日曜の朝。 マリーが目を覚ますと、隣に寝ていたスネイプの姿はもうなかった。 まだ重たい瞼を擦りながら、ベッドから体を起こす。 微かに軋んだ背中を撫ぜながらベットから立ち上がり、寝巻の上にガウンを羽織ると、寝室とスネイプの私室を繋げる扉を開けた。 「──おはよう、よく眠れたか?」 「ん、おはよう。……何か、あったのか?」 すでにしかり着替えを済ませ、デスクの前で手紙を手に立っているスネイプにマリーは欠伸の後、微かに目を細めた。 「……朝食は食べるか?」 「いや、いらない。 それで、何があったんだセブルス?」 スネイプは無言で読んでいた手紙をマリーに差し出した。 マリーは扉の前からスネイプの傍に歩み寄り、その手紙を受け取った。 内容は手紙というよりも、簡潔な報告が書かれたもので、恐らく梟が先程届けられたばかりなのだろう。 文面は昨晩、コリン・クルービーがミセス・ノリスと同じように石になったと言うものだった。 「──コリンが」 「知り合いか?」 微かに目を見開いたマリーに、スネイプは意外そうに言う。 「同寮の生徒だ、知らないわけはないだろ………そうか、コリンも」 「これで、確実になったな──“秘密の部屋”は再び開かれた」 そう重々しく呟かれたスネイプの言葉に、マリーは「あぁ」と小さく答えた。 机に寄り掛かり立つスネイプの隣に立ち同じように寄り掛かりながら、マリーは手紙を折りたたむとスネイプに返した。 「覚えているか、前に誰が秘密の部屋を開いたかを」 「あぁ……もちろん」 幼い表情に似合わない歪んだ感情が、碧瞳に滲み出していた。 「また、ハグリッドだと思うか」 「昨日、言っただろ? “問題点が変わってきた”って、問題は誰がじゃないんだ、どうやって……だ」 碧瞳に濁った感情が渦巻き、それをスネイプに隠すようにマリーは目を細めた。 それに、スネイプは意味がわからないと眉間にシワを寄せた。 「……あぁ、嫌になるな」 マリーはソファーの方に歩きながら、額を押さえて首を横に振った。 「そもそも。あれは、ハグリッドじゃない」 「何だと?」 「これは、ダンブルドア先生も知ってる。 公の真実とはならなかったけどね……」 苦笑まじり振り返ったマリーに、スネイプは顔を顰めたままでいる。 「それで?」と言ったマリーの言葉に着いていけず、「は?」と声を漏らした。 「教授達で集まりがあるんだろ、対策の話し合い。 行かなくていいのか?」 手紙に書いてあっただろと言えば、スネイプは目を見開いた後で、「あぁ」と頷きながらそれでもしっくりこない顔をしていた。 「私は、寮に戻る。 何か情報が入るようだったら、梟飛ばしてくれるか?」 「あぁ……マリー、寝癖は直していけよ」 そう言いながら毛先の跳ねた髪を撫ぜられ、マリーははにかむように口元を歪めた。 「君から貰った髪留め、この体じゃ出来ないのが惜しいね」 「また、買ってやろう」 「秘密の婚約者殿に、ね」 意味深に口元を歪めたマリーに、スネイプは首を傾げた。 「グリフィンドール寮でね。 私の指輪は、誰にも内緒で結婚の約束を交わしてた男性に貰ったんだって、そういう噂がたってるんだ」 「間違いはないな」 「だろ? だから否定はしてないんだけど」 愉快そうに喉を鳴らすマリーに、スネイプも口元を緩めた。 「悪い虫が付かなくて調度良い」 額に軽くキスをすると、スネイプは部屋の扉に向かった。 「いってらっしゃい──あ、材料棚の中身漁るね」 「あぁ、構わないが。何か作るなら、私が代わるが?」 「いや、新しい配合を試したいから。自分でやる」 そうかと、応えて部屋を出て行ったスネイプの背中を見送って、パタンと閉じた扉をしばらく見つめた。 「──嘘は言ってない、うん」 そう自分に言い聞かせて、マリーは着替える為に寝室に戻っていった。 ・・・ 「ハリー」 呼び掛けた背中がびくりと震えた。 「マリー、か……おはよう」 「おはよう。聞いたよ、大丈夫だった?」 ほっとしたように振り返ったハリーに、苦笑しながら昨日のロックハートの事を含ませて言えば、笑顔で腕を曲げて見せた。 「もう、大丈夫」 「昨晩辛かっただろ、スケレ・グロは相当辛いからな」 二人並んで歩きながらそう言うと、ハリーは飲んだことあるの?と驚いたよに目を見開いた。 「ま、ね。二度と飲まない為に気をつけようと、切に思ったよ」 「一体何したの?」 若気の至りというやつである。当時のメンツに、“父親”がいたことはまだ秘密にしておこう。 「ところで……アレ、持って来たんだけど」 声を潜めてそう言いながら、懐の軽く叩いたマリーに、ハリーは「ちょうどよかった」と応えた。 「今から二人のところ行くんだ」 そんなことを話しているうちに、目的地はもう目と鼻の先だった。 「女子用トイレ……?」 「うん」 ハリーはフィルチや監督生、誰もいないことを確認してからトイレのドアを開け、マリーを手招きした。 ドアをくぐり中に入ると薄暗いトイレの中の奥、ドアが閉まっている小部屋から二人の声が聞こる。 「僕だよ」 ハリーが入口のドアを後ろ手でしめながら声をかけると、小部屋の中からゴツン、パシャ、ハッと息を飲む声がしたかと思うと、ハーマイオニーの片目が鍵穴からこっちを覗いた。 「ハリー! マリーも! ああ、脅かさないでよ。入って──あー四人は無理ね」 「いいよ、一“匹”くらいなら大丈夫だろ?」 「え?」 マリーの手がハリーに袋を押し付けたかと思うと、急に肩に軽い重さがかかり慌ててバランスをとった。 「なるほどな、猫なら大丈夫だよな」 ハーマイオニーの後ろから顔を出したロンが、ハリーの肩に乗った黒猫を見て納得したように言った。 「腕はどう、ハリー?」 「うん、大丈夫」 ハリーは肩に乗ったマリーを落とさないように、狭い小部屋に入り込みながら答えた。 古い大鍋が便座の上にちょこんと置かれ、パチパチ音がするので鍋の下で火を焚いていることがわかった。 防水性の持ち運び出来る火を焚く呪文は、ハーマイオニーの十八番である。 「君に面会に行くべきだったんだけど、先にポリジュース薬に取り掛かろうって決めたんだ」 ハリーがなんとか小部屋の内鍵をかけ直したとき、ロンが説明した。 「ここが薬を隠すのに一番安全な場所だと思って」 「あ、マリー。これがそれなの? ハーマイオニー、頼まれてた材料だって」 「ありがとうマリー、大丈夫だった?」 ハリーから受け取った袋を大事そうに抱えながら、ハーマイオニーがハリーの肩から降りてロンの抱えられたマリーにそう訊ねると、返事をするように一声にゃあと鳴いた。 ハリーは医務室で耳にしたコリンの事を話し始めたが、ハーマイオニーがそれを遮った。 「もう知ってるわ。 マクゴナガル先生が今朝、フリットウィット先生に話してるの聞いちゃったの。 だから私達、すぐに始めなきゃって思ったのよ」 「マルフォイに吐かせるのが早ければ、早いほどいい」 ハーマイオニーの言葉に同意するように頷きながら、ロンが唸るようにそう言った。 「もう一つ、話があるんだ」 ハーマイオニーがニワヤナギの束をちぎっては、煎じ薬の中に投げ入れるのをマリーが耳を動かしながらじっと見ているのを横目にハリーが言った。 (やはり、ドビーはハリーのところに行ったのか……) ハリーの話を聞きながらマリーは目を細めた。 ドビーがハリーと接触をはかろうとするのはなんとなく予想が出来ていた。 そこからの面白い三人の予想を聞きながら、マリーは前足で顔を洗う。 余計な意見を彼等に挟む気はない、若い柔らかい発想は時折、知識を蓄えた賢人よりも素晴らしいものがあるからだ。 意見を交わし合う三人の表情は、大人の自分にはとても輝いて見える。 熱くなる討議の間に、ぐつぐつと音をたてて目の前鍋の中で怪しく煎じ薬が煮立っていた。 月曜にはコリン・クルービーの話は学校中に広まっていた。 一人で出歩けば襲われると怖がる一年生の中、マリーは相変わらずだった。 朝、ベットから起き上がるとマリーは寝癖のついた髪をかき混ぜながら、ふと隣のベットに視線をうつした。 「ジニー……大丈夫?」 ベットに座ってこちらに背を向けていたジニーの体が、大袈裟過ぎる程大きくはねた。 「あ…マリー……」 振り返ったジニーの表情は暗く、顔色も良くない。 マリーは、ジニーがコリンと仲が良かった事を思い出した。 自分のベットを降りてマリーはジニーにゆっくりと歩みよった。 「顔色、良くないね……朝食はしっかりと食べた?」 マリーがジニーの赤毛を優しく撫ぜながらそう言うと、ジニーは何かを両腕に抱え込んだまま首を緩く横に振った。 (日記……) ちらりと見るとジニーが抱えているのは、ジニーが新学期から使っている黒いボロボロの日記だった。 ジニーはそれに毎日楽しそうにそれに日々を綴っていた。 「マリー……あのね……」 「なぁに?」 「私………」 「「ジニー!!」」 部屋の外から大きな声でジニーを呼ぶ双子の声が聞こえ、ジニーは驚いたように振り返った。 ドアの向こうの姦しい声に怯えるような視線を送ったあと、「ううん、なんでもない……」と無理矢理笑って、ジニーはベットにその日記を置いて返事をしながらドアにかけていった。 マリーはジニーの背中から日記に視線を移した。 ボロボロの日記は、ジニーが使っている中古の教科書たちのそれとよく似ていたが、どこか違った気がした。 なんとなく伸ばした指が、消えかけた表紙の文字をなぞる。 指先から酷い悪寒が走り、マリーは直ぐさま指を引っ込めた。 隠すように指を握り込みながら、日記を見る。 (まさか──) 「きゃー!!」 ジニーの悲鳴にマリーはさっと顔をあげた。 ドアの前ではオデキだらけでゲラゲラ笑う双子の姿。 「またか……」 落ち込んだジニーを、双子は双子なりに励まそうとしているのだろうが。 傍目から見て、それは逆効果だと思う。 ジニーの悲鳴に駆け付けたらしいパーシーの怒声を聞きながら、マリーは額を押さえ、もう一度日記を振り返った。 (まさか、ね………) 冷たい炎が絡み付くような感覚が拭えない指を握り込みながら、マリーは目を細めた。 ・・・ 疑心暗鬼が暗雲のように広がる学校内では、やがて教員たちから隠れて魔よけ・お守りなど、護身用グッズの取引が爆発的に流行り出した。 同級生たる一年生たちからのおすすめを、マリーは丁寧に断りながら地下室を目指していた。 スネイプの研究室の前で立ち止まると、ふと中から会話する声が聞こえ。 マリーは姿勢を正し──一年生のマリー・カウンシルの姿を作りあげた。 小さなノックをし返ってきた声に、「失礼します」と応えてノブを回した。 中にいたのは、マルフォイとスネイプだった。 「スネイプ教授、今、お時間大丈夫でしょうか?」 「あぁ。ミスター・マルフォイ、私から話す事は何もない。もう、戻れ」 「……失礼します」 マルフォイは唇をぐっと真一文字に結んでそう返すと、マリーをちらりと見てから部屋を後にした。 遠ざかる足音が聞こえなくなるのを二人、しばし何も言わず待ってからスネイプが立ち上がった。 「紅茶は?」 「ん、今はいいよ。それより、彼は?」 「あぁ……“継承者”が誰なのか我輩に聞きにきたのだ」 「彼、知らないの」 「マルフォイはまだまだ子供だ。 あのルシウスが、自分の役割を明かすのはまだ早いと判断しているのではないか。 しかし、今回の事にルシウスが絡んでない可能性もあるがな……」 ふうんと、納得しながらマリーはハリー達の計画を思い出してぱつりと「なら、無駄骨か」と呟いた。 「何?」 「いいや、ところで本題に移るけど──クリスマス休暇の事」 マリーは例年通り、マクゴナガルがクリスマス休暇中に学校に残る生徒の名前を調べにきた事を話した。 「もうそんな時期か……」 「うん、セブルスがどうするか聞いてから答えようと思って。 保留にしてきたんだけど」 「どうとは?」 不思議そうに首を傾げたスネイプに、マリーは少し困ったような表情を見せた。 「この“秘密の部屋”騒ぎで、残ると言い出さないか気になったから」 残ろうが残るまいが何か出来るわけでもないが、教師として残ると言い出すとも限らないと言外に言うと、スネイプは心外そうに顔を顰た。 「婚約者殿とクリスマスは二人っきりでゆっくり過すつもりだが。 ミス・“カウンシル”、いくらなんでも私とて人だが?」 後半、授業中の厭味のように言い切ったスネイプに、マリーは微かに目を見開いたあと口元を歪めた。 「それはよかった、準備していたものが無駄にならなくてすむ」 「何の話だ?」 「ふふふ、クリスマスまでの秘密だよ」 クスクスと喉を震わせて笑うマリーに、スネイプは不思議そうに首を傾げた。 一体何なのだと追求しようとしたスネイプの声は、派手なノックに遮られた。 「失礼しますよ、スネイプ教授! おや、ミス・カウンシルもいましたか」 ロックハートが地下室のスネイプの研究室には全くもって不調和なトルコ石色のローブをひらりと靡かせて入って来た。 幾分頬を引き攣らせたマリーに、何を勘違いしたのかロックハートが手をとりながら顔を寄せて来たので、マリーは背中を反らして出来るだけ距離を取った。 「顔色が悪いようですね……あぁ! 貴女もこの騒ぎに怯えているのでしょう。でも大丈夫! この私がいますからね!」 「お気遣いなく」 マリーは苦々しく顔を引き攣らせながらそうきっぱりと言い、ロックハートの煩わしい笑顔から視線を外し助けを求めるように側に立つスネイプを見上げた。 「何のご用ですかな、ミスター?」 「おぉ! そうでしたスネイプ教授!」 マリーの手を離し、忘れてましたと言わんばかりの大袈裟な仕草で上体を起こしたロックハートは、スネイプにずずいと近寄った。 「スネイプ教授に、折り入ってお願いが」 「………?」 にっこり輝かしい白い歯を見せて笑うロックハートに、スネイプとマリーは同じように怪訝そうに眉根を寄せた。