人気がなく静かなホグワーツの庭をハリーとロンは走っていた。 「もう新学期の歓迎会は始まってると思うな」 ロンはそう言いながら、扉の前の階段下で投げ捨てるようにトランクを下ろす。確かに、ハリーがこっそり覗いた明るい窓から見た大広間は人でいっぱいだった。 「あ、ハリー、来て。見てごらんよ、組分け帽子だ!」 ロンに言われてハリーは荷物を置いて、ロンの隣から窓を覗き込んだ。 四つの長テーブルに座るホグワーツ生が被る黒いとんがり帽子が立ち並ぶ。その隙間から、おずおずと並ぶ一年生の長い列が見えた。 兄弟揃っての鮮やかな赤毛は目立つので、その一団の中でジニーを見つけることは容易い。ハリーは、ジニーの隣に立っている少女の横顔に目を奪われた。 少し青みがかかった黒髪と、色白のシャープな顔立ちはどこかで見覚えがあった。 (あれ……?) 名前を呼ばれたらしい少女はゆっくりと前に出て、少し俯いた頭に帽子が乗せられた。 しばらくの沈黙の後、帽子が動き、グリフィンドールの席が盛り上がった。 帽子を外された少女が、ゆっくりと視線をハリー達の方に向け、緑色の目を細めて薄く笑った。 「マリーさん…?!」 「はぁ? 何言ってるんだよ、ハリー」 ロンの呆れた声など耳に入れず硬直するハリーはただ、グリフィンドールに向かうその後ろ姿を追っていた。 幼い姿ながらも、それは確かにガブリエル・マリー・カウンシルの姿だった。 ……… (さて──セブルスもいない、外には少年が2人。今回は一体何が起こってるのかな?) 幾分口の端を歪めてから、それを隠すように手で覆ってマリーはグリフィンドールの席へと向かう。 先程、組み分け帽を頭に乗せる際にマクゴナガル先生から「表情には気をつけなさい」とお叱りをいただいていた。 あまりにも子供らしからぬ顔をしていたらしいが、(無茶な)と心中でこぼしてとマリーはため息を吐いた。それは“昔から”なのだからどうにも出来ないことだ。 「「おめでとう、マリー!」」 「マリー! 一緒の寮よ、良かった」 ウィーズリー兄妹から盛大な歓迎を受け、マリーはゆるりと笑った。 (恐らく、奴には盛大に嫌な顔をされるだろうけどなぁ) この場にスネイプがいない事を今だけ感謝しながら、マリーは豪華な食事が並ぶ席へと招かれた。 もう一度振り返った教員席で、ダンブルドア校長が柔和な笑みを浮かべ優しい眼差しを向けていた。 (大丈夫ですよ) そう呟いた声を通じていたかもしれない。 ダンブルドア校長はさらに笑みを深めゴブレットをかかげた。 中身を飲み干したゴブレットをテーブルに置いて、小さく息を吐く。 「……予想通りと言うか」 なんというか、と皆まで言わずマリーは唇を引き結ぶ。 「何か言った、マリー?」 首を傾げたジニーに、なんでもないよ、と言いながら微かに痛んだこめかみを押さえた。 “力”のせいか、マリーは人よりもかなり耳が良い。徐々に近づいて聞こえてくる荒々しい足音は、馴染みのある人物の不機嫌な時の足音だ。 大広間の扉を勢いよく開け放ち登場した、和やかな場の雰囲気にあまりに不釣り合いの不機嫌そうななスネイプが入って来ると、生徒たちの笑い声が一瞬にして止まった。 それを煩わしそうに見渡したスネイプは、その目にマリーを写し。マリーがグリフィンドールの席にいるとわかると、さらに眉間の皺を深くした。概ね、予想通りの反応である。 「なぁ……スネイプのやつ、マリーの事睨んでないか?」 「婚約者、の親戚筋がグリフィンドールになったのが、嫌なんだろう」 まだ少し言うに照れる“婚約者”という単語を、何でもないような口ぶりを意識して。 尤もらしい──というか実際に所属する寮に関しては、事前に揉めていたので嘘ではない──理由を言ってやればとフレッドとジョージは「なるほど」と揃って頷いてくれた。 その間にスネイプは、ダンブルドア校長とマクゴナガル教授に何事かを囁き、立ち上がった2人とともに大広間を足早に出て行ってしまう。 しかし、3人の背中が扉の向こうに消えるのを見送った後で、ひょこりとダンブルドアがもう一度顔を出して小さな手招きをしてくる。 マリーはそれに小さく頷いて返してから、肩を落とす。困ったなぁ。 「なんだったんだろうな?」 「不機嫌そうな顔してたよな、スネイプの奴」 (とはいえ、なんか個人的には“いい事”があったようだから……ハリーのことだな) 不機嫌の中に、微かなご機嫌さを感じ取れたのは付き合いの長さゆえか。 「カウンシル助手も、よくあんな陰険な男と婚約なんてする気になったよな。 なんか薬でも飲まされたんじゃないのか? 惚れ薬とか、奴なら作れる」 「マリーはどう思う? あの婚約者殿がカウンシル助手に、なんか怪しい魔法でもかけてるとは思わないか?」 「「じゃなきゃ、あんな陰険教授にカウンシル助手が惚れるわけない!」」 「ちょっと…兄さん達言い過ぎよ!」 双子の息ピッタリな尋問まがいの質問攻撃に、マリーは微かに頬を引き攣らせながら「えー…あー…」と言葉を濁した。 (結局、悪く言われてるんだから意味なかったなぁ……) どう転んでも悪い噂はたつらしい事に、少しは生活態度を改めるように“婚約者殿”に言うべきかと考えた。改善など言ったところでする気もないだろうが。 「叔母に、薬も魔法も効くとは思えないし………あのいちゃつきっぷりを見れば、2人の仲も疑いようがないと思うけど」 「「うそだ!」」 揃った否定の声に説得も無駄かと諦め、話を切り上げるようにマリーは席を立った。 「……私、ちょっと──…」 「? あぁ、いってらっしゃい、場所わかる?」 「ん、大丈夫」 濁した言葉の先を、トイレと勘違いしたのか、ジニーはにっこり笑って手を振った。 その誤解をありがたく受け入れたマリーは、行き先がスネイプの研究室だとは誰も思うまいなぁ、と考えつつ大広間を出た。 (さてさて……婚約者殿のご機嫌を伺いに行きますか) ……… 新学期歓迎会が開かれているため、学校中の人間がほとんど大広間に集まり静かな地下はより痛いほどの静けさを湛えていた。 手を伸ばした扉のノブは前とは掴む位置も少し高く、重く感じられる。それをなんとか開けると、その先にあったうすら寒い研究室の空気の重さに、嗚呼と少し天を仰いでから部屋の中の人々を見渡した。 「セブルスが、クリスマスでもおあずけになったような顔をしている、ということは。 彼等の処罰はそれほど重くないようですね、校長」 「そうなるのぉ、マリー」 マリーの軽口に、穏やか笑って返したダンブルドアとは逆に、驚いたような顔をする子供2人と1人に視線を向ける。 「な、お前っ! 一体何を考えて……!」 ポカンと口を開けてこちらを凝視している生徒2人の前である事に気を使ってか、名前をなんとか飲み込んでくれたらしいスネイプに首を横に振って意を示す。それはすでにダンブルドアが名前を出した時点で無駄な抵抗だ。 「問題ないよ、バレても」 「あるだろう!!」 「いやいや。落ち着いてくれ、セブルス。 前にも言ったはずだよ……私は在学中にフォローをしてくれる“協力者”を決めている、と」 「! それを、こいつらにすると言うのか?!」 「私の呪いを知っている、かつ先輩ではあるが同寮である彼等なら適任だ。ダンブルドア校長も、許可を下さってる」 苦々しく顔を歪めたスネイプの背を、マリーは手を伸ばしてなだめるように軽く叩いてやる。肺の中の空気を全部吐き出すかのように、スネイプは深い溜め息を吐き出して、顔を手のひらで覆った。 「だから、寮はなんとかスリザリンにしろと……」 「やだよ。スリザリンの生徒とは、仲良くなれた試しがこれまで一例しかない。 居心地の悪い学生生活は精神衛生上悪すぎて、呪いになんの影響がでるか……」 悲痛そうに見えるように顔を顰め、吐き出す言葉にもその気持ちを乗せて切実な言い訳を並べる。 「もういい……その長ったらしい言い訳は、休み中で聞き飽きた」 心底嫌そうに言われたので、マリーは「そう」と呆気なく感情の篭った語り口調を辞めた。 「えーと……あの、貴女は……もしかして……」 怖ず怖ずと話かけてきたハリーに、マリーは口の端を僅かに歪めて見せる。 「ご覧の通り新入生だが、はじめましてじゃない。久しぶりだ、ハリー、ロン」 「「マリーさん…?!」」 目を見開いて驚く2人に、苦笑まじりに説明をいれたのはダンブルドアだった。 「ハリーは去年の一件で知っているとは思うが……マリーは呪いを受けている。 その呪いの進行をある程度抑える為に体内の時間を戻した、今君達の目の前にいるのは11歳のマリーと言う事じゃ」 「中身は、そのままだけど」 あまりの驚きに、本当にダンブルドアの言葉が頭の中に入っているか怪しいところではあるが、マリーは二人の前に進み出ると手を差し出した。 「まわりには私はガブリエル・マリー・カウンシルの遠縁の親戚、マリーということになってる。 この秘密を守るために君達の協力が必要なんだ……頼めるだろうか?」 「も、もちろん!」 「ぼ…僕も……!」 差し出された手を握り返してくれた二人に、マリーは柔らかく笑った。 「相変わらず不機嫌なのはわかりましたから、睨むのはやめてくれないかな?」 振り返って恐ろしげな顔をしている大人を見上げる。 「………」 「あんまり怖い顔をしていると新入生が泣くぞ、婚約者殿」 「!」 血色の悪い頬にさっと朱がさす。 勢いよくそっぽをむいたスネイプに、ハリーとロンは随分と尻に引かれてるなぁと目配せをした。 「さて、歓迎会に戻るとするかの。さぁ行こうか、セブルス、マリー。 うまそうなカスタード・タルトがあるんじゃ。 わしゃ、あれを一口食べてみたい」 「なかなかのオススメですね、セブルスも余り甘くないから食べるといい」 「…………」 渋々、自分の部屋から連れ去られるように出ていくスネイプを見送りながら、ふと振り返ったマリーが「そうだ」と呟いた。 「ハーマイオニーにも、協力を頼みたいんだがOKして貰えるだろうか?」 「きっと大丈夫ですよ、ハーマイオニーも僕らもマリーさんの味方です!」 「そう、よかった」 目を細めて笑ったマリーに見とれた二人は、ふと隣に立つマクゴナガルを思い出して姿勢を正した。 マリーはひらりと手を振るとスネイプたちを追って部屋を出ていった。 「マリー」とスネイプが重々しい声色で口火を切った。 「ん?」 「本当にあいつらでいいのか」 「リリーとジェームズの息子だぞ、信用ないのか?」 呆れた様に呟いたマリーは首を横に振った。 先を歩くダンブルドアはちらりとこちらを振り向いたが、何も言わずにまた歩き出した。 その後ろを二人並んで歩きながら、少し声を潜めて話す。 「それに。ハリーには、今度もまた何か闇が忍び寄っている。 対処するには、側にいるほうがずっといい」 「お前……今は子供だ、無理はきかんのだぞ!」 「能力まで戻っているつもりはない」 そう呟きながら、マリーはスネイプの手を握った。 「心配しないで、無理はしない」 「……その言葉が1番信用ならんのだがな」 はぁと深い溜め息を吐いたスネイプに、軽く苦笑を漏らす。 「婚約者殿が胃を痛めない程度には」 「期待しよう……」 そう言って軽く撫ぜられた頭に、猫のようにゆるりと目を細めた。