休暇開けその日、レイナはウィーズリー家のジニーの部屋で、降り注ぐ激しい雨が窓ガラスを打つ音で目を覚ました。 ジニーの優しいお父さんが、嬉しい事にレイナの分のクィディッチ・ワールドカップのチケットを取ってくれた。 ワールドカップを終えればすぐに休暇が開けるので、ならばとジニーのお母さんがハリーと一緒にレイナも滞在する事を提案してくれたのだ。 始めてそんな言葉を貰えた嬉しさに二つ返事でレイナは承諾した──ちょうど滞在期間に満月が重ならなかったのも理由にある。 まだ起きるのには早い時間である事を確認した後、レイナはもぞりとベットの中で寝返りを打った。 ちょうど目の前ジニーが小さな寝息を立てて寝ている。 その反対側ではハーマイオニーが寝ている。 レイナはここにはいない、マリーの事をぼんやりと考えた。 ワールドカップには行けないとマリーから手紙を受け取ったのと、あの闇の印が打ち上げられたという知らせを受けての安全確認の手紙以来、マリーからの音沙汰はない。 筆不精なのかもしれないが、なんとなくレイナはマリーがどこか遠くへと行ってしまうのではないかと、いうような不思議な恐怖感があった。 マリーから、生きる気力というのが殊更感じられなくなったのは何時からだっただろうか──レイナは記憶を辿っているうちに、ぱちりと一つ瞬きをして首を傾げた。 自分が今まで何を考えていたかわからなくなってしまったのだ、レイナは寝起きだからかなとまだ眠い瞼を閉じた。 それからすぐに、彼女の薄く開いた唇から寝息が漏れ始めた。 「マリー、なんか服の丈あってないんじゃないか?」 「んー…あー…」 シリウスに言われ、袖を通したシャツの丈が短かいのに気付く。 「そういや、三年あたりに身長が急に伸びたっけ……」 「みたいだな、服はあるのか?」 シリウスの問いに、確かと呟きながら杖を振るとなんとか数着サイズが合うのが出て来たが、どう考えても足りない。 準備不足だぞとシリウスに溜め息をつかれながら、ローブ丈はあってるから問題はないなと考える。 「服、注文書を書いておくから出してくれ」 「了解。あと、ほら、朝飯」 「ありがとう」 ピーナッツバターが塗ってあるトーストを口にくわえ、マリーは荷物の詰め終わったトランクを立てる。 俯いていた顔にかかる髪をつまみ上げ、そう言えば髪も伸びたと呟く。 邪魔だなとかき上げながら、ふと思い出してしまった──髪を切る鋏の音と、時折耳を掠るかさついた指、穏やかな空気──マリーは小さく舌打ちした。 これでは、記憶を消すべきなのは自分の方ではないか。 「どうかしたか?」 「いや、なんでもない」 「そうか?」 不思議な顔でこちらを見てくるシリウスに緩く笑う。 「外の世界は凄い雨みたいだ、駅構内さっさと飛んだ方がよさそうだな」 「なんだ、またアレをやっていたのか」 なんとかごまかされてくれたらしい事に、マリーは苦く笑った。 《言霊》の糸を張って遠くの会話を聞くこの技術には、名前がない──カウンシル一族にとってそれは基本的な術である、名前など必要なく、聞くとか糸とかそんな表現だけで、シリウスも「アレ」という風に呼んでる。 下手に考え事を勘繰られるよりはだいぶいいなと思う。 「じゃあ、気をつけて行って来いよ?」 「あぁ、いってくる」 「いってらっしゃい」 シリウスの言葉に見送くられながらマリーの姿は掻き消えた。 伏せていた瞼を上げれば、人がごった返すホームの片隅にマリーは立っていた。 紅に輝く蒸気機関車ホグワーツ特急は、もう入線していた。 マリーは、おそらく先に乗っているだろうハリー達を探すため、見送りの親達でいっぱいのホームに背を向け列車に乗り込んだ。 「カウンシル……1人か、珍しいな」 汽笛に紛れない聞き覚えのある気取った声に、マリーは振り返った。 「ミスタ・マルフォイ」 「一人のようなら、僕達のコンパートメントに招待してやってもいいぞ?」 ますます父親に似て来た彼の容姿といい性格に、これではハリーが父親と似ているからと憎しみの対象にしているあの人と変わらないじゃないかと自嘲の笑みを口の端に浮かべる。 「ご遠慮しますよ──貴兄がグリフィンドールとあまり仲良くすれば、誰かに咎められるかもしれませんしね」 「お前は遠縁ではあるが、純血の一族──カウンシル家の出だろう。 何の問題もないだろう、お前の一族は僕の一族に並ぶ程の名家だ」 ニヤリと笑って見せたマルフォイに、マリーは緩く首を振りながら踵を返した。 「おい」 「──知らぬ筈がないでしょう? カウンシル一族は遠の昔に滅んでいるんですよ」 「君がいるだろう」 「私はただの遠縁です」 少しだけ吐き捨てるように言えば、彼が口をつぐんだのがわかった。 「帰る“家”なんて、ないんですよ」 堪えず振動する列車の床を踏み締めながら、一人になろうと思った。 今のまま彼らに会えばかけるのは心配ばかりだろう。 トランクを引きずりながら、マリーは小さく溜め息に似た息を吐いた。 どんどん弱くなっていく心は呪いのせいか、それとも──。 ・・・ いまを去ること一千年、そのまた昔その昔 私は縫われたばっかりで、糸も新し、真新し そのころ生きた四天王 いまなおその名を轟かす── 組分け帽子が歌う歌が終れば、大広間に割れるような拍手が響く。 スネイプはゆっくりと閉じていた瞼を上げた。 開けた視界では、マクゴナガルがびしょ濡れで寒さと緊張に震える一年生の名前が書かれた太い羊皮紙の巻紙を広げているところだった。 一年生の名前が次々と読み上げられ、壇上に上がった彼らに帽子がそれぞれの寮を示す。 毎年の事が、同じように目の前で繰り返される様を、スネイプはじっと見つめていた。 自身の隣の席が開いている──マクゴナガルが座る席だとわかっていながら、誰かが、そう名前もわからない誰かがここに座る気がして、自分はそれを待ち望んでいる気がしてならないのだ。 スネイプはわけもわからない感情に、眉間のしわを深くした。 わからない。 何がわからないのかがわからない。 それが頭の中を苛々と掻き交ぜる。 「セブルス、どうかしたかの?」 「──いえ」 席の向こうからかけられた声にはっと顔を上げれば、半月眼鏡の奥からじっとこちらを見つめられスネイプは言葉を濁した。 天井の荒れた空──黒と紫の暗雲が渦巻き雷鳴が響いた。 それと同じくダンブルドアのキラキラと輝く瞳にも微かな陰りが見える。 「少しばかり考え事を……」 「人は、考える事や想い出があまりにもいろいろあって、頭の中がいっぱいになってしまう事がある」 「──……」 「人は憂いを持つものじゃ」 「校長も……そうなのですか?」 ダンブルドアが低く穏やかに笑った。 「わしも“人”じゃよ」 ダンブルドアの瞳に悪戯っぽい輝きが見えて、スネイプは少しだけ安心出来た。 組分けはまだ延々と続いている。 スネイプは天井の暗雲を見上げた。自分の頭の中もまた、この暗雲のように靄がかり答えがみつからないのではないだろうか。 視線を下へと戻し、寮ごとにわけられた席につく生徒達を見渡す。 自分が寮監するスリザリンのテーブルから辿り、グリフィンドールへと行き着く。 そこには、ハリー・ポッターと、最近自分にいやに懐く人狼の少女、レイナ・タチバナ──そして、滅びの一族最後の一人であるマリー・カウンシルが座っていた。 マリーの丸い背中を、レイナが叩いて直しているのを、ポッターが笑って見つめている。 その瞬間、懐かしい情景が思い出される──エバンスが少女の丸くなった背中を叩く、その隣でポッター達が笑う──その時、少女が顔を上げて。 ふと、想い出に重なるように現実でも少女が顔を上げ、碧眼と視線が絡む──スネイプは微かに体を震わせた。 突然、叫びたいような衝動に刈られたが、それは直ぐさま霧散する。 「っ──……?」 視線が外される──消化不良な靄つきを胸に残したまま、スネイプは消えた衝動に短い息を吐く。 そのうち、何を思い出していたかなんて、忘れてしまった。 「思いっきり、掻っ込め」 ダンブルドアの号令に、生徒たちはごちそうへと手を伸ばした。 マリーと言えばは憂鬱な気持ちで、テーブルに並ぶごちそうを大量に取り分けられた皿の中身をフォークで突いている。 盛り付け担当はもちろんレイナである。 「マリー、君もハーマイオニーみたいに絶食する気かよ?」 ロンが糖蜜パイを口にいっぱいに詰め込みながらそう言い、レイナは行儀が悪いとロンを叱った。 「屋敷しもべ関係なく、私も絶食しようかな……」 「体に悪いから絶対にダメ!」 レイナに一喝されてしまったが、絶食はうまくやれば体にいいのにと、心中でつぶやきながら肉の塊が積み上がった皿を、レイナとは逆方向に押しやり糖蜜パイの小さな一切れをくわえた。 第一、元から少食だった上に、外身は10代でも中身は30代なのだ。 はっきりいってこんなに脂身が多いものを食べたら胃もたれしてしまう。精神的に。 マリーは、若さゆえか糖蜜パイや蒸しプディング、チョコレートケーキに次々と手を出していくレイナやロン、ハリーを見つめて溜め息を一つ吐いた。 自分はまだ、この一切れも完食していないというのに。 あっという間にデザートも綺麗さっぱり平らげられ、最後のパイ屑が消えてなくなり、皿がピカピカに綺麗になったところで、ダンブルドア校長が再び立ち上がった。 大広間を満たしていたがやがやというおしゃべりがピタリとやみ、聞こえるのは風の唸りとたたき付ける雨の音だけになった。 「さて」とそう言ってダンブルドアは笑顔で全員を見渡した。 「みんなよく食べ、よく飲んだことじゃろう」 ハーマイオニーだけが、不機嫌そうにフン!と鼻を鳴らした。 「いくつか知らせることがある、もう一度耳を傾けてもらおうかの。 管理人のフィルチさんから皆に伝えるようにとの事じゃが、場内持ち込み禁止の品に、今年は次のものが加わった」 ちらりと見ればフィルチは相変わらず壁際に立って、抱き抱えたミセス・ノリスの背中を撫ぜている。 「『叫びヨーヨー』『噛み付きフリスビー』『殴り続けのブーメラン』 禁止品は全部で437項目あるはずじゃ。 リストはフィルチさんの事務所で閲覧可能じゃ、確認したい生徒がいればじゃが」 ダンブルドアの口元が微かに震えているのがわかって、マリーは相変わらずだなと微かな苦笑を浮かべた。 「それからいつものとおり、校庭内にある森は生徒立入禁止。ホグズミード村も、三年生になるまでは禁止じゃ。 これを知らせるのはわしの辛い役目での──寮対抗クィディッチ試合は今年はとりやめじゃ」 ハリーを始めとしたクィディッチのチームメンバー達が声もなく悲鳴を上げ、ダンブルドアを見上げたまま餌をまつ鯉のように口をぱくぱくとさせていた。 ダンブルドアはその様子を困ったように見回した後言葉を続けた。 「これは十月に始まり、今学年の終りまで続くイベントのためじゃ。 先生方もほとんどの時間とエネルギーをこの行事の為に費やすことになる──しかしじゃ、わしは、皆がこの行事を大いに楽しむであろうと確信しておる。 ここに大いなる喜びを持って発表しよう。 今年、ホグワーツで──」 ダンブルドアの続く言葉に皆が興味深々に身を乗り出したちょうどその時、耳をつんざく雷鳴とともに大広間の扉が開け放たれた。 マリーは戸口を振り返り、すぅっと目を細めた。一人の男がそこに立っていた。 「マッド-アイ・ムーディ」 マリーは低く呟いた言葉に反応して、レイナが振り返った。 「知ってるの、マリー?」 異様な不気味ともいえる男をただじっと見つめるマリーとその人を見比べながらレイナは小声で聞いた。 マリーは、あぁと低く頷きながら少し警戒したように、ダンブルドアと握手を交わす男を見つめていた。 「『闇の魔術に対する防衛術』の新しい先生をご紹介しよう、ムーディ先生じゃ」 静まり返った中でダンブルドアの明るい声が妙に浮く。 ムーディは温かいとは言えない歓迎ぶりにも無頓着のようで、マントから携帯用の酒瓶を引っ張り出してグビグビと飲んでいた。 ちらりと見れば、スネイプが予想以上に凶悪な表情でムーディを睨んでいた──狙っていた役職に着いたからだけではないだろう、ムーディは昔腕利きの闇祓いだったのだから。 現役の彼を何度か見た事があるが、引退してからの彼は知らなかった。 随分と変わったものだとマリーは心中呟いた。 ダンブルドアが咳ばらいをした。 「先程、言いかけていたのじゃが。 これから数ヶ月にわたり、我が校は真に心踊るイベントを主催するという光栄に浴する。 この催しはここ百年以上行われていない。 この開催を発表するのは、わしとしても大いに嬉しい」 ダンブルドアは生徒達を見渡しにこやかに言った。 「今年、ホグワーツで、三大魔法学校対抗試合を行う」 その言葉に大広間が沸く中で、#マリー3だけが人差し指で右目の瞼を掻きながら難しい顔をしていた。 嫌な、予感がした。