ひょいと首を傾げれば、背後からの飛行物体は正面に立っていた末っ子の顔面に激突、アンド炎上。 あぁ、雪玉は一発だな。 きゃあ!エース隊長?!と可愛い悲鳴はいいが、君のやること結構過激だねェ。 「ジーナさん、避けんのいいけど俺に被害〜」 悪魔の実の能力で回避したエースは今にも泣きべそかきそうで、あぁごめんよと頭を撫ぜてやる。 「何で避けるのよ!!」 今度は上から襲い来る雪玉を手で受け止める。 おお、中に何か詰めてらっしゃる……女ってこれだから。自分も女だけど。 「いや、受けてやる義理はないけど」 「義理?!あるわよ、償ってよ!」 私からマルコ隊長を奪ったくせに!!と、これである。 いい加減うんざりしてきたこの手のヒステリーに、手にした雪玉を覇気を纏わしてから彼女の顔面に突き返してやった。 エースがえげつねぇと呻くが、何言ってんのこのくらいでと鼻を鳴らす。 「これ、冬島の海域出るまで続くのかね?」 「かもな」 「ワァ、億劫ぅ」 「ジーナさん、笑顔が怖ぇよ……」 長男坊の嫁を貰う事になってから、“お礼参り”は度々あったものの、家族同士での死闘は一応禁止されているからか、今まであからさまなものはなかった──まぁ、ビンタ一発くらいは攻撃に入れずの計算だが。 だがその禁止令の穴抜けをやってのけたのは、この“雪合戦”での憂さ晴らしだったらしい。 あくまで建前上は“家族同士の他愛もない遊び”なのだから、こちらが死闘だと言うのは野暮になる。 しかし、厭らしいのは嫁の外出中を狙うところだ。 雪のせいで湿った煙草のフィルターを噛みながらジーナは口の端を歪めた。 「なぁ、ジーナさん。 無理しないで、親父んとこ行ってたらいいんじゃねぇの」 「うーん、何か負けた感じがして嫌だなぁ」 息なのか紫煙なのか判別し難い白を吐き出しながら、白く霞む水平線の向こう側を睨む。 「それに、嫁の出迎えくらいしてやらないと」 周辺海域への視察のため船を飛び立ったマルコの帰還はもう間もなくだ。 そう言って柔らかく目を細めたジーナに、エースは歯を見せて笑う。 「まじで男前だよ、ジーナさん」 「よく言われる」 ケラケラと笑いながら、短くなった煙草を海へと投げ捨て新しい煙草を咥ようとして、残り一本の現状に顔を顰める。 「げ、あと一本か」 これが吸い終わるまでには帰って来て貰わないと、ニコチン切れてからまた“雪女”達からの襲撃でもあったら……大人げなくキレちゃうかも。なーんて。 「二人とも愛煙家だもんなぁ」 「んー……」 曖昧に応えながら、思い出した先程の苛立ちを紫煙と共に吐き出してやった。 じゅう。 ぱちりと瞬いた目前で、首を反らして避けた雪玉が煙草の先をかすってしまった。 鎮火してしまった煙草には雪玉の破片が残っているし、確実に湿気っている。 「たばこ……」 最期の一本。命の綱。苛立ちの最期の抑止力──嫁が、くれた一箱の最期の一本。 「おい、テメェ等」 腹の底から響くような、敵船相手にしか出さないような声で、雪玉をふりかぶったまま硬直する女達を呼ぶ。 エースが背後で走って逃げ出した気配を感じた。 欄干に積もった雪を握り潰すように掌の中に入れ、にたりと口の端を歪める。 「さァ、攻守交代と行こうか」 投げつけた雪は覇気を纏っていたのと、掌の中に小さく固めていたせいか、女達の間をすり抜け壁にぶっ刺さった。 さぁと、青ざめた女達。 余りの早さに見えていなかったのは、最早仕方がない──ジーナと女達とでは経験値が天と地ほど違うのだから。 「誰から、逝くんだい?」 二つ目を握り締めていたジーナを震えながら見つめていた女達は、背後の存在に気付きさらに表情を強ばらせた。 おいおい、敵を目の前に他に気をとられるのはやっちゃいけないねぇ。 隊長は誰だ。訓練し直せ、いやむしろしてやるから権限寄越せ。 暴走する思考は、首に回った腕に引き寄せられ一時停止。 「帰って来た俺にも気付かねぇとは、随分こいつらと遊ぶのに夢中だったようだねぇ」 頭上から落とされる声に顔を上げて見上げる。 欄干にしゃがみこみこちらを抱き寄せているのは、ようやく帰還したマルコだった。 「あ、お帰りマルコ」 「ただいま、ジーナ」 そう言えば、女達をすごい目で睨んでいたマルコはころりと笑顔になった。 額に触れた唇は、寒空を飛んで来たせいかひんやりと冷たい。 腕を伸ばして頭を撫ぜてやると、そこもやはり冷えていた。 「随分冷えてるね、やっぱり。早く親父に報告して、部屋に行きな」 暖めておいてあるからと言って、首に絡む腕を離し欄干から下ろすと、まだ正面きって抱き寄せられた。 「ジーナが暖めてくれよい」 囁くような低く掠れた声が耳元を擽れば、落ちる女はたくさんいたんだろうなと苦笑して。 肯定混じりにぽんぽんと背中を撫ぜた。 ぐりぐりと肩になつくように頭を擦り付ける様は、どちらかというと動物くささがある。 「ほーらー、マルコ」 「あと少し」 「マルコ」 「充電くらいさせろい」 拗ねたような声に、うちの隊長はこんなに甘えたでいいのかいと笑えば、お前だけだと返す。 不用意にノロケんな、バカ。心臓に悪いわ。 「おいおい、流石にこれ以上見せつけられんのは目に毒だぜぇ、兄弟」 「サッチ」 ジーナの肩から顔をあげたマルコは、やって来た兄弟をつまらなそうに睨んだ。 「イチャイチャすんなら部屋でどーぞ。早く親父んとこ行ってこい」 言われなくとも、と不機嫌そうにのそりと動いて、もう一度ジーナの額にキスをすると「部屋で」と言い残してようやく親父の部屋へと向かっていった。 ジーナは首の裏を掻きながら硬直している女達をちらりと振り返り深いため息を吐いた。 「あの甘えん坊、私がいない間どうしてたんだ?」 「うん?フツーに長男として頑張ってたぜ」 「……私、もう一度、出たほうがいいかねぇ」 あまりの威厳の喪失に思わずそう呟けば、親父の部屋の扉が突然開いた。 「ふざけんない!許さねぇぞ!!」 「なんで聞こえんだ」 「やっぱ、愛じゃね?」 (おかえりハニー) 「オメェは……自分の言葉のマルコへの威力をいい加減わかれ」 「ごめんなさい」 ……ぐずっ。 腰にへばりついた嫁が剥がせません。