学校が始まって二ヶ月がたった頃、生徒たちが浮足立つイベントがやってきた。そう、ハロウィンだ。 イベントというものは大抵、羽目を外した生徒達が増える。その浮わついた生徒達の空気に、スネイプは今までにないくらい不機嫌だった。 マリーは話に聞いた程度だが、いたずら好きのウィーズリーの双子はこのイベントを大いに楽しむタチらしく、毎年フィルチや教授達の頭を痛ませてくれるらしい。 まるでどこぞの男のようだなと、懐かしい気持ちでこぼしたところ、生徒なら泣きながら逃げていきそうな視線で睨まれた上に「黙れ」と唸られた。 ウキウキした生徒達は授業中も気がそぞろで、何度かのスネイプの注意と減点に一時は気を引き締めるものの、しばらくすればまた意識がハロウィンへと飛んでしまう。授業も半ばで、飽きれとも諦めともつかない溜息を吐き出した後は、スネイプが声を荒げる事はなかった。 疲れて面倒になったのだろうな、とマリーは苦笑をこぼした。 ハロウィン当日の午後は、授業もなく。マリーはスネイプと翌日の授業の準備を終えると、ダンブルドアの元へと向かった。 校長室の中は相変わらず彼の優しい雰囲気に包まれており、マリーは無意識にほっと息を吐く。 「ダンブルドア先生、薬を頂きにまいりました」 「おぉ。そろそろだと思っておったよ、今用意しよう」 にっこりと笑って奨められたソファに腰を降ろすと、ダンブルドアもデスクから移動してマリーの目の前のソファへと腰をおろした。 そしてその手に握られたごブレッドを差し出す。受け取ったそれにはなみなみと乳白色の液体の入っている。 マリーはそれをぐいっと躊躇いなく飲み干した。 喉を通り抜けて行った薬が胃の腑に染み渡るのを感じるように、マリーは自分の胸元を撫で摩る。 「“あの部屋”からでて体に負担はないかの?」 ダンブルドアの心配そうな声に、マリーは「はい」と頷いた。 「今の所は特に。ただ、この傷の痛みが酷くて……」 マリーは時折襲いくる痛みをたどるように、眼帯の上からその傷に指先を這わす。 ダンブルドアの瞳が優しく細められた。 「原因はわかっておるのか?」 「──…おおよそ」 マリーの答えにダンブルドアはうむと、大きく頷いた。 「それならば、大丈夫じゃろ。 さぁ、マリー、今日はハロウィンじゃ。十分に楽しみなさい」 茶目っ気たっぷりにウインクをしたダンブルドアに、マリーも頬を緩めた。 ・・・ 大広間に向かう途中女子トイレの前でオロオロする生徒を見つけてマリーは首を傾げつつ、その彼女に近づいた。 近づいて見ればそればパーバティ・パチルで、大広間から離れたこのトイレの前で何をしているのだろうとマリーはさらに不思議になった。 「ミス・パチル?」と声をかえると、彼女は弾かれたように振り返った。 「! っマリー先生…!」 「どうしたの、こんなところで」 パチルはドアのほうに心配そうちらちらと視線を送りながら、こっそりとマリーにそのわけを耳打ちをした。 腰をかがめて話に耳を傾けていたマリーは「なるほど」と頷いた。 「委細承知した、ミス・パチル。 彼女は私に任せて、君は大広間に行っていなさい」 「で、でも」 「大丈夫だから、ね」 「………はい。ハーマイオニーに待ってるからって、伝えて下さいね」 何度もこちらを振り返りながら去っていくパチルを見送ると、マリーはさてと問題のトイレを振り返った。 ドアノブを回してドアを微かに開けると、マリーは辺りを見回してからするりと黒猫に姿を変えて、そのドアの隙間からトイレの中に滑り込んだ。 「誰…? パーバティ…?」 ドアの開いた音に反応したのか、涙に濡れてガサついた声がトイレに小さく反響した。 マリーは「ニャー」とまさに猫撫で声をあげると、ハーマイオニーは「猫?」と困惑気味の声をあげた。 しなやかな猫の跳躍で、トイレの個室の扉を飛び越えての突然の登場に、驚くハーマイオニーの足元に甘える様にじゃれつくと、ハーマイオニーはくすぐったそうに微かに笑い声をあげた。 ハーマイオニーは黒猫のマリーを抱き上げると膝の上に乗せて、人の時と同じ隻眼を覗き込んだ。 「あなた、誰の子? あったことないけど」 マリーは人語を話さず、またニャーと一鳴きする。 一人でいたいと言う人間は、本当は淋しくて一人でいたくはないと言う事をマリーはよく知っていた。 でも、大人である自分がいれば真面目な彼女は逆にプレッシャーを与えてしまうから、マリーは猫のふりをして頭を撫ぜてくれる彼女の優しい指を舐めた。 「ねぇ──あなたはきっと私の言葉はわからないと思うけど……聞いてくれる?」 恐る恐ると話すハーマイオニーに、マリーは返事の代わりに彼女の掌に頭を擦りつけた。 「……私ね、校則とか破っちゃいけないと思うの…でもね、それを皆に言うと嫌な顔ばかりされちゃうの。 当たり前の事を言ってるだけなのに……どうして皆わかってくれないのかしら」 泣きすぎて赤くなった彼女の目尻から、また涙がぽろぽろと零れ落ちていく。 旧友に、よく似ているとマリーは思った。 その真っ直ぐの芯のある意思が己を支え、傷付けてしまっていることも、彼女に似ていると思った。 マリーは困ったように目を細めると、彼女と向かい合うように彼女の膝に座り直し。涙を拭う手を優しく舐めた。 「慰めてくれるの……お前、優しいね」 ハーマイオニーは泣きながら、はにかんだような笑みを浮かべた。 「でも、本当にあなたどこの猫なのかしら……首輪はしてないのね?」 目の縁の涙を指で拭いながらハーマイオニーは、マリーの首にあるはずの首輪を指で探って困った様に呟いた。 マリーは彼女の膝から飛び降りると、彼女を振り返って一声鳴いた。「さぁ、行こう」そんな気持ちを込めて。 ハーマイオニーはちゃんとそれを理解したらしく個室から出てきて、鏡で赤い目元を気にしながら「困っちゃうわ」と苦笑を浮かべた。 これで一安心か、と安堵したのもつかの間。 猫の聴覚が捕らえた低い唸り声と、巨大な物を引きずるような足音にマリーは身構える。 ハーマイオニーはまだそれに気付いていない。 開けっ放しのドアから覗き込んできた鈍い灰色の頭に埋め込まれたような黒い小さな瞳に、マリーはシャーっと威嚇して毛を逆立てた。 醜悪なうめき声にハーマイオニーが弾かれた様に顔をあげ、その物体を目にした瞬間、甲高い恐怖に染まった悲鳴をあげた。 ・・・ 大広間に行くと、先に着いている筈のマリーの姿がなくスネイプは思わず大広間を見渡したが、その姿を見つけることはできなかった。 「スネイプ教授、マリーはどうしたのですか?」 ご馳走がテーブルに現れる頃になっても、一向に姿を見せないマリーにマクゴナガルも不思議そうにたずねてきたが、スネイプも知るはずもなくただただ首を横に振るしかなかった。 会いに行くと行っていたダンブルドアは、校長の席で食事を楽しんでいる。 スネイプはマリーの席から視線を、その逆隣の空席であるクィレルの席へと移して顔を顰める。 悪い予感に落ち着かない気持ちを抑えることができず、彼女を探そうと席から腰をあげたその時──大広間の大きな扉がバーンと大きな音をたてて開き、切羽詰まった様子のクィレルが中へと駆け込んで来た。 突然のことに固まる生徒達の間を駆け抜け、クィレルは息も絶え絶えにダンブルドアの席まで辿り着くと、恐怖に強張った頬を震わせてヒーヒーという喉で報告を始めた。 「トロールが……地下室に……お知らせ、しなくては、と思っ」 クィレルはそれだけ言うと気絶し、ばたりと倒れた。 瞬間、爆発したように半狂乱になる生徒達をダンブルドアは一喝で落ち着かせると、全員寮に戻るように指示を出した。すぐさま上級生と寮監たちが動いて生徒達を寮へと移動させ始めるのを確認してから、ダンブルドアは教師達を振り返った。 「皆は、トロールがおる地下室に」 教師達はダンブルドアの重々しい声に言葉もなく頷くと、広い地下室の分担を決めてそれぞれ大広間を足早に出て行く。 スネイプもその後ろを追うとすると、ダンブルドアに静かに呼び止められた。 「先ほど気絶した──クィレル教授はどうしたかの?」 「!」 スネイプが慌ててダンブルドアの席の前を見たがそこにはクィレルの姿はなかった。 「セブルス、念のために君は四階に行っておくれ」 ダンブルドアは低く押し殺したような静かな声でそう言い、スネイプはそれに黙って頷くとローブを翻した。 四階に行ってみれば、立入禁止廊下の扉が少しだけ閉まり損なっていた。 微かに開いたドアノブを音が出ない様ゆっくり回し、中を覗き込む。そこには、攻撃を受け怒り狂った三頭の犬と、青い顔でそれでも必死に杖を犬に向け続けているクィレルの姿があった。 目の前の状況に、スネイプは口元を歪めた。 「何をなさっておるのですかな、クィレル教授」 スネイプの声に、驚いたように振り返ったクィレルは、醜悪にその顔を歪めると唇をわなわなと震わせた。 「セ、セブルス! わ、私は──“あの人”の手の者が、トロールをいれたんじゃないかと心配で……石の様子を身に来たんだ!」 「ならば、この番犬を貴方が傷つける必要はあるまい。この犬が無事ならば、敵は中には入れてはおらんだろう」 突きつけた正論に、クィレルはおどおどと視線を動かす。 「そ、それは…でも」 クィレルがさらに言い募ろうとしたその時、犬がよだれを撒き散らしてクィレルとスネイプのほうに突っ込んで来た。 二人が別々の方向に避けて壁に噛み付いた一つが呻くと、残りの二つがさらに標的を狙って歯を鳴らした。 スネイプはクィレルを睨んだ。 「ここは落ち着いて話が出来ませんな、話の続きは外でしましよう」 「は、話す事などもうないだろ……?!」 「そちらはなくともこちらは──「ぎゃぁ!」 避けそこねた爪がクィレルのローブに引っ掛かり、獣の豪腕にクィレルの体が床を引きづられる。 スネイプは忌ま忌ましげに舌打ちをすると、懐から出した杖をクィレルに今にも牙をたてようとしている頭へと向けた。 瞬間──ここまで届いた甲高い悲鳴に、スネイプの意識がそちらに逸れた隙を狙い。もう一つの頭がスネイプの足へと牙を突き立てた。 「ぐぅっ……!!」 足の筋肉を裂く痛みに霞んだ意識を踏み止めようと奥歯を食いしばると、スネイプは自分の足に牙を立てている頭の眉間を重いっきり蹴り付けた。 きゃいん、と悲鳴をあげて顎の力が抜けた口の中から足を逃すと、悲鳴をあげて犬の大きな足下でもがくクィレルに杖を向け呪文を放つ。 軽く吹き飛ばされた巨体の下からクィレルを助け出すと、スネイプは直ぐさま廊下から飛び出て扉へと鍵をかけた。扉に体当たりするような音を背後で振動ごと感じながら、スネイプは下の階から聞こえる大きな音に舌を打つ。 音は近く、地下室からではない。トロールはすでに上階へと上がって来ているらしい。 その場にまだ到着していないであろう教師達に、セブルスはもう一度舌打ちをすると、クィレルの胸倉を掴んだまま走り出した。 「セ、セブルス?!」とスネイプに掴まれたせいでよろめきつつ走るクィレルに目を向けることなく、スネイプは廊下を走る。 「トロールの扱いはお前が一番得意であろう」 そう吐き捨てたセブルスはクィレルを引きずって、トロールが暴れている場所へとひた走った。 スネイプたちが四階からその場所に着くと同時に、同じ場所へと向かうマクゴナガルを見つけた。 「セブルス!?」と、マクゴナガルは無遠慮に胸ぐらを掴まれて走るクィレルに驚いたように目を剥いた。 「場所は?」 「その女子トイレです」 マクゴナガルとスネイプは杖を手に、ドアを蹴破るように開け放った。 見渡したトイレはひどい有様で、壊れた個室の壁や蛇口が壊され水が溢れている洗面台──そこには倒れたトロールを囲むように、立ち尽くすハリーとロン、それから腰を抜かしているらしい座り込んだハーマイオニーの姿があった。最悪の状況は免れたらしい。 無用となったクィレルの胸倉から手を離すとクィレルは、息が乱れる胸を押さえてトイレに座り込んでしまった。 「一体全体……貴方方は、どういうつもりですか……」 マクゴナガルの怒りに震えた声が響き、三人は目に見えて身を縮めた。スネイプは身じろぎしたハーマイオニーが抱え込んだ黒い塊を見咎めて、目を細める。 「殺されなかったのは運が良かった。寮にいるべき貴方方が、どうしてここにいるんです?」 怒りに震えるマクゴナガルに怯えて黙り込む二人の代わりに、ハーマイオニーが口を開いた。 「マクゴナガル先生。聞いてください──二人とも私を探しに来たんです」 「ミス・グレンジャー!」 ハーマイオニーはふらふらとしながらもなんとか立ち上がり、マクゴナガルを見上げた。 「私がトロールを探しに来たんです。 私……私一人でやっつけられると思っていました──あの、本を読んでトロールについてはいろいろな事を知っていたので」 驚愕の表情でハーマイオニーを見つけるロンの手から、コロンと杖が落ち水浸しの床に落ちて転がった。その隣のハリーもまた、少女の意図が掴めないのか呆然とその言葉を聞いている。 これでは、せっかくの“嘘”が意味がないではないか、とスネイプは腹の底で暗く笑った。 「もし二人が私を見つけてくれなかったら、私、今頃死んでいました。二人とめ誰かを呼びに行く時間がなかったんです。 二人が来てくれた時は、私、もう殺される寸前で……」 嘘に気づいてるだろうマクゴナガルは、優等生の言葉に考え込むようなそぶりを見せた後、深いため息を吐き出した。 「まぁ、そういう事でしたら……ところで、ミス・グレンジャー? その手の中のものはなんですか?」 「あっ!! そうなんです、先生! この子私の事を庇って、トロールのこん棒で……!」 ハーマイオニーは途端泣き出しそうな顔で、マクゴナガルにその手のものを差し出した。 マクゴナガルが優しい手つきでそれを受け取ると、水に濡れた力無い猫の体をしげしげと見つめた。 「猫、ですか……一体誰の──っ!!」 「先生?」 猫の顔を覗き込んだ瞬間、マクゴナガルは顔を青ざめさせた。子供達がそれを心配そうに見つめる。 「セブルス」 震える声が自分を呼ぶのに、スネイプはマクゴナガルに歩み寄る。 「どうして、彼女が──」 マクゴナガルが真っ青な顔で差し出して来た猫を見て、スネイプは驚愕に目を見開いた。 「先生……?どうしたんですか?」 「その子助かりますか?!」 ハリー達の心配そうな声に答える事なく、スネイプはマクゴナガルの手から猫を受け取ると、入口の前で立ち尽くすクィレルを突き飛ばして、走って医務室に向かった。 あまりのスネイプの慌てように唖然とする三人に振り返ったマクゴナガルは未だ青い顔で口を開いた。 「貴方方はまだ、アニメーガスを知らないでしょうね。 魔法省に登録されている、動物に変身できる魔法使いや魔女達の事です………」 そこでマクゴナガルが唇を震わせ言葉を区切った。今度は三人が顔を青くする番だった。 「じゃあ、あれは……」 「マリーです、マリー・カウンシルがアニメーガスになった姿です」 ・・・ 医務室に駆け込んできたスネイプに、マダム・ポンフリーが怖い顔で「何事です!」と吠えた。 「治療を、トロールにこん棒で殴られたらしい」 「猫を、治療?」 怪訝そうなマダム・ポンフリーに言葉を返すのも億劫そうに、スネイプは黒猫を空いたベットの上に横たえると、昔見たとおりに杖を振りマリーの変身をといた。マダムは瞬時に理解したらしく、ベットへと駆け寄った。 一見、外傷は無いように見えて、マリーはまるで眠っている様だった。 マダム・ポンフリーが容態を調べている様子を、スネイプは微動だにせず見つめていたが、マリーの服のボタンに手をかけたマダム・ポンフリーが怪訝そうな顔でスネイプを見た。 「スネイプ教授。カーテンを閉めて、外に出ていて下さいな。 まさか、貴方、彼女の裸を見るおつもり?」 「!」 顔色の悪い頬を僅かに血色よくするとスネイプは慌ててカーテンを引いてベットに背を向けた。 そんなスネイプの慌て様に、マダム・ポンフリーはやれやれと小さく溜息を吐いた。 しばらくして開かれたカーテンに、スネイプは振り返った。 「左側の肋が5本と左腕が骨折。内臓は無事でしたから、もう大丈夫ですよ。 意識も戻りましたし」 そう言われてベットの方に目を向ければ、ベットから体を起こしているマリーと目があった。いつになく破棄の無い顔にスネイプは眉を顰める。 「マリー、今夜はここに泊まりますか?」 「……大丈夫ですよマダム、部屋に戻ります」 マリーが静かな声でマダム・ポンフリーに答えると、マダムはそうですかとスネイプをちらりと見てから、医務室からぱたぱたと出て行った。 マリーはふらふらと立ち上がってなんとか歩き出そうとしたが、かくりと膝の力が抜けて転びそうになったところをスネイプが寸前で受け止める。 「無理はするなと言ったであろう!」 荒げた声に、腕の中の体が震えた。 「ごめん…」 全くもって力無い声にスネイプは眉間に深いシワを刻む。 マリーが力が入らない腕でスネイプから離れようとしたので、さらにスネイプは忌々しげにさらに顔を歪めた。 スネイプは強引にマリーの手をとると、その手を自分の首に回させ、膝裏に手を入れると軽々とマリーの体を抱え上げてしまった。 あまりに一瞬の事で硬直していたマリーは、すぐに慌ててもがきだしたが、スネイプはそれを細い体に回した腕に力を込める事で押さえ付けた。 「セブ……!」 「大人しくしたまえ、落とされたいのか?」 「し、かし、これは………」 世に言うお姫様抱っこの状態に羞恥のためか赤く染まった頬は、マリーの表情を幾分豊かに見せた。 スネイプは意地が悪い笑みを浮かべると、「騒がなければ気付かれまい」と言ってそれ以上のマリーの言葉を遮った。 諦めたらしいマリーは不安定になる体をスネイプに寄り掛からせ、首に腕をまわし直した。 無言のまま歩くスネイプは前を見据えたまま、腕の中のマリーへとほとんどの意識をむけていた。 全く重さを感じさせない細い体はまだ薬のせいか熱いマリーの体温が布越しに伝わって来てくる。体格差のあまりない彼女の顔は肩に乗せられ、細く柔らかい髪はさわさわとスネイプの頬を擽った。 マリーはただじっとスネイプにその身を委ねている。それに、ひどく満たされると同時に、薄暗い欲が身のうちから溢れそうになって、スネイプはそこから目を背けた。 彼女の部屋に着きマリーを寝室のベットに横たえると、医務室から出て初めてマリーが口を開いた。 「セブルス……グレンジャー達は無事だったのか?」 「あぁ。一体、あそこで何があったんだ?」 問うた言葉に答えることなく、マリーは静かに瞼を閉じた。 「マリー……?」 「──…セブルス……すま、ない、明日、ちゃんと、話す……か…ら──」 そう途切れとぎれに呟くとマリーは深い息を吐いて、夢の中に意識を沈めた。 「……寝たか…」 スネイプは深い溜息を吐くと、マリーの体にブランケットをかけた。 そして、ベットサイドに腰を下ろしその静かな寝顔を覗き込む。 顔にかかる髪を指先で避けてやり、そのままの流れで白い頬を手の甲で撫ぜると、マリーの瞼が震え睫毛の影をちらつかせた。 二度と触れることは出来ないと思っていた彼女が、今目の前にいる。スネイプは沸き上がる感情に微かに指先を震わせた。 「マリー………お前がまた、私の名を呼んでくれるとは、思ってもいなかった………」 余程眠りが深いのかマリーは、スネイプの言葉に静かな寝息に胸を上下させるだけで、答えはない。 スネイプは腰を捻ると、ベットの上に乗り上げマリーに覆いかぶさる。 マリーを覆い隠すような自分の黒い影に、スネイプはゆるりと目を細めた。 「私がまだ──お前の事を……」 独りよがりな心情の吐露を飲み込んで、スネイプは自嘲気味に口の端を歪めた。 眠っている相手に、内心を独白している自分が酷く臆病な人間に思えたからだ。 「私も、いつかお前に全て話せる時が来るといいのだが……」 スネイプはそう呟いて、マリーの唇に自分のそれを寄せた。 しかし、触れる前に一瞬躊躇う様に動きを止めると、唇ではなく口の端に場所を変え、軽くキスをしてスネイプはベットから離れた。 「おやすみ」 そのスネイプの言葉は、ベットサイドのランプの光が弱められた部屋の闇の中にゆっくりと優しく消えた。