「忘れ物はないか?」 出発の日。玄関ドアを前に、まるで保護者のような口ぶりで言うスネイプを、トランクを持ったマリーは呆れ顔で見上げた。 「見送りのキスがない」 そう冗談めかして言ったら、躊躇いなく唇にされたので逆に照れ臭くなってしまうとスネイプは低く笑って「初な反応だな」と愉快そうに囁いて、最後に頬にしてから屈めていた腰をあげた。 「本当に一人で大丈夫か?」 「見た目子供だけど、中身は君と同年代なんだから。一人で駅ぐらい行けるよ」 昨夜から続くこの質問にマリーは苦笑まじりに返すしかない。 変な噂を最初からたてられない為にも、マリーはスネイプとダンブルドアの見送りを断り、一人で駅に向かおうと決めていた。のにも関わらず、婚約者兼保護者は未だにそれが不満らしい。 マリーは玄関の扉に手をかけながら、もう一度スネイプを振り返り見上げた。 「じゃあ、行ってきます」 「あぁ」 見送りを受けてマリーはスネイプの家を出た。 何十年ぶりの二度目の入学に向けて、マリーは僅かに自嘲的な笑みを浮かべると、ゆっくりと歩き始めた。 ……… 久しぶりにみる、紅色の蒸気機関車と乗客でごった返すプラットホームを見渡して、マリーはなんとも言えない面持ちで立ち止まった。 さてさて、と呟きながら目的の人物を探すもこれでは見つかりそうもない。学校に着いてから会うしかないか、と諦めを見せたマリーに後ろから声がかかった。 「「お嬢さん、早くしないと席が埋まってしまうよ」」 見事に重なった声に振り返れば、赤毛の双子がすぐ後ろに立っていてマリーは小さく息を飲んだ。 「見ない顔だ」と右側の青年が言う。 「新入生だね」と左側の青年が言う。2人ともまったく同じ顔である。 至近距離で同じ顔を近づかせ話す双子に、マリーは「はい」と曖昧なニュアンスで答えて僅かに頬を引き攣らせた。 そんなマリーに気にした様子もなく、双子は同じ顔でにこりと笑った。 「うちの妹も今年入学なんだ」 「仲良くしてくれると嬉しい」 「ジニー・ウィーズリー……?」 そう尋ねれば、双子は驚いた顔をしてさらに興味深そうにマリーの事を見た。 「どうして、うちの妹の名前を知ってるんだ?」 「そもそも僕たち名乗ってない」 マリーは頬を指先で掻きながら「あー」と言葉を選ぶように唸った。 「“叔母”に……貴方達の事を聞いてたから」 「「叔母?」」 「ガブリエル・カウンシルの遠い親戚なんです、私」 繰り返し染み込ませた《嘘》を口にしてマリーは苦く笑った。 「「マリーさんの!」」 「へぇ!そうなんだ!なら僕らの噂も聞いてるかな?」 「“叔母”がしてくれる、面白い悪戯をする双子の話は好きでした」 少し冗談めかして言えば双子は嬉しそうに笑った。 「君とは仲良く出来そうだ」 「名前を伺っても?」 「マリー・カウンシル、“叔母”の名前をもらって」 まぎらわしいから入れ違いでよかった、と笑えば「確かに」と双子は声をあげて笑った。 双子に両脇を挟まれ汽車に乗ると、ちょうど二人に駆け寄ってくる赤毛の少女がいた。 「噂をすれば、だ」 「マリー、妹のジニーだよ」 少女は兄の間にいるマリーにちらちらと視線をやった後、微かに乱れた息で「いない」とジニーは叫んだ。 「「誰が?」」 「ロンとハリー!二人ともいないの、乗りそこねたのかな?」 「まさか!」 「どこかに隠れてるのさ」 「「ハリーは有名人だからね」」 泣きそうな妹を慰めるように、明るく言って双子はそれぞれ妹の肩を叩いた。 「それよりジニー、紹介したい子がいるんだ」 「彼女……?」 「「違うよ、カウンシル家の御令嬢!」」 「遠筋の分家だけど……マリーです、よろしくねジニー」 「よ、よろしく」 頬を赤くして差し出された手を握るジニーに、マリーは緑の瞳を細めて笑った。 「じゃあ、ジニー、マリー。 俺達は、ハリーとロンを捜してみるよ」 そう言って颯爽と去って言った双子の背中を見送りながら、マリーは「ねぇ」と尋ねた。 「何?」 「最後に話したのは、フレッド?ジョージ?」 「多分、フレッドよ。妹でもはっきり区別がついてないの」 悪戯っぽく笑ったジニーは確かにウィーズリー夫妻の面影があって、その懐かしさにマリーは目を伏せて笑った。 空いているコンパートメントに二人で入ると、ジニーとマリーは色んな話しをした。 と言っても、ジニーが話す事をマリーが聞いているといった感じである。しかし、ジニーが自宅にハリーを兄達が連れてきたという話しで、穏やかに相槌をうっていたマリーは眉を顰めた。 「何度も手紙を送っても返事がないから兄達は迎えに行くって、パパの車を盗んで行ったのよ。 そしたら、ハリーは伯母家族に監禁されてたんだって!」 「監禁…何故?」 「学校外で魔法を使ってしまって、警告を受けたらしいわ。 彼は伯母家族にそれを秘密にしていたのよ。それはそうよね、そんな伯母たちなら私でも秘密にしたいわ」 肩を竦めてやれやれと言ったように語るジニーに、マリーは「なるほど」と呟いてこめかみを押さえた。 学校が始まる随分前に、学校から届いた手紙に目を通し酷く不気味に笑っているスネイプを思い出したからだ。 何度尋ねても理由を教えてはくれなかった理由をようやく理解した。おそらくハリーが魔法省から公式警告状を受け取ったという報告が内容だったのだろう。 (私が何かやりだすと思って黙ってたな、あの男……) 難しい顔をして黙り込んでしまったマリーにジニーが心配そうな顔をしていたので、「なんでもないよ」と笑ってごまかした。 「あのハリー・ポッターがそんな事をするなんて、って少しショックで」 「違うの!彼は使ってないの!」 「それはどういうこと……?」 ジニーはコンパートメントの外をちらりと伺った後、マリーに顔を寄せ声を潜めて話し始めた。 「詳しく聞いたわけじゃないんだけど……彼のところに屋敷しもべが来て警告として魔法を使ったんだって」 「屋敷しもべ」と繰り返して、思わず脳裏に浮かんだのはドビーと名乗ったあの屋敷しもべだ。 「えーっと…名前はドー…なんとか」 「ドビー…」 「そう! あれ?マリー知ってるの?」 「うち──“叔母”の所にも来たからね」 マリーは渋い顔で足元を睨んだ。 動き出した歯車は少しずつスピードをあげ回り始めている。 (また……何かが、起こるな) ジニーは通路で動き始めた人達を見て「そろそろ着替えよう」と言って席から立ち上がった。 マリーはそれに頷いてトランクを開きながら、幾分濁らせた瞳で右目を押さえた。 微かに、疼いた気がした。