「ほら、入って来い」 迎え入れられた“家”に、「お邪魔します」と言い足を一歩踏み出した。 おそるおそると言った感じでいたせいか、彼女は笑いながら海軍のコートを脱いで言った。 「しばらくいるんだ。次からは、“ただいま”にしておけよ?」 ことり、と胸の奥で何かが動く。 サカズキは驚いたように自分の胸を押さえた。 (“ただいま”……言っていいのか) 家族を失い、温かい家を失ってから口にする事がなかった言葉。 「あー……冷蔵庫なんもねぇ」 キッチンで冷蔵庫を除き込む背中を見つめていると、勝手にずんずん部屋の奥に進んでしまったクザンをボルサリーノが追いかける。 「クザン、あんまりうろうろしちゃあダメだよ?」 「わかってる!」 「……本当かなぁ」 三人の中で一番年上のせいか、ボルサリーノは面倒見がいいと思う。 そんな二人の様子をぼんやり見つめていると、不意に背後に立った気配に思わずびくりと体を震わせた。 「クザン、そこのデスクのモノ以外なら、触っていいぞ」 「本当!?」 「あぁ、ただし壊すなよ──それと、ボルサリーノ」 「はい?」 「寝室に本棚がある、好きに読んでいい」 「!」 本、と言う単語に目を輝かせたボルサリーノは本当に学ぶ事が好きなんだろう。 自分が強くなるために鍛練したいと思うのと同じに違いない。 「サカズキも、好きに寛いでてくれ」 「わかった……」 そう言うとそれぞれ動き出した三人を見た後、正義のコートがかけられた隣のフックの黒いコートを手に取った。 「私はちょっと買い物に行ってくる、留守番頼むな?」 そう言ってさっさと踵を返して歩き出した背中を、はっとして慌てて追い掛ける。 「あ、お、おい……!」 「どうした、サカズキ?」 不思議そうに振り返り瞬いた瞳に、思わず言いかけた言葉を飲み込む。 飲み込んでしまった言葉は、なかなか出てこず口をつぐんでしまった自分を見下ろしていた瞳がゆるりと瞬いた。 「──ん、サカズキ。買い物に着いて来てくれないか?」 「手伝ってくれと」悪戯っぽく笑う口の端に、こちらの思考が読まれていた事がわかり、照れ臭くなって顔を隠すよう俯いて小さく頷く。 ありがとう、と言ってもう一度頭に触れた手が離れていった。 「って事で、サカズキも買い物行ってくるからー」 部屋の奥にそう声をかけるとクザンが「はーい」と返事をし、ボルサリーノが本を手にしたまま慌ててやって来た。 「あ!あっしも、手伝いに……!」 そんな様子に破顔すると、ポンとボルサリーノの頭を撫ぜる。 「今日はそんなに買わないから、サカズキが一緒に来てくれるし大丈夫だよ。 ボルサリーノには、クザンのお守り頼みたいんだが」 いいかな?と聞く言葉に、ボルサリーノは少し躊躇った後頷いた。 「じゃあ、頼むな。さて行こうか、サカズキ」 「うん」 「あ──あの、いって、らっしゃい……」 後ろからかけられた声に思わず足を止める。 同じように立ち止まったあの人が、ボルサリーノを振り返った。 「いってきます。いい子で待ってろよ」 そう言って歩き出した背中を慌てて追いかけながら、ドアを閉める手を止めて小さく呟いた。 「……いってきます」 「!──うん」 嬉しそうに笑ったボルサリーノから逃げるようにドアを閉めて駆け出した。 「転ぶなよ」 先に出ていたあの人が待つ元に走りよると、愉快そうに笑って手を差し出された。 何も言わずに差し出された手。子供特有の恥ずかしさはあったが、黙ったままその手を握った。 「さぁて、何を作ろうかねぇ」 ゆっくりと歩き出した足並みに合わせて、店がある通りに向かうだろう足に並ぶ。 「子供が好きなのってなんだ、ハンバーグとかかな? ハンバーグなら目玉焼きでものせて……」 「目玉焼き……卵のせるのか!?」 「うん?卵嫌いか?」 こちらを見下ろした視線に、慌てて首を横に振る。 「嫌いじゃない、けど。 国じゃ高価だから、あまり食べたことがなかった……」 「そういや、地域によってはそんなこともあるって聞いたことはあったが……。 ここじゃ結構手頃な値段で手にはいるからなぁ」 「そうなのか……!」 故郷でまだ両親と暮らしていた時でさえ、誕生日のお祝いに出るか出ないかの高級品。 それが簡単に手にはいると言うことは、サカズキにとっては衝撃的な事実だった。 「なら今日は、ハンバーグにしようか。 目玉焼きのせて、な」 「うん……!」 「じゃあ、肉屋と卵屋と、あと八百屋に寄って……」 魚は明日にするか、と言いながら、二人並んで店の立ち並ぶ通りへと入っていった。 夕飯の買い出しにか、通りは人で混み合っている。迷子にならないようにか、引き寄せるように腕を引かれ、ぴったりと寄り添ってその中を進んだ。 時たま顔見知りなのか、この人に挨拶をしてすれ違っていく。 「親父さん、挽き肉を下さい」 「お! いらっしゃい、アマリア中将! 怪我の具合は大丈夫なのかい?」 肉屋に声をかけるとすぐに顔を出した店の店主は、挽き肉入ったのバットを引き寄せながら心配そうに尋ねて来た。 「大丈夫じゃなかったんで、無理矢理休み取らされましたよ〜。 あ、粗びきで頼みます」 「ほいよ、どのくらいだい?」 「ハンバーグ4つ作るくらい、かな」 「なんだい、またあの小僧どもが飯たかりにきたのかい?」 豪快に笑う店主に、あいつ等はしばらく帰って来ないよと苦笑混じりに答える。 「今日からしばらくチビ共を預かる事になって。この子、サカズキ。と後二人」 「こんにちは……」 こちらに向いた店主の目に慌てて挨拶をすると、おう!と威勢良く応えて店主は破願した。 「行儀のいい子じゃねぇか、あのガープとは偉い違いだ」 「比較が悪いんだよ、親父さん」 「はははっ違ぇねぇ。ほらよ、挽き肉」 差し出された袋に入った肉を、手を伸ばして先に受けとると店主は偉いなぁ、と言って笑う。 「お手伝いがちゃんと出来る坊主に免じて、まけといてやるよ中将!」 「ありがとう、サカズキ良かったな」 代金を支払うとまたな!と手を振る店主と別れ、再び手を繋いで歩き出す。 「重くないか?」 「大丈夫」 「そ、ありがとうサカズキ」 「……うん」 落とさないように袋を胸に抱えながら、また差し出された手を握って歩き出した。 「あ」 「?」 不意に声を漏らされた声に見上げる。 にっと楽しそうに笑う笑顔がこちらを見た。 「そうだ、良いこと思い付いた」