ホグワーツに戻ったマリーは、薄寒い程に静かな廊下を少し足早に歩いていた。 ダンブルドアとの話し合いの中で確定した、“秘密の部屋”の正体をマクゴナガルに伝えるため、職員室へと向かっていた。 「おかしいな。 時間的には終業のベルが鳴っていても、おかしくないのに……」 通り過ぎる教室からは生徒達の声も教員の声も漏れ聞こえることない。 嫌な予感に急かさせるように、足を早めた。 鳴らないベルのかわりに、マクゴナガルの声が魔法で拡声され、廊下に響き渡った。 『生徒は全員、それぞれの寮にすぐに戻りなさい。 教師は全員、職員室に大至急お集まり下さい』 「嗚呼……遅かったか!」 マリーは低く呻くように呟くと、走り出した。 その途中見つけた、黒い背中にあっと小さな声をあげる。 「セブルス!」 「マリー!」 振り返ったスネイプに駆け寄ると、マリーは彼のローブの裾を掴んだ。 「一体、何が?」 「わからん──お前も職員室に向かうのだろう」 「あぁ」 そう頷きあって、二人職員室の扉を開けた。 先に到着した教師達は、当惑した顔や、怯えきった顔を部屋に入って来た二人に向けた。 そして、後ろからマクゴナガルがやって来た。 マクゴナガルは、スネイプの傍に立つマリーに気づくと、「戻りましたか」と微かな安堵を滲ませた声を漏らした。 「とうとう起こりました」 マクゴナガルは集まった教師たちに向き直すと、シンと静まった職員室でマクゴナガルが口火を切った。 「生徒が一人、怪物に連れ去られました。 “秘密の部屋”の中へ、です」 「──!」 マリーは顔を顰めた。 フリットウィックが思わず悲鳴をあげ、スプラウトは口を手で覆った。 マクゴナガルの報告に、職員室は騒然となった。 嫌な沈黙が職員室を包むなか、立ち尽くすマリーの肩を抱きながらスネイプが口を開いた。 「なぜ、そんなにはっきりと言えるのかね?」 マリーは肩に回された腕の力強さに呆然とした意識をはっきりとさせ、背後のスネイプを見上げたあと、目の前のマクゴナガルを見た。 「スリザリンの継承者が、また伝言を書き残しました」 マクゴナガルは蒼白な顔で答えた。 「最初に残された文字のすぐ下にです。 “彼女の白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるであろう”」 「彼、女……?」 マリーの呟きは、フリットウィックが泣き出した声に掻き消えた。 「誰ですか?」 腰が抜けたように椅子にへたりこんだマダム・フーチが聞いた。 「ジニー・ウィーズリー」 マクゴナガルの答えに、マリーは目の前が真っ暗になりよろめいたが、スネイプに支えられ倒れる事はなかった。 スネイプは「大丈夫か」とマリーに囁いたが、静かに緩く首を振った。。 間に合わなかったと、片手で頭を掻きむしりながら呻く。 「全校生徒を明日、帰宅させなければなりません」 マクゴナガルの声を遠くに聞きながら、マリーは先程まで調べていた内容を反芻していく。 (秘密の部屋に行かなくては……) ダンブルドアがいない今、自分が助けなければジニーの命は危ない。 職員室のドアが開いた。 ここにいない教師──奴か、と気付きマリーは睨むようにドアの方を見た。 「大変失礼しました──ついウトウトと、何か聞き逃してしまいましたか?」 にこりと微笑んでいるロックハートは、職員室にいる全員がどう見ても憎しみを込めた目つきで見ていることには気付いていないらしい。 ロックハートはスネイプに支えられるように立っているマリーに気付くと、話し掛けようと口を開きかけたが、それを遮るようにスネイプが自分の体で、ロックハートからマリーの姿を隠した。 「なんと、適任者が」 スネイプは低く言った。 「まさに適任だ。 ロックハート、女子学生が怪物に拉致された。 秘密の部屋そのものに連れ去られた。いよいよ貴方の出番が来ましたぞ」 その言葉に、ロックハートは血の気が引いたように顔を青くさせた。 「その通りだわ、ギルデロイ」 スプラウトが口を挟んだ。 「昨夜でしたね、たしか秘密の部屋への入口がどこにあるか、とっくに知っているとおっしゃったのは?」 「私は──その、私は──」 わけのわからない言葉を口走るロックハートを、マリーは哀れみの目で見た。 今までの鬱憤を晴らすかのように、教師達の言葉は止まらない。 「そうですとも、部屋の中に何がいるのか知っていると、自信たっぷりに私に話ませんでしたか?」 フリットウィックまでもが口を挟んだ。 「い、言いましたか? 覚えていませんが……」 「私は確かに、覚えておりますぞ。 ハグリッドが捕まる前に。 自分が怪物と対決するチャンスがなかったのは、残念だとかおっしゃいましたな」 おそらく酷く加虐的な表情を浮かべているであろうスネイプを前に、ロックハートは唇をわなわなと震わし笑顔の消えた表情は、ハンサムには程遠い。 「何もかも不手際だった、最初から、自分の好きなようにやらせてもらうべきだったとか?」 「私は……何もそんな……貴方の誤解では……?」 「それでは──ギルデロイ、貴方にお任せしましょう」 最後の判決のようにマクゴナガルが言った。 「今夜こそ絶好のチャンスでしょう。誰にも貴方の邪魔はしませんとも。 お一人で怪物と取り組むことが出来ますよ。 お望み通り、お好きなように」 ロックハートは絶望的なめで周りの教師達を見渡したが、誰も助け舟は出さなかった。 「よ、よろしい、へ、部屋に戻って、し──支度をします」 ロックハートはそれだけをかろうじて言うと職員を出て行った。 「さて」と、マクゴナガルは鼻の穴を膨らませて言った。 「これで厄介払いが出来ました。 寮監の先生方は寮に戻り、生徒に何が起こったのかを知らせてください。 明日一番にホグワーツ特急で生徒を帰宅させる、とおっしゃって下さい。 他の先生方は、生徒が一人たりとも寮の外に残っていないよう見回って下さい」 マクゴナガルの言葉に教師達は立ち上がった。 「マリー、貴女は校長室でお待ちなさい。 あの話がどういう結果になったのか──」 「いえ、先生」 マリーはその言葉をきっぱりと否定した。 「話す前に動きましょう。 奴は、おそらく役に立つわけありませんから……それに、今は一刻も争う状況です」 マリーの言葉に、教師達はじっと黙った。 「閉めて参りましょう──“秘密の部屋”を」 碧眼が微かに鈍く光って見えた。 そう言い残してマリーはローブを翻し職員室を出た。 唖然とその背中を見送っていたスネイプは、はっとして慌ててその小さな背中を追い掛けた。 「待て! マリー、お前一人で行くつもりか!?」 「──そのつもりだが?」 呼び止めたスネイプを振り返って、マリーは幾分不思議そうな顔をした。 そんなマリーにスネイプはさらに言葉を続けようとして。 背後の職員室の入口からこちらを覗き見る視線を感じ口を噤むと、立ち止まっていたマリーの背中を押して歩き出した。 職員室から離れ、背中に刺さる視線がなくなったのを確認してからスネイプは立ち止まり、マリーと向き合った。 「マクゴナガルから話しは聞いた。 秘密の部屋を開けたのはT・M・リドル──のちのヴォルデモートだそうだな。 それに一人で立ち向かう気か?」 「相手が誰であろうと、学校と生徒は守らなければならないだろう? 躊躇ってる暇はない、ジニーの命がかかわっている」 マリーはスネイプの黒い瞳を真っ直ぐに見つめた。 「悪いが──セブルス、君は連れてはいけないよ」 「っ、しかし!」 さらに言い募ろうとしたスネイプの唇を、マリーは白い指で止めた。 「セブルス、君は寮監としてすべきことがあるだろう。 残念だが私は、それを待っているわけにはいかない」 「マリーっ!」 悲痛に歪んだスネイプの表情に、マリーは苦く微笑んだ。 「何も、この“格好”でいくわけじゃない」 「……?」 「あの薬は、まだ一本残っているんだよ」 あの薬──マリーが言う“それ”が何なのか気付き、スネイプは目を細めた。 「だとしても、だ。一人では行かせるわけにはいかない。 一人で抱え込むな、私は何の為にここにいる?」 肩を掴むスネイプの手に力がこもる。 「セブルス……」 マリーはそう小さく呟いて目を伏せ、スネイプの手に小さな手を重ねた。 「わかった……一緒に来てくれセブルス。 寮監としての仕事が終わったら、すぐに大広間の前に」 スネイプの表情が幾分明るくなり、あぁと頷いた。 それを見て微かに笑いながら、マリーは「ただ」と付け加えた。 「了承してほしいのが──やむを得ない理由で、先に行く場合がある事だけは理解してくれ」 「理由──?」 怪訝そうな顔をしたスネイプに、マリーは苦く笑う。 「防衛術の教授殿がヘマをして状況を悪化させたり。 まぁ……何らかの最悪な状況になった場合には、な」 その不安要素の中に、この事件へもかなり足を踏み込んでいるであろう旧友の息子の顔が浮かんだが、目の前の男にそれを言うのは躊躇われて言葉を濁す。 「奴には邪魔出来ないよう、眠っていただいた方がよいのではないか?」 「それもありかもね」 スネイプの愉快そうな口ぶりに、マリーも口の端を歪めた。 「そういうことだから、その場合はセブルス。 私を捜す前に、理事達全員に“ガブリエル・カウンシルも秘密の部屋に消えた” と言うような内容を送ってくれ」 その言葉にスネイプは不思議そうな顔をした。 「マクゴナガル教授がもう、ジニーについてのフクロウ便は送っているだろうからな。 さらに“ガブリエル”まで消えたとなれば、理事達も迷いが消えよう」 「何が言いたい……?」 その問いに答える事はなく、マリーは踵を返し歩き始めた。 「マリー?」 「まぁ、時が来ればわかるさ。立ち話が長くなった、急ごう」 また答えがない事に微かに顔を顰てたスネイプは小さくなって行く背中を見送ってから、マリーとは逆方向に踵を返した。 相変わらず答えは、口に出すのを躊躇うばかりだ。 マリーは離れていくスネイプの気配を背中に感じながら、彼に聞こえないくらいに小さな舌打ちをした。 (終わったら、話せるさ) そう思うしかない。 マリーは歩くスピードを早めた。 生徒たちが揃っているものの、グリフィンドールの談話室は静かだった。 窓から差し込む血のように赤い夕日の光が、さらに部屋を陰欝にさせているように思えた。 マリーは気配なく人の間を摺り抜けると、寝室に入り自分の荷物から薬瓶を取り出し懐にしまった。 直ぐに部屋を出て談話室を見下ろす。 そこに捜す姿がなく、マリーは目を細めた。 (ハリーと、ロンが……いない) マリーは微かに感じた不安を払うように階段を下り、ハリーとロン達の部屋の扉を叩いた。 「ハリーとロンは?」 開いた扉に間髪いれずに尋ねれば、部屋から顔を出したネビルは驚きに目を瞬かせながら首を横に振った。 「二人とも部屋には来てないけど……談話室にいないのかい?」 「──……」 「え、ちょっと、マリー?」 走り出したマリーの背後でネビルが声をあげた。 ネビルの声に視線が集まるのを意識することなく、マリーは無言で談話室を横切り寮を出ていってしまった。 「寮の外に出ちゃ危ないのに………」 異常な静けさを持ったグリフィンドール寮にネビルの呟きが響いた。 マリーは闇に沈み始めた廊下を音もなく走る。 ロックハートの部屋まで来ると、中の静けさが、不安要素が現実になってきた事を感じさせ、マリーは口元を歪めた。 僅かばかり開いたままのドアを開けると中には誰の姿もなく。 荒らされたような部屋と中身を撒き散らして部屋の脇に転がるトランクに、マリーは額に手を当てると首を横に振った。 「セブルスには悪いが……先に行くしかないようだな」 事態は止まる事なく、最悪に向けて動き続けていた。 ・・・ 「やぁ」 トイレに出来た見覚えのない太いパイプの縁に座り、穴の奥をじっと見つめていた“嘆きのマートル”はその軽い挨拶に振り返った。 「アラ、次は貴女なの。マリー」 マートルの答えに、隻眼が細められた。 「次は、ね。 先に来たのは、君の愛しきハリー君達かな」 マートルは頬をポッと銀色に染めた。 カツリ、カツリと小さな足音を立てて、マリーはマートルの隣に立ち穴を見下ろす。 「彼等はこの奥かい?」 「そうよ。秘密の部屋の入口がここだなんて、長くいたけど私知らなかったわ」 「知っていたら、すぐにここから離れていただろうね」 マートルがマリーを見上げた。 「貴女も行くの」 「あぁ、もちろん」 マリーはパイプの縁に足をかけた。 黒い闇に消えていく姿を見送りながら、マートルはがっかりした顔をした。 「自己犠牲は相変わらずなのね、マリー。 学生時代、此処に来ていた時と一緒……」 マートルの呟きはパイプの中に響く事もなく、誰の耳にも届いていなかった。 暗い石のトンネルに立ちながら、マリーは辺りを見渡した。 湿った冷たい空気が肌を撫ぜる。 靴の先で蹴った地面のぬめりに、マリーは小さく呟く。 「湖の下あたりまで来たのか」 トンネルにマリーの声が反響する。 《言霊》をかけやすい空間だなと思いながら、マリーは暗いトンネルの奥を見据えた。 その時、トンネルを響き渡る爆音と振動に、マリーはよろめきながら壁に手をついた。 轟音ともに瓦礫が崩れるような音が響く。 ビリビリと震わせる余波がおさまるのを待って、マリーは震源を目指して先を急いだ。 しばらく走った後のカーブを曲がると、行き止まりのような瓦礫の山にあたった。 マリーの足音に気付いたのか、誰かが暗闇の中で声をあげた。 「誰だ?!」 「ロン! 私だ、マリーだ」 「マリーかぁ……。 いつもの大きさじゃないから、びっくりしたよ」 いつもより高い位置にあるマリーの顔を見上げながら、ロンがほっとしたような声をあげた。 マリーは小さく『光を』と呟くと、手の平の上に小さな光球が浮かびあがる。 それで闇を照らしながら、道を塞ぐ岩石を見上げた。 「これは……」 「この馬鹿が僕の壊れた杖を、小型爆弾にしちゃったんだ」 ロンは苛々とした様子で何かを蹴った。 「アイタッ!」と声をあげた“何か”を見て、流石にマリーも驚いた。 「ロン、まさか」 人の良さそうな笑みを浮かべるその人物は、マリーを見上げて微笑んだ。 「そうだよ、ロックハートだ。 ──説明は難しいんだけど、とにかく今は記憶喪失」 ロンの適当な説明にも、マリーはロックハートが今まで何をして名声を得て来たかは、だいたい予想していたので曖昧に頷くだけに留めた。 それからマリーは、もう一度岩石を見上げた。 「ハリーは向こうにいるのか?」 「いいや……先に進んだ。 もう5分はたってる」 マリーはそうか、と低い声で呟いた。 「とりあえず、僕はこの岩石を取り崩してはいるんだけど……」 そう言ってロンが先程までしゃがみこんでいた場所を見た。 そこには僅かばかりの小さな穴が貫通していたが、人が通れるサイズではまだないことは明らかだった。 「マリーはどうする?」 「私も先に行くよ」 マリーは小さな穴に手を当てながらそう言った。 ロンはどうやって?と不思議そうな顔をしていたが、その疑問が口に出される前に、マリーの姿は消えた。 「え?!」 「じゃあ、ロン。 悪いが、引き続き頑張ってくれ」 「は?!」 次の瞬間、壁の向こう側から聞こえるマリーの声にロンは声をあげた。 「すごい! マジシャンですか彼女は?!」 遠ざかる足音を聞きながら、足元で的外れな事を言うロックハートの足を蹴った。 体中の神経を張らせながらマリーは、トンネルを曲がっていく。 先を行くハリーの姿は未だ見えない。 ゾワゾワと脳髄が不快にざわめく。 微かに痛みを訴える右目は確かに、すぐそばに奴がいる事を示している。 微かに響いた旋律にマリーは足を止めた。 この世のものとは思えないその怪しげな音楽は聞き覚えがある。 マリーは微かに笑った。 「君も、行くか」 ・・・ 「ヴォルデモートは、僕の過去であり、現在であり、未来なのだ……ハリー・ポッターよ」 ハリーは呆然と、宙に並び替えられたアルファベットが作り出した名前を見つめていた。 ──I AM LORD VOLDEMORT(わたしは、ヴォルデモート卿だ) 「わかったかね?」 リドルが囁いた。 「この名前はホグワーツ在学中にすでに使っていた。 もちろん親しい友人にしか明かしてはいないが」 リドルは愛想よく微笑しながら続けた。 「汚らわしいマグルの父親の姓を、この僕がいつまでも使うと思うかい? 母方の血筋にサラザール・スリザリンその人の血が流れているこの僕が? 汚らわしい低俗なマグルの名前を、僕が生まれる前に、母が魔女というだけで捨てたやつの名前を、僕がそのまま使うと思うかい?」 ハリーを見下ろす目に、奇妙な赤い光が揺らぐ。 「ハリー、ノーだ。 僕は自分の名前を自分でつけた。 ある日必ずや、魔法界のすべてが口にする事を恐れる名前を。 その日が来る事を僕は知っていた」 リドルはまた甲高い笑い声をあげた。 「僕が世界一、偉大な魔法使いになるその日が!」 ハリーは麻痺したような頭でリドルを見つめた。 この孤児だった少年はやがて大人になり、ハリーの両親を、他の多くの魔法使いを殺したのだ。 そして今、日記で操ったジニーの手で生徒と彼女自身を傷付けた。 ハリーを殺すために。しばらくしてハリーはやっと口を開いた。 「違うな」 静かなハリーの声には、万感の憎しみが篭っていた。 「何がだ?」 「君は世界一偉大な魔法使いなんかじゃない」 ハリーは息を荒げて言った。 「君をがっかりさせて気の毒だけど、世界一偉大な魔法使いはアルバス・ダンブルドアだ。 みんなが、そう言い、そう思っている」 リドルはハリーの言っていることが理解できないというような不思議そうな顔をしていた。 「君が強大だった時でさえ、ホグワーツを乗っ取ることはおろか、手出しさえ出来なかった。 ダンブルドアは、君が在学中は君の事をお見通しだったし。 君がどこに隠れていようと、未だに君はダンブルドアを恐れている」 ハリーの言葉に、リドルの表情が醜悪に歪んだ。 「ダンブルドアは僕の記憶に過ぎないものによって追放され、この城からいなくなった!」 リドルは歯を食いしばって言った。 「ダンブルドアは、君が思っているほど、遠くには言ってはいないぞ!」 ハリーは叫んだ。 リドルを怖がらせるために、咄嗟にでた言葉だったが、本当にそうだと確信しているというよりは、そうであって欲しいという願いだった。 「あの方は──アルバス・ダンブルドアは、城からいなくなっただけであり。 未だこの世界の偉大な魔法使いなのだ」 リドルの顔が凍りついた。 ハリーはその第三者の言葉にあたりを見渡すが、しかし声の主の姿はまだ見えない。 濡れた地面を叩く足音と共に、背筋がゾクゾクするような怪しい旋律が響き、近づいてくる。 リドルもまた、がらんとした部屋のずっと奥まで見渡した。 ハリーは毛が逆立ち、早鐘のように心臓が脈打つのを感じていた。 「ヴォルデモートの記憶に過ぎぬ者よ、ハリーとジニーを返してもらおう」 闇の中から、闇を纏ったような漆黒のローブをはためかせマリーが現れた。 そして、マリーのすぐそばで炎が燃え上がり。 白鳥ほどの大きさの真紅の鳥が、その不思議な旋律を響かせながら姿をあわらした。 孔雀の羽のように長い金色の尾羽を輝かせ、金色の爪でボロボロの包みを持っている。 鳥はマリーの回りを旋回した後、ハリーに真っすぐに飛んで来た。 運んで来たボロボロのものをハリーの足元に落とし、その肩に大きな羽を畳むと留まった。 ハリーはその鳥を見上げた。 「フォークス?」 ハリーはそっと呟いた。 鳥は──フォークスは歌うのをやめ、ハリーの頬にじっと暖かな体を寄せ、しっかりとその黒い丸い目でリドルを見据えていた。 「不死鳥と──ガブリエル、か」 リドルは鋭い目でフォークスを睨み返しながら言った。 ハリーはフォークスが乗る肩と反対の肩を包む、優しく掴む温もりに顔をあげた。 「無事か……?」 「マリーさん!」 温かな色の隻眼に、ハリーの強張っていた体から力が抜けた。 「そして」 リドルがフォークスの落としたボロに目をやった。 「古い“組分け帽子”」 ハリーの足元でぴくりともしないそれを見て、リドルが笑い始めた。 その高笑いが部屋に反響し、何人もの彼が笑っているようだった。 「ダンブルドアが味方に送ってきたのはそんなものか! 歌い鳥に、古帽子! それに、お前と同じ死にぞこないのガブリエルじゃないか! ハリー・ポッター、さぞかし心強いだろう? もう安心だと思うか?」 ハリーは答えなかった。 フォークスや組分け帽子が、なんの役に立つかはわからなかったが、背後に立つマリーの存在はハリーを勇気付けた。 もうハリーは一人ぼっちではなかった。