ジーナの生まれた島には“シエスタ”という習慣があった。 夏島の強い日差しが昼時てっぺんに上がる太陽の中さらに強くなる。 そんな中、仕事なんぞ大して進まないため、ならば朝は早めに出て熱い昼には長めの休みをとり、午後働くという、効率良い体制が整うのも当たり前だった。 10歳までという短い年月ではあったが、その習慣に体は馴染んでいたらしい。 今でも体はシエスタを求め、ジーナはその欲求のまま忙しくない時に限って昼寝をしている。 そのシエスタが最近、二人ですることが多くなった。 ジーナは微睡みからぼんやりと覚醒した。 もぞりと身動ぎするが、腰に回った腕がそれを抵抗する。 うっすらと開けた視界に、親父をかがげる刺青が彫られた固い胸板が広がっていた。 狭いベットの上、昼の日射しがカーテンの隙間から差し込む部屋で、隣を占領するのはもちろんマルコだ。 (珍しい……寝てる……) 昼寝は元より必要のない彼がシエスタの間している事と言えば、腕枕をしてジーナを抱え込んで頭を撫ぜていたりと、恥ずかしいくらいに愛でているらしい。とにかく、恥ずかしい。 腕枕を毎回したいとねだる彼に、まったくと笑みを溢すしかない自分も大概甘いのだが。 一緒に入れなかった時間も長かったのもあり、マルコの“デレ”は予想上だった。 側にいて、余所見はするな、膝枕をしろだの、甘ったるくなる要求に年甲斐もなく頬が火照る。 そのしっかり者の気質故か親父からの信頼もあり、仲間からは長男と慕われているこの男が、だ。 気を抜けるの相手が自分であることが嬉しい、自分の乙女思考もかなり恥ずかしい。 伸ばした手でさらりと金色の髪を撫ぜてやれば、すり寄るような仕草をしてくる可愛いおっさんに笑みを溢す。 まだ、もう少しと胸に頬を寄せてジーナはまた微睡み始めた。 「あぁ、マルコならシエスタだよ」 「そうか、それは困ったなぁ」 食堂を尋ねたビスタはサッチの返答に、言葉とは似合わない笑みを溢した。 「急ぎか?」 「いいや。なら一息つこう、珈琲をいただけるかな?」 「おう、今旨いのいれてやらぁ」 サッチはそう笑って応え厨房に引っ込んだ。 食堂でたむろしていたのはイゾウと爆睡中のエースで、その傍の席に座ったビスタにイゾウが呆れ混じりに笑いかけた。 「まったく、締まりのない長男坊になっちまって」 くつりくつりと喉を鳴らして笑うイゾウに、それくらいでいいんだよと椅子に腰を下ろしながらビスタも笑う。 「もとより気の張り過ぎているところがあったからな。 今ぐらいの息抜きくらいは必要だったのさ」 「まぁ、そうさなぁ」 長男はつい最近、長年の想い人をようやく手に入れたことでいままで溜まりにためた“デレ”を見せている。 マルコの“シエスタ”とは、ジーナが元より昼寝を求める体質らしく部屋で仮眠しているところにマルコまで乱入していることだ。 マルコは寝ている場合もあるが大抵起きてジーナを見つめている。 ようは二人っきりになる理由が欲しいのだろう──だからジーナが起き出してくるまでマルコは動かない。 緊急以外で呼び出せば、その日の残りはずっと不機嫌で仕事にならない。 困った長男坊は、今日も静かにシエスタに微睡む。 「相当、長い片思いだったよなぁ」 「あぁ、ありがとうサッチ。そういやお前達3人は、ほぼ同じ時期に船に乗ったんだったな」 「おう」 ビスタの珈琲と共に、自分の分も用意してきたらしいサッチはビスタの隣に腰を下ろした。 「俺が乗った島の前の島で、二人が乗り込んだって親父から聞いたな」 サッチはマグ片手に昔を思い返すように視線を斜めに流す。 「最初は実の兄弟かとも思ったが、いろいろ毛色も違かったしマルコははじめからアレだったしな」 「まさか!乗る前からだったのか」 「ジーナのほうは、兄弟みてぇに想ってたみてぇだが。 少しうちの兄弟は手が早くないか、と俺がこっそり相談にのってたくらいだ」 「まったくジーナらしい」 マルコの想い人と言うのは、我等が長女・ジーナだ。 白ひげ初の女戦闘員と言うことで古参から妹のように可愛がられ、すくすく逞しく成長した。 些か、逞し過ぎたかと親父がいつだったかぼやいていたが。 彼女はのちに続く女戦闘員のために兄弟達を教育。 彼女達に同意なく不埒な真似をしたら、恐ろしい制裁が待つという恐怖の下半身の躾である──その後、親父の頼みで長期のお使いに出ていたが、先頃ようやく帰還を果たした。 「しかし、あの強烈宣言がお互い本気だったとは」 くつりくつりと喉を振るわせ笑うイゾウに、ビスタは確かにと笑みを溢した。 見送りの宴の最中、よぱらったジーナはマルコにこう宣ったのだ。 “無事に帰ってこれて、お前がフリーだったら嫁に貰ってやるよ”と。 「普通、マルコの台詞だよなぁ!」 あの時の騒ぎを思い出してかげらげらと笑うサッチに、ようやく寝ていたエースが起きた。 「んー…みんなして何盛り上がってんだ?」 「うん?マルコとジーナの話」 噛み殺せきれない笑いを残したままサッチが答えれば、ジーナさん?とぼんやり呟いてエースは大きな欠伸をした。 「そうや俺来てからだいぶたって帰って来たから、ジーナさんが長いの知らなかったなぁ」 「マルコとサッチと同じぐらい長いんだってよ」 「えー、ジーナさんいくつだ」 エースが驚くのも無理はない、それほど長くジーナはこの船を離れていた。 だからこそ、ジーナのいない間に入った女達が無鉄砲にも彼女につっかかってくのだ。 「エースみたいに、ジーナ知らない奴は今多くなってるし。 マルコの奴が悪いから、ジーナもまだ可愛いげのある報復だからほっといてるけどさぁ……」 古参のメンツは、幼子が狼に「ワンちゃん!」と言って向かっていくようなものでとても心臓に悪い。 ジーナも大人なので、今はまだのらりくらりと逃げているが、元より気の長い子ではないのでいつ導火線に火がつくかわからない。 つまり、とっても心臓に悪い。 「まだ可愛いげあんのかアレ、本当女ってえげつねぇって思うぜ」 「女って生き物は、そんなもんだよエース。お前はまだ女をよく知らないねぇ」 からかい口調のイゾウにエースは唇を尖らせる。 「でもよぉ、いい加減しつこいぜぇ。最近、ジーナさんの眉間のシワがひでぇし」 「それは確かに」 この船は家族同士での死闘は禁止されているため、あからさまにジーナに戦いを挑むバカはまだいないが。 女の浅知恵か、その抜け穴をついた嫌がらせは見ていてひやりとする事が多い。 さらに嫌らしい事にそれは全てマルコが見えないところで行われることだ。 「こりゃ、もう原因がどうにかするしかねぇんじゃねぇの?」 「マルコがぁ?やめとけやめとけ、悪化するだけだ。 ジーナにメロメロのあいつが何言ったって惚れ気にしか聞こえねえよ。相手を逆撫でするだけだ」 サッチの言葉は真実だろう。だからマルコも口をつぐんでいる。 「でも、火山の大噴火を知っていながら放置しておくのかよ?」 「むしろ爆発させちめぇ」 鬱憤も貯まってるだろうしなと、イゾウは笑った。 その発言にサッチが半目でイゾウを睨む。 「イゾウ兄さん、楽しんでは駄目よー?」 「当たり前じゃねぇか、楽しんじゃいねぇよ。可愛い妹が苦しんでんだ」 だから尚更だよ、とイゾウは喉を震わせ笑う。だが目が笑っちゃいない。 「だから、物分かりの悪いのには1つ灸据えがわりに痛い目に合うといいのさぁ」 ビスタも、そうだなと1つ頷いた。 そんなイゾウとビスタを見比べて「俺、どうなっても知らない」と青い顔のサッチがそう呻くと空になったマグを手に逃げた。 「ジーナ姐が爆発するとすげぇの……?」 サッチの背中を見送ってからおずおずとエースが聞いた言葉に大人二人はにたりと笑った。 ジーナ爆発、数日前の会話であった。 (彼の居場所)