今年のクリスマス休暇は、“秘密の部屋”の怪物を恐れた生徒達が雪崩をうって、ホグワーツを後にすることになった。 グリフィンドール寮の生徒も、ハリーとハーマイオニー、ウィーズリー兄弟しか残っておらず。 いつも以上に閑散した学校内は、“スリザリンの継承者”と騒がれていたハリーにとって、気が晴れるに違いないとマリーはこっそりと思った。 マリーは談話室から聞こえる騒ぎに耳を傾けながら、鞄へと簡単な荷造りをする。 スネイプの研究室の暖炉を通り、“家”へと帰るマリーはホグワーツ特急に乗り込む生徒達とは一緒には帰らなかった。 「マリー、入っていいかしら」 軽いノックの音に振り返る。 「どうぞ、ハーマイオニー」 部屋に入ってきたハーマイオニーはローブは着ておらず、柔らかい色のセーターを着てたラフなスタイルだった。 「荷物整理は終わった?」 「あぁ、これでおしまい」 ハーマイオニーに答えながら、マリーは鞄を閉じた。 「ポリジュース薬はどう?」 「順調よ。あとは、クサカゲロウを加えるだけ」 「クリスマスには出来るだろうね」 「えぇ、やるならその時ね」 にっこりと笑ったハーマイオニーに、マリーは曖昧に笑った。 結局、三人にマルフォイが何も知らない事を話していない。 「マリーは、聞くまでもないと思うけど……スネイプの家に?」 「そうなるね」 「そう、本当にお熱い事ね。 あのスネイプがそんなマメな男には、失礼だけど見えなかったわ」 ハーマイオニーの言葉に、マリーは喉を震わせて笑った。 「確かにね、私も知らなかったよ」 「あら、それは学生時代も?」 「──どうかな?あまり付き合いがあったわけでもないし」 「そうなの」 少し瞳に興味の色をちらつかせたハーマイオニーに、マリーは小さく苦笑した。 「もう私の力のことは、知っているだろう」 「えぇ。《言霊》のことでしょ?」 マリーはぼんやりと鞄の縁をなぞりながら、とつとつと話し始めた。 「入学前に、私は“ガブリエル”の名を継げるほどの《言霊》を持っていたけど。 制御はほとんど出来ていなかったんだ」 「本当に?」 「あぁ。そのせいで、私は声を出来る限り発さないで、一人でいるようにしてたんだ」 だからね、とマリーは苦笑まじりに呟いた。 「セブルスと始めて話したのは、ようやく制御が出来始めた……三年生の頃だったんだかな」 「それから、二人は今のような間柄に?」 「まさか、去年のそう言った間柄になったばかりさ」 あら、と目を見開いたハーマイオニーに、マリーはばつが悪そうに頬をかいた。 「臆病だったんだよ、多分……どちらもね」 「なら、回りはそうとうヤキモキしたんじゃないかしら」 悪戯っぽく笑ったハーマイオニーに、ふと脳裏に親友と呼べた女性の困り顔が浮かんだ。 いや……自分がずっとその女性に恋心を抱いていたと勘違いしていた彼もまた、長くヤキモキしていたのではないだろうか。 「そうかも」と小さく呟くと、ハーマイオニーはふふっと小さく笑って、マリーの背中を押した。 「ハーマイオニー?」 「引き止めてごめをなさい、そんな相手を待たせるわけにはいかないでしょ。 ほらほら、急いで!」 不思議そうな顔をしているマリーに、ハーマイオニーは鞄を押し付けると、女子寮を出て談話室に向かう。 「あ、マリー。もう行くのかい?」 「あぁ」 マリーとハーマイオニーの存在に、気付いたらしいロンが声をあげた。 双子の兄達とハリーと一緒に決闘の練習をしていたらしい、ロンは心なしかボロボロだ。 「「よいクリスマスと楽しい休暇を」」 「あぁ、そちらも」 「マリー、よいクリスマスを」 「ハリーもね」 笑顔で手を振る双子に、未だハーマイオニーに背中を押されて前進しながら軽く手を振った。 ハリーの苦笑まじりの表情に、こちらも苦笑で返しながらもう目の前に迫った出口に、マリーは小さく口元を歪めた。 後ろのハーマイオニーはまだ悪戯っぽく笑っている。 世話焼きなところも彼女に似ているなと、マリーはぽつりと思った。 ・・・ スネイプの私室へ入ると、彼はすでに準備を済ませており。 暖炉の火が落とされた部屋はいくらか温度を失っていた。 「待たせた?」 「いいや。行くか」 「うん」 相変わらず少ない荷物を手にしたマリーと、連れだって暖炉に向かう。 暖炉の上に置いてあった小さな鉢を差し出すと、「煙突飛行は苦手なんだよ…」と渋い顔をしたマリーが煙突飛行粉を摘んだ。 それに「しかたあるまい」と返して、ずいぶんと低い位置になった頭を撫ぜた。 「……子供扱いしただろう?」 「その体では、な」 拗ねたような口ぶりのマリーに、スネイプは少し意地悪く笑ってこちらを見上げてくる可愛い顔を見下ろした。 「ふん……今に見てろよ」 そう不機嫌に言いながら炎に粉を投げ入れたマリーに、一体何なんだと首を傾げる。 エメラルド・グリーンに燃え上がる炎に、照らされたマリーの顔が微かに笑った。 こちらの疑問に答える事なく先に、暖炉の炎の中に入ったマリーは行き先を呟いて消えた。 「なんだと言うんだ……」 溜め息まじりにそう呟いて、粉を摘むとスネイプも暖炉の中に続く。 エメラルドグリーンに燃える炎の中に入り行き先を言えば、不快な浮遊感を渦の中で感じ、スネイプは眉間のシワをさらに深くした。 ようやく足が地面に着くと、スネイプは閉じていた瞼を開ける。 暖炉の口から、自宅のリビングが見えていた。無事、到着したようだ。 先に行っていたマリーの足も見えて、スネイプは小さく息を吐くと頭を屈めて暖炉を出た。 「おかえり」 その言葉に前に垂れた髪をかき上げつつ顔をあげると、笑った彼女の頭の位置は先程と違い、随分と高い位置にある。 「お、お前……」 目の前にあるのは、先程までの幼顔ではなく、愛しい女性の悪戯っぽい表情だった。 「驚いた?」 「あ、当たり前だ! まさか……一旦、解いたのか?」 「いや、これを飲んだ」 そういって見せられたのは、硝子の瓶に入った黄色のトロリとした液体。 見たことのない液体に首を傾げると、マリーは「わからないのも無理はないよ」と言った。 「これはポリジュース薬の改良版みたいなものでね。 私は今、“私”になっているんだ」 呆然としたスネイプは目の前のマリーを凝視したまま、随分前に薬を作ると言っていたマリーの言葉を思い出す。 『新しい調合を試したい』と言って、材料棚から減っていたのは確かにポリジュース薬に必要な材料が大半を占めていた。 ポリジュース薬は“自分以外の誰かに変身出来る”薬であるが、この改良版はマリーの手に寄ってよって、おそらく“自分がある年齢の自分に変身出来る”薬となっているのだろう。 「これを、作っていたのか」 未だ驚きから抜け切れないままで呟くと、マリーは愉快そうに喉をならして笑った。 「あぁ、いい加減この姿をどこかで見せないと。 私がホグワーツにいる事がばれてしまうかもしれない、クリスマスはいい機会だ。 ──それに」 マリーは立ち尽くしたままのスネイプに歩み寄ってその腰に腕を回し、彼の顔を見上げた。 「いつも苦労をかけている君に、プレゼントしようと思って、ね」 言いながら照れ臭くなったのか微かに頬を染め碧眼を細めたマリーに、その言葉の意味に気付いて小さく口元を歪めると、目の前の彼女の額にキスを落とした。 「最高のプレゼントだ、マリー」 「喜んでくれたなら嬉しいよ……」 くすぐったそうにはにかむマリーの頬に手を添えて、今度はゆっくりと唇を重ねた。 「ようやく、これで婚約者らしいことが出来るな」 いつもの調子を取り戻したのか、にやりと意地悪く口の端を吊り上げたスネイプに、マリーは少し困り顔で口元を歪めた。 「いつもはそうじゃない、みたいな言い方だね?」 「あれは……あれはあれで調子が狂うのだ。 昔のお前を見ているようで………どんな姿でもお前はお前で」 土気色の頬を赤く染めて苦い表情をするスネイプに、マリーは声をたてて笑った。 「なら今度、君がこの薬を飲んで“あの頃”の自分になってみる?」 からかってそう言ってやると、スネイプは微かに眉間にシワを寄せて考えるそぶりを見せてから「今度な」と、小さく呟いてまたキスをおとした。 学生の姿で、昔出来なかったことを。 二人ホグズミートに行くのもありかなと、マリーは瞼を閉じながらそう思って、小さく笑った。