朝起きると、部屋の暖炉の前に積み上げられた小さなプレゼントの箱の山にマリーは頬を緩めた。 マリーは密かにクリスマスが好きだった。 クリスマスにこのプレゼントの山を見ると酷く安心する──自分は誰かに“認識”されていると実感出来たからだ。 それを昔リリーに言ったら捻くれてるわね、と言って笑われたのも、もはや懐かしい思い出の1つだ。 プレゼントを一つずつ拾いあげて見ていると、扉をノックする音が響いた。この時間から訪ねてくるような相手は一人しかおらず、マリーは手元の山から目を離すことなく「どうぞ」と入室を受け入れた。 その人物が扉を閉めて、部屋に入って来た気配に顔をあげる 「メリークリスマス、セブルス」 「……メリークリスマス」 「気に入ってくれたみたいで、安心したよ」 マリーは目を細めて、嬉しそうにそう言った。 小さな箱を片手にもったスネイプが袖を通しているグレイのガウンは、マリーが彼に贈ったクリスマスプレゼントだ。 それから何やら言い淀んでいる様子のスネイプにソファーに座るように進め、プレゼントの山を魔法で部屋のデスクの方へと移した。 スネイプがソファーにつくと、それからティーセットを出して来て紅茶の準備を始める。 いれたての紅茶を彼の前に置くと、スネイプはようやく意を決したように手にしていた箱をマリーに差し出した。 「私からだ、その……気に入るといいが……」 目の前の箱とスネイプの顔を思わず見比べてから、両手でそっと受け取ったそれにほうと息を吐く。 「──ありがとう、セブルス」 開けても?と尋ねると、あぁとスネイプは頷いた。 青い包み紙を纏った箱に結ばれた銀色のリボンを解いて、蓋を開けるとそこには銀のシンプルな髪留めが入っていた。 細工の細かなその銀細工に見惚れていると、スネイプは1つ咳払いをした。 「この頃、無意識に前髪を気にしている様子だったのでな……気に入るようなら使うといい」 「ありがとう、使わせて貰うね」 そう言ってマリーは箱からそれを丁寧に取り出すと、まだセットしていなかった髪を指先で纏めてその髪留めをさしこんだ。 スネイプはそれを照れ臭そうに見ながら、似合ってると小さく呟いた。 見つめ合っているのも気恥ずかしくなり、淹れたての紅茶の入ったカップに手を伸ばす。 「しかし……随分と沢山の箱だな」 紅茶を一口飲んでから、話題を変えるようにデスクの山を見つめながら呟いたスネイプに、マリーは柔らかく目を細めた。 「うん、有り難いことに」 「何を貰ったんだ?」 「ダンブルドア先生からは新しい眼帯とレモンキャンディー、マクガナガル先生からはマグルのガラスペン、マダム・ポンフリーからは救急箱……これはハロウィンの事をひっぱってるのかな?」 「かもな」 「ハグリッドからは革手袋、後ウィーズリー先輩達からセーターを」 息子達から自分の事を聞いたらしい二人からのプレゼントは本当に以外だった。 「あとは、色々」 「成る程な」 スネイプに、マリーは「あのね」と呟いた。 「ハリーに、初めてクリスマスプレゼントを贈れたよ」 「そうか……」 返って来た声が思ったよりも優しくて、マリーは無意識に入っていたらしい肩の力を抜いた。 「チェス盤と──ダンブルドア先生に許可をいただけたから、ジェームズから預かっていたものを返したんだ」 「奴から……?」 ほとんど反射的にジェームズの名に眉を潜めたスネイプに、マリーは「あぁ」と頷いた。 「ハリーが生まれた辺り──ヴォルデモートから隠れていた頃かな、私に預けて来たんだ。 覚悟はあったんだと思うよ……ジェームズもリリーも」 「……」 「本当は、受け取りたくはなかったけどね……まぁ、仕方がないか」 困った様に言いながら瞼を伏せたマリーに、スネイプは「そうか」とだけ呟いた。 「しかし、またホグワーツでクリスマスを迎えれるなんて思ってなかったよ」 マリーと、そう言って頬を緩めた。 「私もだ。お前とまた、こうやって穏やかな時を過ごせるとは思っていなかった」 カップの波紋を見つめたままそう呟いたスネイプに、マリーは穏やかに私もだよと同意した。 「だから、私は今とても幸せなんだ……」 ここに来るまでに沢山色々なものをなくしてしまったけれど、マリーは声にせずそう呟いて瞼を伏せた。 マリーの穏やかな凪いだ声に、スネイプはあぁと頷きながら、自分も幸せなのだと心中で呟いた。 やはり自分は…と、二人は思い付いて、結局それを口にすることはなかった。 ・・・ 短いクリスマス休暇はあっという間に終わる。 マリーは魔法薬の授業で使った教材を、教室の隣にあるスネイプの研究室にようやく移し終え、ふぅと息を吐いた。 先に部屋に戻ってスネイプは何やら薬の調合を初めていて、スネイプの邪魔をしないように黙ってマリーは指定の場所にそれを戻し始めた。 そして、ふと呟かれたスネイプの言葉にマリーは動きを止めた。 「は?」 自分にしては、ひどく間抜けな声が出してしまったと思う。 「スネイプ教授、もう一度言ってくれるか……?」 「だから。次のクィディッチで、審判をする事にした」 こちらに背を向けたままぐつりぐつりと煮立つ鍋を掻き交ぜながらそう言ったスネイプに、マリーはその背後で思わず溜息を吐いた。 煮立つ鍋の音にその溜息は掻き消されたようで、スネイプの耳には届いていないようだった。 (また、そういう言動を……) 一番この事柄について深く踏み込み初めているハリー達が、どんな誤解を今回したか考えてマリーは溜息を吐いた。 「また、試合中にクィレルが仕掛けるとも限らないからな」 スネイプが最後の材料をいれると、鍋の中身が黄色から薄い青に変わった。 確かにスネイプの言い分は間違ってはいないが、マリーは困ったように眉根を下げて、スネイプの背中を見つめた。 「それはそうだけど。その時にクィレルが四階に向かったらどうする? 試合中は教授達が外にいるか、らどうしても四階に向けられる目は少なくなるよ」 「私が、なんの為にお前にこの話をしていると思ってる」 「──……見張ってろって事?」 僅かに眉をひそめたマリーに、スネイプは「当たり前だろう」とあっさり言ってのけた。 スネイプは出来上がった中身をガラス瓶に移すときっちりと蓋を閉めると、マリーの方をようやく振り返った。 「奴ごとき、お前なら楽勝だろう?」 「……私を買い被り過ぎだよ、セブルス……」 困り切った顔と声で呟いてマリーはスネイプを見上げた。 スネイプはその弱音を鼻であしらうと、押し付けて来た小さなガラス瓶にマリーは軽く目を見開いた。 「何?」 「強めの睡眠薬だ。量だけは守って使え」 マリーがそれを受け取ると、スネイプは使っていた道具を魔法で片付けた。 ガラス瓶の中で揺らめく青い薬を光りに翳した後、マリーはちょっとだけ罰が悪い顔で「ありがとう」と短く礼を言って懐にそれをしまった。 以前話していたことを、覚えてくれたことに嬉しさを感じたとしても、これはこれ。それはそれだ。 最後の教材をしまい終えると、マリーはその棚の鍵をしっかりと閉めた。 炎をちらつかせる暖炉の薪がぽきりと音をたてた。マリーはそれをぼんやりと見つめながら、呟いた。 「奪われるのを恐れるくらいなら、壊してしまえばいいとは思わないか?」 スネイプは一瞬動きを止めた後、怪訝そうな顔をマリーに向けた。 マリーは相変わらず暖炉の炎を見つめたまま、白い頬をそのちらつく火に照らされていた。 「アレは、現存する唯一の石だぞ」 「しかし、とても危険な石だ。アレは人の欲望を膨らませいびつに歪ませてしまう。 ダンブルドア先生も、フラメル氏もそれをよく理解しているはずだよ。何せ、製作者自身なのだから」 「………」 マリーは炎から、スネイプへと視線を移した。 「歪んでしまった人の欲望というモノは酷く醜いものだよ、セブルス」 細められた瞳にちらついた、濁った感情にスネイプは口を噤んだ。 しかし、その混濁した感情もすぐに沈み、またぼんやりとした瞳でスネイプから暖炉の火へと視線を戻した。 暖炉に入った薪全てに火がまわり、暖炉の火が弱まってきた。 マリーは暖炉に歩み寄り目の前にしゃがみ込むと、火かき棒で暖炉の中の灰をよけてから、新しい薪をいれた。 新しい微かに湿り気がある木、小さくパチパチと音をたてて燃え始めていた。 「お前は、何故そこまで徹底的に感情を押し殺すようになった」 暖炉に向かうマリーの背中に投げかけられた問いかけにに、マリーは口元を歪めた。 「君と、そう変わりのない理由だと思う」 揺らめく炎に照らされたマリーの口元が、自嘲的に歪められていたのを、スネイプは見た。 ・・・ 「何処へ行くんじゃマリー?」 「──…ダンブルドア先生」 昼過ぎ、クィディッチの試合会場に向かう人波に逆らい廊下を歩いていたマリーを呼び止めたのは、ダンブルドアだった。 「マリーは、クィディッチを観にいかんのかね?」 「えぇ……」 不思議そうに尋ねてくるダンブルドアに、マリーは訳を話すわけにもいかず言い淀んで視線を落とした。 「ふふふ、なぁに心配はいらんよマリー」 聞き分けのない子を宥める様に優しく言って、ダンブルドアはマリーの手を引いた。 驚いた様に見開いたマリーの隻眼を覗き込む青い瞳はきらきらと輝いている 「先生……」 「さぁ、行こうかね」 ダンブルドアはにっこりと笑い、マリーは笑いそこねた顔で頷いた。 「無理はしてはいけないよ、マリー」 廊下を歩きながら、手を引いて先を歩くダンブルドアの背中を見つめながら、マリーはわかっていますと呟いた。 「君の体の事を、セブルスにはいつ伝えるつもりじゃ」 問われたことに、マリーは痛ましげに目を伏せた。 「………わかりません。 出来れば、彼には知らないままでいてほしいのが本音です」 そう言ってマリーは自嘲気味に口元を歪めた。 ダンブルドアは重々しい口調で言葉を紡いだ。 「薬で抑えてはいるが……また、時間が伸びて来ておる」 「先生には感謝しています。 先生があの薬を見つけてくれなければ、私はもうとっくに奴の手に堕ちていたでしょうから」 「……マリー、悲しい事に君の時間はもう限りが近い。後悔だけは、遺さないことじゃ」 ダンブルドアの言葉に、マリーは静かにえぇと答えた。 「先生」 試合会場に向かう廊下にはもう、マリーとダンブルドアしかいない。 「私はあとどれくらい、無理がききますか?」 振り返ったダンブルドアは悲痛そうな顔でマリーを見た。 「長くて、2年じゃな……」 それに動揺もする事なくマリーは、瞼を閉じ口元を歪め、眼帯を握りしめた。 「2年──…たった2年で、私は何が遺せるでしょうか」 「マリー、まだ諦めるのは早い。 方法は一つだけと言うわけではないと、前に言ったじゃろ?」 「えぇ……」 ダンブルドアは宥めるようにマリーの肩に手をおいた。 「生きる事を考えるんじゃ、いいね?」 しばしの沈黙の後、マリーは小さく頷いた。 「おや!試合が始まってしまう、急ごう」 「はい……」 また、いつものように明るく優しい笑顔を見せたダンブルドアに、マリーも頬を緩め彼の後ろを歩き出した。 二人が去った廊下で、ふらりと柱の影から姿を表したスネイプは、呆然とした面持ちで廊下に立ち尽くした。 一番最悪な形で真実を聞いてしまっていた、スネイプはただ愕然と廊下に立ち尽くしていた。 「2年……だと……」 待ち望んでいた再会は、すぐそばに別れが付き纏っていた。