エースが船長室に向かうと、船長室の手前側に置かれたナース室に全てのナース達が揃っていた。 その珍しい光景に、僅かに目を見開く──普段、親父の体を気遣うために必ず部屋に、1人か2人は着いているからだ。 「あら、エース隊長」 どうしたの?と、エースの来訪に気付き華やかに微笑んだのは、美しきナース長のソフィアだ。 「えっーと……ジーナサン?を、オヤジとの話が終わったら連れて来いって、頼まれてさぁ。 ──で、オヤジと二人だけで船長室?」 「えぇ。そうよ。任務の話だから人払いされてるの」 エースの驚きの理由がわかったのか、ソフィアはそう答えながら「隊長もここで待っててね」と笑い、傍にいたナースにお茶の準備をするように頼んだ。 「いや、お気遣いなく」 相変わらず礼儀正しいエースにくすくすと笑いながら年若いナースは、お茶請けの煎餅もたくさんつけてお茶を──今日は煎餅に合わせた緑茶なようだ──用意してくれた。 「あ、中にも2つ分用意してね。持っていくから」 「はぁい」 ソフィアが湯飲みを2つ出してきて、エース用にと出された湯飲みの傍に置きお茶を入れて貰う。 「ソフィ姉さんは入っていいのか?」 「えぇ、知らぬ仲ではないし、今回の任務も知ってるから」 お盆に丁寧に湯飲みとお茶請けを乗せると、ソフィアはにっこりと笑った。 「そっか、ソフィ姉さんは知ってる人なのか」 「それはもちろん、ジーナは私よりこの船じゃ先輩よ」 「え、そうなの?」 「なんたって長女ってくらいですもの」 「……あの人幾つ?」 「女性の年齢を聞くのはマナー違反よ、隊長」 ぴん、と細い指で鼻を弾かれたエースは、素直にすみませんでしたと謝罪した。 その後ろで船長室のドアが開く。 「ソフィ、お茶ちょうだい〜」 「はいはい、ちょうど今持っていくつもりだったのよ」 わぁいナイスタイミング、と笑うその人に、エースは座っていた椅子から立ち上がった。 そんなエースに気付いたのか向けられた視線がぱちりと瞬く。 「おや、新顔?はじめましてだねぇ」 「どうも、二番隊隊長のエースです」 はじめまして、とテンガロンを外して深々と頭を下げれば、ご丁寧にどうもと相手も恭しく腰を折った。 「一番隊のジーナだ、よろしくエース隊長。 年若いのに隊長とはすごいね。流石“火拳”。噂通りの実力なようだ」 差し出された手を握り返しながら、にっと歯を見せて笑う様は中々に男前だな、とエースは思った。 「オヤジも随分手を焼いたんだって〜?」 ニヤニヤと笑いながら船長室を振り返ったジーナに、ソフィアから受け取った湯飲みを傾ける白ひげはふんと鼻を鳴らした。 「鼻垂れ小僧がじゃれついて来たぐれぇで、手を焼くもねぇよ」 船に乗る契機やらその後のあれこれは今のエースにとっては若気の至りというか、あまり聞いていて落ち着かない話題で、テンガロンを深くかぶり直しながら僅かに熱い顔を隠した。 しかし、それにしても船に長く戻ってなかったというジーナは随分その間の船の話題も詳しいようだ。 それはソフィアも気になったらしく、ナース室に戻りながらその疑問を素直に口にした。 「ジーナ知ってたの、隊長のこと?」 「そりゃあ、そうでしょ。新聞にも載ってたじゃない“火拳”のエースって」 幾ら辺鄙な島でも新聞くらい手に入るっての、と呆れ顔でジーナは湯飲みを受け取った。 「それに、マルコからの手紙に書いてあったし」 お茶をすすりながらのジーナの言葉に、ソフィアはぱちりと目を瞬いた。 「ジーナ……マルコ隊長と、手紙のやり取りしてたの?」 「いや、手紙はおまけ。報告書の催促とか、オヤジからの伝言は隊長のマルコから来るから。 それによく船の事が書いてあったよ」 ぱちぱちと目を瞬くソフィアは白ひげと顔を見合わせた。 その様子を不思議そうにジーナは「何さ」と首を傾げていたが、ソフィアはにっこり笑って「別に」とはぐらかした。 エースはさらに不思議に思いながらジーナに本題を告げようと口を開く。 「あの──」 「邪魔するよい」 続けるはずだったエースの言葉はナース室に入って来たマルコの言葉に被された。 「マルコ」 「オヤジとの話は終わったのかい?」 「ん、今ちょうどね」 真っ直ぐにジーナの元まで来たマルコは、その言葉に「そうかい」と頷いた。 「オヤジの様子からいって、ちゃんと仕事はやりきったみたいだねい」 「おま、失礼な事言うなぁ。やりきったから帰ってきたんだろうが」 オヤジの様子を見遣って、からかうようにそう笑ったマルコをジーナは半目で睨む。 二人のやり取りにオヤジは、嬉しそうにグラララと部屋を震わす笑い声を上げた。 エースはその二人の距離感に(やっぱり何か近いよな)と、思いながら首を傾げる。 隣に立つにしたって近すぎるし、何でマルコの手がジーナの腰に触れてるのかがよくわからない。 エースの疑問もどこ吹く風でお茶を美味しそうに飲み干したジーナは、ソフィアの持っていたお盆に湯飲みを返しながら「で?」とマルコに視線を戻した。 「マルコは何しに?私の迎えはエース隊長だろ」 ひょいっとこちらを指差され、「あ、わかってたんだ」と思わず呟く。 エースがわざわざ船長室に出向いたのは、サッチに頼まれジーナを宴の場まで連れていく為だったのだが、言う前に気付かれていたようだ。 「俺は別件だよい」 マルコの答えに「別件?」とジーナは不思議そうに鸚鵡返しした。 「お前が前使ってた部屋な、人が増えて今は若い奴等の部屋になってんだ」 「え、まじか」 マルコの言葉に流石に驚いたように目を見開いたジーナに、ソフィアが頬に手を当て「そう言えばそうだったわね」と呟く。 「まじかー……え、じゃあ、私の荷物はどうしたの?」 「俺の部屋にまとめて置いてあるよい」 なんでマルコの部屋に?という疑問がエースの脳裏に過った。 ジーナも流石に怪訝そうな顔をしている。 「……あぁ、隊長になると個室貰えるんだっけか……」 そっちかー!不思議に思ってたのそっちかー!エースは何とも言えない表情の裏で声にならないツッコミを心の中で叫んだ。 「でも悪かったね、邪魔だったでしょ」 「あんな少ねぇ荷物、気にならねぇよい」 「そう、ありがとう」 「でも困ったわね……今空いてる部屋なかったわよね?」 ソフィアが困り顔でそう言えば、大丈夫だとマルコが言う。 「ジーナは部屋の準備が出来るまで、俺の部屋使えよい」 その発言に流石にナース室から音が消えた。 一人のナースが取り落としたペンの転がる音が嫌に響く。 「は、その間マルコどうすんの?」 あ、気になるところそこなんだ!とその場にいる誰しもが思っただろう。 「ベッドお前で、俺はソファでどうだい?嫌なら俺はサッチの部屋に行く」 「別にマルコとの雑魚寝なんて昔っからだし、私は構わないけど……いいの?」 「いいから言ってんだよい」 コツンと指先で弾かれた額を押さえながら、ジーナは「悪いねぇ」と苦笑する。 「じゃあ、お邪魔するね」 「あぁ。それじゃ、あの船の荷物も俺の部屋に運んで置くよい」 「マルコ、それくらい自分でするって」 「いいから、お前はゆっくりしてろい」 「だってオヤジやみんなのお土産もあるんだよ? ただ部屋に置いたら、後で分けるの大変だって」 ジーナの言葉に、少し悩んだものの「それもそうか」と納得したマルコに、「そうそう」とジーナも頷く。 「あ、オヤジにね、島の人がお礼にって良い酒くれたんだ!」 「ほぅ、あの島の酒は旨いからなぁ。 今日はお前が帰ってきた特別な日だ、宴で開けよう」 嬉しそうに目を細めるオヤジにさらに嬉しそうにジーナがはにかむ。 あぁ、この人もオヤジの『子』なんだなとエースはしみじみ思った。 「今、持ってくるよ──エース隊長も悪いね、わざわざ迎えに来てくれたのに……」 「あ、お気になさらず。 それと!俺の事はエースって呼んでくれよ」 ぱちりと不思議そうに瞬いた瞳に、エースは苦笑を浮かべた。 「だって俺、ジーナさんより新入りだしさ、何か落ち着かねぇし」 「──ならお言葉に甘えるよ、エース」 また宴でね、とにっと笑って先に出たマルコに続き船長室を出たジーナを見送った後、今だ静寂の残る中でエースはぽつりと呟いた。 「ソフィ姉さん、あの二人って……」 「出来てないわよ」 「まじか」 (だとしたらあの距離感おかしくね?おかしいよね?)