出張、と言う名のドクタケまでの敵情視察を終え帰路についたのは、もう月が天辺についた頃。 視界の隅にちらついた光に振り返れば、近くに川があったのを思い出す。 微かに滲む汗、渇いた喉の痛みを思い出して、急ぐ帰路ではないことを言い訳して寄り道を決めた。 今になれば、それは少し間違いだったかもしれない。 川幅はあるが底が浅い下流付近の川は、視界が開け過ぎているほどに河川敷が広い。 小さな砂利を踏みしめ、川岸を目指していると、不意に鼻腔を刺す匂いを感じとった。 走らせた視線──川の中洲に同業者とおぼしき姿を見つけた。 (あれは──……) 辺りの気配を探ってから、川岸に向かって走り出す。 水を蹴散らしながら中洲まで辿り着き、近くでその姿を見下ろせば、やはり。 「雑渡……」 うつ伏せで倒れる男は力尽きてここまで来たのか、体の半分は中洲に乗り切らず川の水に浸している。 その水が、月明かりにも赤く濁っているのがわかった。 今一度、辺りの気配を探る──男の敵どころが、部下の気配さえ感じられぬ現状に溜め息を一つ。 「以前、生徒が助けられた借りがあるからな……」 仕方がないと、自分に言い聞かせるように呟いて、男の体を抱え上げた。 ::::: (──……) 雑渡が意識を取り戻した時、そこは川の中洲ではなかった。 霞む視界に見えるのは、小屋の低い天井。 「起きたか」 呟かれた声に視線を向ける。焚き火越しに、見知ったくの一が自分を見下ろしていた。 敵に捕まったわけでは、なかったようだ。 まぁ、ある意味敵対はしている同士ではあるのだけど、今の彼女に何かしてくれよう、みたいな様子はない。 いや、変な発言しない限り、いつもないけど。 「あぁ……悪いね、助けられたみたいだ」 体を起こしながら、すでに手当て済みの傷に触れる。 巻かれた包帯の下は、仮縫いと薬まで使われた丁寧なものだった。 「前に、生徒がお前に助けられたから」 ぶっきらぼうにそう返しながら、彼女は焚き火に木を足す。 その熱に水に浸り冷えた体がじんわりと暖まっていく。 「……そういや、私の忍装束は?」 「濡れてたから、そこに干してる」 「いやん、えっち」 いつもの文句は返ってこなかった。 焚き火の炎を見つめる黒い瞳が何を思っているのか雑渡にはわからない。 困惑気味に触れた顔に、少しだけ理解する。 「ねぇ」 「何だ」 「私の顔は、酷いもんだろう?」 細められた目に晒されているのは、包帯の下の素顔──醜い焼け爛れた顔だ。 たとえくの一と言えど、こんな汚いものは見たくないのが女の心理。 吁、彼女も女だったのかと男は腹の底で哄笑した。 「色男だと言われたいのか、その顔で」 返った声は酷く呆れたものだった。 また木を足された焚き火が、パチパチと火花を散らして燃え上がる。 「──命は残って良かったな」 焚き火に赤く照らされた顔が、微かに微笑んでいるように見えた。 吁、勝手な早とちりだったらしい──彼女の態度が変わったのは、この素顔のせいじゃない。 「ふふふ」 彼女に全てを晒せて嬉しいやら、自分勝手な勘違いに恥ずかしいやらて小さく笑みを溢せば、怪訝そうに彼女がこちらを見る。 「いやね、何だかいつもと君の反応が違うから。 勝手な思い違いをしてしまったよ」 「あぁ………そりゃあ」 彼女が見上げた先に、着ていた物が干されている。 「全裸の男に、普通の態度がとれるほど、女は捨てちゃいない」 靡く白褌に雑渡はかけられた掛布の下、自分が全裸だったことにようやく気付いた。 「いやん」 「……なんか色々、萎える」 「えー」 「あとは部下呼ぶなりなんなりしろよ」 「うん……ねぇ」 「?」 「助かったよ」 貸しを返しただけだ、そう言って彼女は目を伏せた。 それが照れ隠しだとわかりゆるく笑う。 「着てないついでに、一発どう?」 「死ねよ」 ようやく彼女の切れ味のいいツッコミが復活した。 やはり、まだこれぐらいの関係がいいよね。今は、まだ。