朝日が上る頃、レイナは元の姿に戻った。 散らかった部屋にいるのが、スネイプである事にパニックになりながら、レイナは同室であるマリーの姿が見えない事に、最悪のシナリオが一気に浮かび思わず泣き出した。 わんわんと泣くレイナを煩わしそうに見ながら、スネイプは安心しろと吐き捨てた。 「ミス・カウンシルは、怪我一つおっていない」 「本当ですか……?」 困惑するレイナにスネイプは、マリーが深夜に呼び掛けても布団を被ったまま返答がない自分の様子がおかしい事に気付き、すぐにスネイプの元へ薬を取りに行ってくれたと話てくれた。 その後、スネイプはレイナが落ち着くまで部屋には戻らないようにマリーに説明し、自分が戻るまでこうして部屋にいてくれたようだ。 「えっと……じゃあ、マリーは本当に、この事は……」 「──知らない、安心しろ」 彼女の無事の次に心配していた答えに、ようやく安堵の息を吐く。 せっかくできた友達を失うのも、マリーに冷たい拒絶的な態度をとられるのも絶対に嫌だった。 ボロボロと安堵やらなにやらで止まらない涙を零したまま。 薬を飲まなかった事について、怒られるかとびくついていたが力無い注意だけで済んで拍子抜けした。 スネイプはどことなく疲れて見えた。 「あのー……スネイプ教授が、私が暴れないようになにかして下さったんですか?」 「………何故だ」 ぐずぐずと垂れっぱなしの涙と鼻水に、心底汚いと言わんばかりに顔を顰たスネイプに少し傷つきつつも、レイナは口を開く。 「だって……部屋の破壊がこの程度ですんで、自傷行為が見られないなんて初めてだから……」 「……」 スネイプは微かに痛ましい顔をして顔を反らした。 「ありがとうございます、スネイプ教授」 顔を反らしたまま何も返してこないスネイプに、照れてるのかなと的外れな事をレイナは思いながら、どこと無くふわふわとした気持ちでレイナはスネイプを見つめた。 今まで自分のこの獣の衝動を押さえる事が出来る人など──いや、しようとしてくれる人などいなかったのに、この人はきっと渋々、おそらく可愛い姪の為が一番な気もするけど自分をいろんな意味で救ってくれた。 感謝と尊敬とあと、何かの気持ちが入り交じってレイナは泣き笑いを浮かべた。 何よりも、友人が怪我をしなかった事を喜びながら。 「あ、とりあえず……体がなんだか動かないんですけど……。 魔法解いて下さいますか?」 「……しばらく、そのままでいなさい。 時折、朝日が上り切る前に気を抜くと戻る場合もあると聞く」 最もらしい意見に、レイナははーいと生返事をしながら。 何故だか背中もズキズキ痛いなと思った。 「人魚姫、と言う本を読んだ事があるかね?」 レイナが起きるまで、マリーが避難場所に選んだのはダンブルドアの部屋だった。 ダンブルドアの言葉に顔をあげたマリーの膝の上では、フォークスが安心仕切った様子で丸くなっている。 「童話、の……ですか?」 「うむ」 アンデルセンの童話の人魚姫は、お伽話としては有名だ。 人間の王子に恋をした人魚姫は、美しい声と引き換えに足を手に入れ王子に会い行くも。 王子は自分を助けた相手を人魚姫ではない人間の女性だと勘違いをし結婚する事になっていた。 王子と結ばれなければ泡と消える人魚姫に、姉達は短剣を渡し「王子を殺せ」と言う。 愛する人を殺せない人魚姫は遂に──。 ダンブルドアの言わんとしている事がわかり、マリーは失笑した。 この、どこまでも純粋に王子を愛しながらも、報われる事がなかった人魚姫の悲しい恋の物語。 それは、今まさに幸せを手放そうとしている自分に似た影が見える。 「私も………泡と消えるんですかね」 呟いた声は震えていて、口元の笑みは自嘲の色を濃くした。 「悲観的なのは君の悪い癖じゃぞ」 「………」 「マリー、君は声を失ってはいない。その想いを自らの言葉で伝えることができる」 振り返った先のキラキラと輝く青い目が眩しくて、マリーは眩しげに目を細めた。 「人魚姫はの、その最後は本によっては一致しておらんのじゃ」 ダンブルドアの伸ばした手がくしゃりと黒い髪を撫ぜた。 マリーは震えた唇を噛むと俯いた。 「わしも、ミネルバも──セブルスも、誰もが君を泡と消えさせはしない」 「──……」 「信じるのじゃ」 ダンブルドアの言葉を力強く思う反面、弱い自分が小さな悲鳴を上げていた。 信じるとは、時にかなりの覚悟がいる。 自分に、それがあるのだろうか。 マリーは口元を歪めた。 ・・・ 結局その日は、レイナは授業に出れる状態ではないと言う事で、マリーは部屋に戻る事無く授業に向かう事にした。 幸いにして、今日は魔法薬も防衛術も(レイナと同じ理由でルーピンも授業を休むのも、それで誰が代わりに授業するのかも予想出来たからだが)なく、マリーはサボるのは止めた。 レイナにノートを見せなければならないのだ。 一つ、問題があったとすれば。 ダンブルドアから話を聞いたのか、マクゴナガルの自分を見る顔がここ最近のハリーを見るものに近かったのは、ちょっときつかった。 少しはハリーを労ろうかと思ったが、寧ろ自分が労ってほしいなといろいろと痛む理由が多い頭を抱えて溜め息を吐いた。 スネイプの機嫌は目に見えて最悪だった。 当たり前だとは、昨晩でわかってはいたが。 被害を受けたのはハリー達のクラスだったようで、戻って来たロンが彼を「×××」と呼んだのには思わず飲んでいた紅茶を噴いた。 足元にいたクルックシャンクスが、思わず毛を逆立ててこちらを見上げてきた。 ハーマイオニーは被害をふきんで拭きながら、「ロン!」と叫んだ。 流石にマリーも、それはギリギリだろと、小さくつっこんだがロンは聞いちゃいないようだった。 「×××が僕に何をさせると思う? 医務室のおまるを磨かせられるんだ、魔法無しでだぜ!」 ロンは拳を握り締め、息を深く吸い込んだ。 「ブラックがスネイプの研究室に隠れててくれたらなぁ、な? そしたらスネイプを始末してくれたかもしれないよ!」 ロンの言葉に、クルックシャンクスが寮を出ていこうとしたのでマリーは素早く抱き寄せて、膝の上でホールドした。 「うん、生々しいから辞めようね……」 なぅーと不機嫌に鳴いたクルックシャンクスは、おそらく自分を心配してもあるのだろう。 少し落ち着いたロンからの嫌そうな目を向けられるクルックシャンクスの、小さな頭を労りを込めて撫ぜてやった。 明日の試合もあってかハリーは部屋に早々に入って行った、ロンもそれに続いた。 レイナは、今晩だけ医務室に泊まる事になった。 「マリー……もしかして、何かあったの?」 女性だけになったからか、ハーマイオニーがおずおずと尋ねてきた。 それに女の勘かい?と茶化したように返せば、深刻そうな顔をされてしまって煙に巻くことを諦めた。 「一体、何があったって言うの? 貴女も、スネイプもおかしいわ」 「……うん…いや、私が悪いんだ」 マリーはぼんやりとした口調で呟きながら、膝の上のクルックシャンクスの背中を撫ぜた。 「私は結局、自分の事しか考えてなかった……愛想尽かされても仕方がない」 悲しげに微笑んだマリーに、ハーマイオニーは「まさか!」と思わず大きな声で言った。 集まった視線に、曖昧に返してからハーマイオニーはマリーに向き直った。 「まさか、あの人がマリーに愛想尽かすわけないでしょ? 十年も死んだと思われていた貴女を、忘れなかったあの人が?」 ハーマイオニーの押し殺した言葉に、マリーは苦笑まじりに首を横に振った。 「人って、死人を美化するものだよ。 私は、人から愛されるような人間じゃない」 「マリーったら!それ本気で言ってるの?!」 「……?」 呆れた、と言わんばかりのハーマイオニーに首を傾げる。 「自分を知らないわね、マリー。 貴女、自分が思っているより随分と魅力的よ」 「まさか………」 「私が嘘を言うとでも?むしろ、貴女を騙せるなんて思っちゃいないわ」 ハーマイオニーは目を細めて笑った。 幾分軽くなった心持ちに、マリーは苦笑を浮かべながら、ありがとうと呟いた。 それでも、心の奥底に岩のように硬い何かが転がっていた。 「酷いじゃないか」 「───ノックぐらいしたらどうだ」 「したよ、君が気付かなかっただけだろう?」 または無視したか、と続けた研究室に入って来た男を、じろりと睨みつけてからスネイプは気のないそぶりで、手元のレポートに視線をまた落とした。 「私を追い出したいのはわかるが、レイナの事も考えてくれないか? 彼女に、私のような思いをして貰いたくないんだよ」 ルーピンの言葉に、スネイプは何も返さず、しばらく返答を待った後ルーピンは小さく溜め息を吐いた。 「それと、マリーと喧嘩でもしたのかい?」 採点する手が僅かに狂ったのを、ルーピンは見逃さなかった。 「彼女、いつも以上にぼんやりしてて危なっかしいんだけど」 「……」 「セブルス?」 「煩い」 頑なな反応に、やはり自分には背を押す真似は出来ないかとルーピンは苦く笑いながら、手にしていた本を彼の目の前に差し出した。 レポートの上に置かれたそれに怪訝そうに眉間にシワを寄せた後、スネイプの視線がルーピンを見た。 「なんだ、これは」 「たまには小難しい本ばかりではなく、そういうのも読んだほうがいいよ」 「貴様の趣味か……随分と少女趣味ではないか」 表紙では美しい人魚が歌っているようなイラストが描かれていた。 「いや、暇だろうってねダンブルドア先生からのお見舞いだよ。 私は読み終わったから、君が貰ってくれ」 それだけ言ってさっさと踵を返したルーピンに、スネイプは不機嫌に彼の名前を呼んだ。 「あ、そうだ。 それのエンドを、君はどう思ったのか今度聞かせてよ」 「…………」 不機嫌そうな表情に、笑うとルーピンは彼の部屋を出た。 置き去りにされた本の表紙では、相変わらず人魚が歌っている。 声にならない歌を。 その横顔が、あの夜の彼女の微笑みに似ていたのは、きっと錯覚ではない。