「ねぇ、マリーの一番楽しみな授業って何?」 「魔法薬」 グリフィンドールのカラーである赤と金色のネクタイをしめながら答えたマリーに、問い掛けて来たジニーは目を真ん丸に見開いて「変わってるわね」と驚いたように言った。 自覚はあるよと、軽い口ぶりで返す。 マリーはかばんの中の教科書を確認してから背負うと、ジニーと寮を出た。 教室へと向かう道すがらジニーは、マリーが行かなかった大広間での朝食の話をしてくれた。 兄のロンに『吼えメール』が届き、響き渡った母の怒鳴り声にどんなに恥ずかしかったのかを、頬を赤くしながら熱く語っていた。 マリーはそれ当たり障りなく返しながら、ジニーが扉に見えるが実は壁などの、騙しに向かわないようにナビをしながら歩く。 そのおかげか、他の一年生より二人はいつも早く教室に着いた。 薬草学も魔法史も、全てがやりとうしたマリーにとって新鮮なものではなかった。 とはいえ、久しぶりに杖を使う変身術などの授業では、新入生とかわらないミスをしてしまい、ショックを受けたが表情には相変わらず出なかった。 「凄いわ、マリー! もう学校の中をわかっているのね」 「叔母にね、地図を見せられた事があったから」 新入生なのに一度も迷わず歩き回れると言うことに、凄い凄いと連呼するジニーに、マリーは慣れて来た嘘の文句を言いながら苦笑を浮かべながら、昼食を終えた二人は中庭に出た。 「午後のクラスは、ついに魔法薬よ」 時間割に目を落としながら、「よかったわね」と笑うジニーに、そうだねと呟く。 「叱られないようにしなきゃなぁ。 叔母に告げ口されるのはやだし」 「逆に叔母様に告げ口したら? 教授がこんな事をして生徒を虐めてます、って」 「いつもの事だろ?って返すよ、きっとね」 伊達に一年彼の授業風景を助手として見て来たわけじゃない。 二人でクスクスと笑いながら進んでいると、先に中庭の騒ぎに気付いたジニーが何かしらと眉をひそめた。 マリーは少し首を伸ばして見ると、騒いでいるのはハリーとマルフォイである事に気付いて嗚呼と呻いた。 「君のお兄さんもいるね」 「また…!」 問題を起こすつもりなのかと、目を吊り上げたジニーを宥めながら騒ぎの中心に足を踏み入れた。 「ハリー、どうしたの?」 「マリーさ、あ痛っ!」 振り返ったハリーとロンが思わずさん、と敬称をつけて呼ぼうとするとハーマイオニーが慌てて彼等の足を踏み付けて黙らせた。 にっこり笑ったハーマイオニーに、二人がきちんと話を通してくれていたことを理解する。 「こんにちは、マリー」 「こんにちは、ハーマイオニー。 この人だかりはなんなの?」 「兄さん、またなの!」 「僕は何もしてないさ!」 ジニーもロンに掴みかからん勢いで前に立った。 マルフォイは、ハリーと自分の間に立ったマリーをじっと見下ろしてにやりと笑った。 「同じ名前だからと、叔母と同じ役職気取りのようだな。 新入生の癖に、先輩の間に割ってはいるか」 「役職気取りとは侵害ですね、マルフォイ先輩。 私はただ、“馬鹿”に騒ぎ立てる阿呆どもに巻き込まれて、先輩方が困っていないか心配だっただけですよ」 全く抑揚のない声で言い切ると、真っ直ぐに睨むように言われたマルフォイや他のスリザリン生徒達も怒るでもなくタンカを切った新入生を驚いたように見つめていた。 その姿は、不機嫌な時のマリー助手に似て怖かったからだとは、新入生のジニーとコリンにはわからなかった。 「一体何事かな? 一体どうしたのかな?」 ギルデロイ・ロックハートが大股で、トルコ石色のローブをひらりと靡かせながら大股でこちらに歩いてきた。 「ハリー! おや…君は……」 ハリーはロックハートの陽気な大声に顔を顰たが、ロックハートの視線はすぐにその隣のマリーの姿に移った。 マリーはそれにさして気を止めた風もなく視線を反らし歩き去ろうとしたが、ぱしりと掴まれた手にマリーは怪訝そうな顔をした。 「……何か?」 「可愛いレディ、名前を伺っても?」 ニッコリと微笑んだロックハートにまわりの女子生徒がきゃーと悲鳴をあげたが、マリーは誰かさんのように眉間に深いシワを寄せた。 「カウンシルです、教授……」 「おぉ、あのガブリエル・マリー・カウンシルの親戚の方でしたか! あの方にはまだお会いした事はありませんが、一度お会いしてお話をしてみたいものですよ!」 ウインクをしてそう熱く語るロックハートにマリーは頬をひくつかせながら、それは一生ないことを願った。 いや、それは一生ないと、近づいて来たどす黒い気配を感じながら確信した。 「残念ながら、ギルデロイ。 彼女は君の本はあまり好きではないようだ、君のように──何かに付けて飾りつけたがるタイプは」 がっしりと後ろから両肩を掴まれたと同時に、頭上から不機嫌そうなバリトンの声が響く。 マリーは掴まれていないほうの手で額を押さえた。 「スネイプ先生、“彼女”とは……随分と馴れ馴れしい言い方をしますね」 「馴れ馴れしい、ふん。 彼女は我輩の婚約者なのでね、彼女が嫌がる事は婚約者としてなんとかせねばなるまい」 笑っているが恐らく本質では全く笑っていないであろう背後のスネイプと、目の前で驚愕に立ちすくむロックハートを見ながらマリーは嗚呼と何とも言えない感嘆を漏らした。 知らないとは言え、本人を挟んでの会話ははっきりいって物凄く恥ずかしい。 「それから、彼女に自分が可愛がっている親戚の娘に悪い虫がついたとなれば、我輩の監督責任も問われかねないので。 ミス・カウンシルには、手を出さないで欲しいですな」 「手を出すだなんて……はははっ! 私は彼女と生徒として仲良くなりたいだけですよ」 どんな修羅場だと、思わずマリーは顔をしかめる。 掴まれている肩と回りの視線が痛々しいからやめてくれと、きっぱり言うべきかと思っているうちに、ちょうど午後の授業の始まりを告げるベルが鳴った。 いい加減にしろと言わんばかりに手を振り払い、肩に置いてあった手も退く様に軽く叩いて促す。 「……授業だ、さっさと行きたまえ。 遅刻したくなければな」 そう低く唸ったスネイプに生徒が蜘蛛の子蹴散らすように逃げて、否教室に急いで向かいだした。 またと、軽く手を振ってハリーの肩にさっと腕を回したロックハートに、ずるずると引きずられていくハリーに「ご愁傷様」と呟いてから背後に立つ男を見上げる。 その瞳は不機嫌そうな猫のように細められていた。 「“叔母”に告げ口してやる……」 「?!」 吐き捨てるような呟きに驚いて目を見開いたスネイプは、さっさとジニーを連れて教室に向かってしまったマリーの言いたいことがわからず。 結局、その日の授業はどこか心非ずでやってしまい、放課後可愛い婚約者に昼の事と合わせて叱られる事になるのだった。 ・・・ 黒猫がとっとっと軽い足取りで廊下を歩いていた。 闇に紛れるような黒い毛並みは月明かりに照らされて、少し青みがかって見える。 ニャーンと後から呼び止められる声で黒猫が振り返ると、フィルチの猫ミセス・ノリスがいた。 同じく軽い足取りで歩み寄って来たノリスはゴロゴロとのどを鳴らしながら、黒猫に擦り寄った。 「ノリス……? おや、あんたか」 ノリスが来た方向、明かりのついたトロフィー・ルームからフィルチが顔を出し、ノリスと共にいる黒猫に目を止めて目を細めた。 黒猫は挨拶するように一声鳴いた。 「おいで、ミセス・ノリス………“逢い引き”の邪魔はするものじゃない」 ニャーンと最後に一声鳴いて主の元へ帰るミセス・ノリスとフィルチを、黒猫は碧の瞳を細めて笑っているように見えた。 背を向けた向こう側で苦笑まじりに「すいません」と彼女の声が聞こえて振り返ったが、もう廊下には黒猫の姿はなかった。 「ふん、姿が変わっても馬鹿丁寧にかわりはないか……」 戻った部屋で不思議そうな顔をして手を止めていた赤毛の坊主にさっさとするように促して、足元で少しふて腐れているミセス・ノリスの頭を撫ぜてやった。 キィと小さな音をたてて開いた扉に、スネイプはレポート用紙から顔をあげた。 後ろ手で扉を閉めながら、マリーが部屋に入って来た。 「やっぱり、忙しいみたいだね」 「優秀な助手がいないもので」 嫌味じみた軽口に小さく笑みをこぼす。 「紅茶いれるよ、後手伝う」 「すまない」 慣れた手つきで紅茶の用意をするマリーを視界の隅にいれながら、手にとったレポートだけでも終わらせてしまおうとスネイプは書面に目を落とす。 カチャリと白磁のカップが音をたて。 薬品臭い部屋に紅茶のよい香りが立ち込め始めたところで、スネイプはレポートに採点をつけ、採点済みね山へとそれを重ねた。 羽ペンを投げだし、ソファに座るマリーの隣にどさりと沈み込むように座った。 「お疲れ様」 差し出されたティーカップを受け取りながら、スネイプは「あぁ」と溜め息を吐き出すように呟いた。 「そっちはどうだ?」 「うん…まぁ、全てが二度目だからね。 出来て当たり前の事を、普通以下くらいにしとかないと褒められてしまう」 苦く笑ってそう言うマリーに、前と変わりないじゃないかと思う。 カウンシル家次期当主と彼女が決まったのは入学する前だったらしく。 英才教育で叩き込まれた全ては並の生徒より確実に上回っていたが、それをマリーは押し隠す癖があった。 どこかで、姉を立てる気持ちが働くかのように。 「特に辛いのは……あの防衛術の授業かな」 苦虫を噛み潰したような表情を見せたマリーに、だろうなという同意も込めつつ小さな頭を撫ぜてやる。 「何かされたか?」 細く柔らかい毛並みを楽しむように髪に指を絡めながらそう問う。 「いや、怖い保護者に怯えて何もされやしないよ。 実に、実が無いあの授業が苦痛なだけさ」 隣に座るスネイプに体を倒し寄り掛かりながら、そう呟くマリーの肩に腕を回し引き寄せた。 「……傷が疼く」 スネイプの胸元で、マリーが小さく溢した。 「消えてもなお、か?」 指先を這わせた彼女のまぶたの上に、あの稲妻型の傷はない。 まだ傷つく前の体でありながら、疼くと呻くマリーにスネイプは眉間にシワをよせた。 「傷が…時々浮き上がるんだ。 確実に危険が迫ってる──だが、あの阿呆がその原因だとは考えられない」 右目の掌で覆いながらそう呟くマリーの、その掌に自分の掌を重ねながら、大丈夫だとスネイプが囁く。 「どんな事があろうと、お前を守る──この指輪に誓ってな」 マリーの薬指に輝く銀の指輪に口づけながら言ったスネイプに、マリーは穏やかに微笑んだ。 「出来れば、私自身に誓ってくれないかな、婚約者殿?」 「お前が望むなら………」 スネイプを見上げ瞼をそっと伏せたマリーに、スネイプは黒いローブで彼女を包み込むように覆いかぶさった。