狭い土のトンネルの傾斜を底まで滑り降り、低い天井に頭が擦らないように背を丸めて、二人の姿を追いかけて走った。 トンネルが急に上り坂になり、やがて道が捩じ曲がり、微かに明かりが漏れる小さな穴が見えて来た。 穴の淵に手をかけ、杖に手をかけながら、穴の先を覗こうとする前に強く肩を掴まれた。 驚いて振り返ると、必死の形相で息を乱したジェームズ・ポッターがいた。 「お前──……っ!」 ポッターは荒い呼吸を繰り返したまま無言で、強く腕を掴んみ引き踵を返す。 「ポッター!!」 荒げた声にポッターが顔を顰め振り返った。 背後で唸り声が聞こえる。 振り返ろうとした頭を小さな両手が頭を掴んで止めた。 「?!」 「振り返らず走れ」 「マリーっ!」 目を見開いたポッターが声をあげた。 「此処は私が」 彼女の声は小さかったが自分達にははっきりと響き、唸り声が一際大きく響いた。 「早く!」 ポッターが走り出した。 力強い腕を振り払う事は出来ず、ほぼ引きずられるまま走る。 「早く!!」 彼女の急かす声に獣の喜色を含み吼えた。 道の捩れに微かに見た彼女に伸びる恐ろしい鈎爪が迫っていた。 「カウンシル!!」 次の瞬間には消えた彼女の姿に、血の冷える感覚に唇を震わせながらポッターに叫んだ。 「ポッター待て!手を離すんだ!カウンシルが……なんなんだあれは?!」 「黙れ!!」 ポッターが走りながら叫んだ。 あまりな気迫に怯むと、ポッターは苛ただしげに舌打ちした。 「お前をからかおうとしたシリウスもそうだが、のこのこ来たお前もお前だ! 何かあったら、自分達のせいだと思え!!」 あまりの言葉に声を失い、後は黙ったまま引きずられトンネルを出た。 穴から出ると、顔を青くしたピーター・ペティグリュー、顔を苦しげに顰めたブラック。 さらに厳しい表情をしたマクゴナガルが自分達を見下ろしていた。 「着いて来なさい、ミスター・スネイプ。 ポッター、ブラック、ペティグリュー、貴方達もです」 マクゴナガルの言葉に誰も異を唱える者はいなかった。 マクゴナガルの引率の最後尾を歩きながら、ただひたすらに恐怖していた。 彼女の身に迫る危険が自分のせいだったという事に──もし、彼女ごしに見たあの怪物がルーピンで、そして狼人間だとしたら──終わりの見えない恐怖にどうやって校長室まで歩いて来たのかく覚えていなかった。 ダンブルドアはポッター達三人が、ルーピンの秘密を知っていた事に驚いてはいたようだが、特に追求はしなかった。 ダンブルドアの視線が黙ったままのスネイプに向いた。 「先生……」 「マリー!!」 その時、校長室に現れたのはボロボロのローブを手にしたマリーだった。 ポッターがマリーの肩を掴んで、傷の確認したがマリーは微かに苦笑を浮かべた。 「噛まれちゃいない、爪は掠ったけどね」 「マリー、ルーピンはどうしたんじゃ?」 「少し寝てもらってます」 ダンブルドアは頷くと、三人に先に寮に戻るように言った。 三人は微かに渋ったが、マクゴナガルに背中を押され校長室を出ていってしまった。 「さて……セブルス。 君はリーマスの秘密を見てしまったようじゃな?」 スネイプは視線を隣に立っていたマリーを見た後小さく頷いた。 「わしは、狼人間だからと言って、学校に来てはいけないと理由はないと思っておる」 ダンブルドアはそう言葉をきって、視線を僅かに落とした。 その間、何一つ声を発する事も出来ないまま、妙な息苦しさを感じていたスネイプの手をマリーがそっと掴んだ。 「──……っ?」 はっと、上げた顔の先に凛としたマリーの横顔があった。 マリーの真っ直ぐな視線を受けながら、ダンブルドアはウムと頷いた。 「君が、学友を失わない為に、決してこの事を他人に言わないと約束するならば。 今回の事は夜に寮を抜け出した事への減点だけにしよう」 マリーからの急かすような視線に無意識に頷いていた。 「それでは、寮に戻りなさい。 マリー、彼を寮まで送ったら、また戻って貰えるかの?」 マリーはこくりと頷くと、スネイプの手を引いて校長室を出た。 ぼんやりとマリーに手を引かれるまま歩いていると、ふとマリーが立ち止まった。 満月の光を浴びて、マリーの顔は青い輪郭を得て浮かび上がる。 「大丈夫?」 自分一人に向けられた小さな問い掛けも、静かな廊下に反響して広がる。 引き裂かれたブラウスから覗いた、血の滲んだ肌を見ると視界が歪んだ。 マリーが黙ったまま手を伸ばし頭を抱え込むと、誰にも見られないように涙を隠してくれた。 背中に回す事など出来なかった手は、きつく拳を握ったまま。 「大丈夫、大丈夫だから」 震える体を撫ぜながら優しく宥める声に、鳴咽を押し殺しながら。 ルーピンの姿が、自分の命の危機が恐ろしかったのではなく、彼女がいなくなることが恐ろしかったなど、彼女にはきっと伝わっていないのだろうと。 ただ、言葉にする事もできず、血が滲む程に下唇を噛んだ。 そんな事を、恐らくあいつらは知らないだろう。 ・・・ マリーの碧眼は哀しみの色を映し、ルーピンの胸に杖を真っ直ぐに突き付けるスネイプを見つめていた。 「我輩は校長に繰り返し進言した。 君が旧友のブラックを手引きして城にいれているとな──しかしマリー、お前までも関わっていた事には気付かなかった」 スネイプの微かな狂気のちらつく目を見つめながら、マリーは口を歪めた。 「セブルス、君は誤解をしている」 ルーピンが切羽詰まったように言った。 「君は、話を全部聞いていないんだ。 説明させてくれ、シリウスはハリーを殺しに来たのではない──」 「リーマス、彼はほとんど話を聞いていたよ」 酷く静かなその声に、ルーピンはマリーを振り返った。 「しかし……」 「無理なんだよ、きっと。このままでは」 譫言のように呟いた#マリ#ーは虚ろな瞳でスネイプを見つめていた。 スネイプはルーピンからブラックに杖の向きを変えて、その痩せ細った首筋に杖先を突き付けた。 「復讐は蜜より甘い」 スネイプが囁くようにブラックに言った。 「お前を捕まえるのが私であったらと、どんなに願った事か」 「お生憎だな」 ブラックが憎々しいしげに返した。 ハリー達とルーピンも動けないでいた。 マリーだけがゆっくりと、厳かに口を開いた。 「セブルス」 ブラックを睨んでいた暗闇のような瞳だけが、マリーを見た。 「悪いが、ここは下がってもらえるか?」 スネイプの影ががぶわりと膨らみ、そこから人型が立ち上がるとスネイプの体をきつく拘束した。 「マリーっ……貴様!」 膝をついたスネイプがひどい形相でマリーを睨み見上げた。 「君は昔から、彼等のことになると、冷静に話を聞いてはくれないね」 膝を付き睨みあげるスネイプに歩みよったマリーの手が、怒りに歪む彼の頬に触れた。 「マリー」 「……真実を教える。理解もいらない、どのみち──」 その声に感情も温かみもなく、マリーは顔を痛々しく歪めた後、言葉を切った。 誰も動けないでいた。 マリーが上体を起こし、しゃがみ込んだスネイプの肩に手をおいたまま振り返った。 「ロン、スキャバーズを渡してくれ」 ロンは抵抗する事も出来ずに、手にしたスキャバーズを差し出した。 ルーピンがそれを受け取った。 「でも、ペティグリューがネズミに変身出来たとしても、どうしてスキャバーズがそうだと言えるの?」 ハリーは思わず疑問を口にすると、それに答えたのはブラックだった。 「こいつの前足だ、指が一本ない」 「まさに」 ルーピンが手にしたスキャバーズを手に溜め息をついた。 「なんと単純明快なことだ……なんとこざかしい。あいつは自分で切ったのか?」 「変身する直前にな」 ブラックが答えた。 「違う!スキャバーズは他のネズミと喧嘩したかなんかだよ! こいつは何年も家族の中でおさがりだった。たしか──」 「十二年だね、確か」 ロンの動揺した言葉に答えるように、ルーピンが言った。 「十二年、あの事件以降か──なぁ、ロン。不思議じゃないか。 何故そんなに長生きなのか、何故二年も一緒にいて私とあった事がないのか。 ──そしてシリウスが何故、ハリーでなく君のベットを襲ったのか」 マリーの声色は不思議な響きを持っていた。 ロンは複雑そうな表情で、ルーピンの手の中にいるスキャバーズを見た。 「もし、スキャバーズがピーターだとして。 どうして、お前から逃げたりなんかするんだ? お前が僕の両親を殺したと同じように、自分をも殺そうとしていると気付いたからじゃないのか?」 「また、ふりだしに話を戻さないでくれ、ハリー……」 激しい口調でいったハリーに、マリーは溜め息混じりに言った。 「本当にそうなら──シリウスを私がこの手でとっくに殺している」 マリーの声は嫌に真実味を帯びていて、ハリーはぞっとした。 ルーピンも同じだったらしく、青い顔でマリーを振り返った。 マリーは無表情ながら、いつものどこかぼんやりとした様子は鳴りを潜めていた。 「しかし、シリウスは無実だ──私が殺すべき相手は違う」 「私が無実とも言い切れない。 最後の最後になって、ジェームズ達にピーターを守人にするように勧めたのは私だ」 ブラックの声は掠れていた。 「私が悪いんだ……マリーに、ピーターは疑わしいと言われていたのに、あいつはジェームズを裏切らないと………」 ブラックは落ち窪んだ目を潤ませながら体を震わせた。 「二人が死んだ夜、私はマリーに言われてピーターのところに行く手はずになっていた。 ピーターが無事かどうか、確かめに行くことにしていた。 ところが、ピーターの隠れ家に行ってみると、もぬけの殻だ……しかも、争った後もない。 私は不吉な予感がして、すぐにジェームズ達の所へ向かった──そして、家が壊され、二人が死に、マリーが消えた事を目の当たりにしたとき──マリーの言葉の意味を悟った」 ブラックは手のひらで目を覆った。 ハリーはマリーを見た。 マリーの表情は変わらなかったが、スネイプも知らない真実だったのだろう表情が驚愕に強張っていた。 「さぁ、此処まで知ればいいだろう──真実を証明する道はただ一つだ」 マリーの声には、これまで聞いた事がないような、情け容赦ない響きがあった。 「マリー、私とシリウスがやろう──シリウス、いいかい?」 ブラックはスネイプの杖を拾いあげていた。 ブラックとルーピンがじたばたするネズミに近付いた。 「一緒にするか?」 「そうしよう」 ルーピンはスキャバーズを片手にしっかり掴み、もう一方の手で杖を握った。 「三つ数えたらだ──1、2─3!」 青白い光が二つの杖からほとばしった。 一瞬、スキャバーズは宙に浮き、そこで制止すると小さな体が激しくよじれ、もう一度目も眩むような閃光が走り、そして──。 マリーの口元に歪んだ笑みが刻まれた。 「やぁ、ピーター・ペティグリュー──しばらくだったね」 そこには、一人の男が手をよじり、後ずさりしながら立っていた。 ハーマイオニーの背丈と変わらないほどの、とても小柄な男だ。 まばらに色あせた髪はくしゃくしゃで、てっぺんに大きなハゲがあった。 どこかネズミを漂わせる顔立ちの男は、ハァハァと浅く早い息遣いで部屋にいる全員の顔を見渡した。 驚愕に固まるスネイプとハリー達をよそに、ルーピンは朗らかに声をかけた。 それはまるで、ネズミがニョキニョキと旧友に変身しているのを見慣れているかのような軽い口ぶりだった。 「ちょうど今、ジェームズとリリーが死んだ夜、何が起こったのかお喋りしていたんだがね。 ピーター、君はキーキー喚いていたから、細かいところは聞き逃していたかもしれないな──スネイプと違って」 「リ、リーマス」 ペティグリューが喘いだ。 不健康そうな顔から、ドッと脂汗が噴き出すのをハリーは見た。 「君は、ブラックとカウンシルの言う事を、信じたりしないだろうね……ブラックは私を殺そうとしたんだ」 「そう聞いていた」 ルーピンの声はにこやかな表情と違ってとても冷ややかだった。 「安心していい、少し話の整理がつくまでは誰も殺しはしない」 「整理?」 ペティグリューはちらちらとあたりを見渡し、その目が板張りした窓を確かめ一つしかないドアを確かめた。 「安心しろ、ピーター。 お前に逃げ場はない──“吸魂鬼”にも渡したりしない、私が、この手で、殺す」 それしか方法がない、とマリーは酷く澱んだ目でペティグリューを見据えた。 ぶるりと体を震わすとペティグリューはますます荒い息をし、青い顔はいまや汗だくになっていた。 「二年目も側にいながらお前に気付けなかった自分が憎くて堪らないよ、ペティグリュー。 昔の私には考えられない愚鈍さだ」 マリーは饒舌だった──まるでハリーに対するスネイプの厭味ぐらい、滑らかに鋭利な言葉をペティグリューに向ける。 「嗚呼、知っているんだよ、ペティグリュー。 お前はジェームズとリリーを死に追いやっただけでなく、私の姉まで死に追いやった──ナディアも、私の目の前で死んだ」 スネイプの肩からするり手を離し、マリーはゆっくりとペティグリューに歩み寄った。 「お前のような弱虫の能無しが──ポッター一家を売り、カウンシル家を陥れた時は、さぞかしお前の惨めな生涯の最高の瞬間だったろう」 ペティグリューを見下ろすマリーはせせら笑っていた。 「ハリー、いいかい?」 マリーはペティグリューを見据えたまま、ハリーに言った。 「シリウスは、目眩しとしてこの愚図を『秘密の守人』にしたが、私は姉の死のあたりからこいつがヴォルデモートのスパイである可能性を疑っていた──勘に近いものではあったがね。 残念な事にその勘は当たってしまった──二人は死に、私とハリーは傷をおった」 マリーの指先が右目の瞼に触れた。 「でも、マリー……あの、スキャバーズ、いえ、この人はハリーと同じ寮にいたのよ。 『例のあの人』の手先なら、今までハリーを傷つけなかったのはどうしてかしら?」 「そうだ!」 ペティグリューがハーマイオニーの言葉に甲高い声をあげた。 ブラックがゾッとするような虚ろな声で笑い出した。 「その理由を教えてやろう、こいつは自分の得にならないことはしない。 ヴォルデモートは十二年も隠れたままで、半死半生と言われている。 ダンブルドアの目と鼻の先で、まったく力を失った魔法使いの為にこいつは殺人などしない」 ペティグリューは話す能力をなくしたかのように口をパクパクさせた。 「あの──ブラックさん、シリウス?」 ハーマイオニーが怖ず怖ずと話しかけた。 ブラックは、こんなに丁寧に話し掛けられたのはもう忘れてしまったというように驚いて、ハーマイオニーをじっと見た。 「お聞きしてもいいでしょうか。 どうやって、アズカバンから脱獄したのですか?──もし、闇の魔術を使っていないのなら」 「その通り!それこそ、私が言いた──」 聞くに堪えないと言わんばかりにマリーが、懐から出した杖を突き付けてペティグリューを黙らせた。 ヒッと短い悲鳴を上げてペティグリューが口を閉じたの確認してからブラックは口を開いた。 「どうやったのか、自分でもわからない」 ゆっくりと自分の考えをまとめるようにブラックは答えた。 「私が正気を失わなかった理由は、自分が無実だと知っていた事だ。 これは幸福な気持ちではなかったから、吸魂鬼はその思いを吸い取ることが出来なかった──しかし、その思いが私の正気を保った。 自分が何者であるか意識し続けていられた。私の力を保たせてくれた……」 そして、とブラックはマリーを見た。 「アズカバンに来たハグリッドからマリーが生きている事を聞き、新聞で奴がホグワーツにいる事を知った。 怒りでいよいよ耐え難くなった時、私は独房で変身する事が出来た──犬になると、私の感情は人間的でなくなり──“吸魂鬼”は私も他と同じく正気を失ったのだろうと考え、気にもかけなかった」 ブラックは自分の痩せ細った体を見た。 「私は痩せ細っていた、鉄格子の隙間を摺り抜けられるほどにな。 私は犬の姿で泳ぎ、島から戻って来た……来たへと旅をし、ホグワーツの校庭に入り込んだんだ。 始めに学校に忍び込んだ時に、マリーは私の居場所を悟り会いに来た──そして、ペティグリューが生きている事を彼女も知ったんだ」 ブラックはハリーを見た。 ハリーもそれから目を反らさなかった。 「信じてくれ、ハリー。 私は決してジェームズやリリー、ましてやマリーを裏切った事はない。 裏切るくらいなら、私は死を選ぶ」 ハリーはようやくブラックを信じる事が出来たらしい、声もなくゆっくりと頷いた。 「駄目だ!」 ペティグリューはハリーが頷いたことが死刑宣告であるかのように、ガックリと膝をついた。 「話は、終わったな」 マリーが歪つな笑みを浮かべたまま、膝まづくペティグリューの顎を杖先であげさせた。 祈るように手を握りあわせ、ペティグリューは哀れみを請うような身をよじりながら金切り声をあげた 「やめてくれ、マリー! 何かの間違いだ!!」 「黙れペティグリュー、懺悔の必要もない──お前の逝く場所は、地獄だ」 ペティグリューはとめどなく震えていた。 マリーの瞳は暗く澱みながらも、怒りと憎しみがギラギラとしていた。 「リーマス!」 「マリー、私がやろう──君が手を下すまでもない」 ペティグリューの助けを請う声を無視して、ルーピンは袖を捲くりあげながら言った。 「私を忘れないでくれ」 「……一緒に殺るか?」 「あぁ、そうしよう」 マリーはペティグリューから杖を外さず、ペティグリューを囲むように立った、ブラックとルーピンを見た。 「やめてくれ……やめて……」 ペティグリューは喘いだ。 「ロン……私を殺させないでくれ!」 助けを求めるように伸ばされた手に、ロンは思いっきり不快そうにペティグリューを睨んだ。 ペティグリューは次にハーマイオニーに手を伸ばした。 「やさしいお嬢さん……賢いお嬢さん……あなたならそんなことさせないでしょう?」 ハーマイオニーは怯え切った顔で窓際まで下がった。 ペティグリューはハーマイオニーから、自分を囲む三人に目を走らせ、ハリーに向かって顔をあげた。 「ハリー…ハリー…君はお父さんに生き写しだ……そっくりだ……」 「ハリーに話し掛けるとは、どういう神経だ?」 ブラックが大声を出した。 ルーピンとマリーの顔を怒りに強張っている。 「ハリーに顔向けが出来るか? この子の前で、ジェームズの事を話すなんて、どの面下げて出来るんだ?」 ブラックの怒声に体を震わせた後、ハリーに早く助けてくれと言わんばかりに彼の名前を連呼した。 「ハリー、ジェームズなら私が殺される事を望まなかっただろう……ジェームズならわかってくれたよ、ハリー……。 ジェームズなら私に情けをかけてくれた……」 マリーが小さいその手にあるとは思えない力で、ペティグリューの肩を掴んで床に仰向けに叩き付けた。 ペティグリューは倒れたまま、憤怒の炎を瞳に宿すマリーの冷たい表情を、恐怖にヒクヒク痙攣しながら二人を見つめていた。 「お前は、ジェームズとリリーをヴォルデモートに売った──否定するのか?」 マリーの怒りに微かに震えた声に、ペティグリューは──あろうことか、スネイプに助けを求めた 「スネイプ!君は私を憎んでいるだろう?! しかし、君はマリーを──自分の愛する女が、人を殺すところなど見たくないだろ?!」 混乱しながらも必死で現状を飲み込もうとしていたスネイプは、ペティグリューの懇願を茫然と見つめた後、奴を見下ろしたままのマリーの横顔を見た。 「セブルス、君に止められても私は殺るよ」 平坦で迷いのない声に、スネイプは唇を引き結んだ。それが答えだった。 ペティグリューはショックをうけたように身を震わせ、自分に杖を突きつける三人を見上げた。 「友を裏切るくらいなら君はヴォルデモートによって殺されるべきだった、我々も君の為にそうしていただろう」 ブラックとルーピンが肩を並べて杖を上げた。 「お前は気付くべきだった」 ルーピンが静かに言った。 「ヴォルデモートがお前を殺さなければ、我々が殺すと」 ハーマイオニーが両手で顔を覆い、壁の方を向いた。 三人の杖の先に光が集まる。 「ピーター、さらばだ」