作業曲:yann tiersen/ la redécouverte
三馬鹿と遊園地シリーズ:トリックアートハウス
玩具箱の喧騒
渓谷への出動要請を受けて現地に入ったのが四名。岩を模したヴィランは、ハイキング客を巻き込むこともなく無事彼らによって捕らえられた。そして二名は吊り橋の麓へ、後の二名は谷底へ。
崩れていく鍵盤のように連なる板、
両手を目一杯に広げる木々、
古ぼけた鳥居、お社の赤い屋根。
助けを求めなかったヒロインと、
何も掴まず飛び降りた人影の先の、黒いグローブと。
上空へ登っていく幻想を見せる滝壺の飛沫を浴びて、沢山の物に護られながら、二人は朽ちた屋根を突き抜けて社の床下で止まった。
宝物を玩具箱に仕舞い合ったまま、目指すものの副作用を恐れて確約の橋を渡れなかったでたらめなヒーローは、脚を絡ませて身体を。掌と這わせるような腕付きで背中を。頭をジャケットに押し付けて、ゆっくりと指の圧を開いていく。
本物の英雄は、
決してワニを恐れたりなんかしない。
「ッデエ……」
「!?…やだごめんひざし!変なボタン押しちゃったかも!」
「変とか言うな?!」
「あっ…ごめんそういう意味じゃなくて!壊れてない?」
「問題ねぇヨ!んな事より…大丈夫か」
「…うん」
「ホントかよ…震えてんぞ」
「大丈夫」
ひざしが居るんだもの。
大丈夫に決まってるじゃない。
相変わらず灯る支えに照らされて、私の恐怖は年々薄まっている。今ならきっと、あの日の四面に囲まれても呼吸を荒立てたりはしないだろう。流石に今回は、落下であるから、…無理があったかもしれないけれど。
「見んなよ」
「違うったら、それは治ったってば」
勘違いをする優しさは口内で弾ける飴のように甘い回想を連れてくる。何にも囲まれてはいないけれど、向かい風を浴びすぎて純粋を振りかぶれる熱さから冷めてしまった大人では、違った壁に閉塞感があった。
「寒いか?」
「違うわよ、死ぬかと思ったの!」
「助けんだから死ぬわけないだろ」
「ひざしが……死ぬかと思った」
間髪入れず返されていた言葉はとまり、
背中を撫でる手が隙間を産む。
きっとあの瞳は揺らいでいる、
そう思うと見上げる事はできかった。
救う事を躊躇わないのは、二人で演じたでたらめな映画のワニなんて怖くないから。それでも今感じている、大人になっても止まらない恐怖と震えは、更に向こうを目指し合う私達にしか見えないまた違ったワニが居るから。
橋を飛んだ彼の目が、
どうしたって心臓に引っかかる。
あなただけは生きて欲しいという願いは、歩み続けるこの道では叶わぬ事もある。それでもきっと、私達は互いに、叶いもしないのに、心のどこかでは、時々道を外した生を祈っている。ひざしの止まってしまった手を思うと顔なんて見られる訳が無い。私達はあの時から、ずっとこのままを祈り、願い、仕舞ってきたんだから。
言葉もなく、ただ我武者羅に力を篭める両腕と、小さな呼吸繰り返す私を抱き締めて余る程の大きな胸とに隠して、この人も大きなワニに怯えている。
「すげぇよなぁ!!ヒーローは」
「なによ」
「助け合えんだぜェェ」
「ねえ、声大きいったら」
「二人とも生きただろォォ」
「うるさいったら」
「なぁ......真剣に言ってんだよユメ。これでも」
張っていた声は一回り小さくなる。
合わせる事ができない目をせっかく迎えに来てくれた暖かな両手を、涙なんかが汚してしまって忍びないのに。一足先を行くような、周りを見る事をやめて真っ直ぐに射抜く緑の必死さが、また大人の壁を溶かし始めていた。
「もうやめようぜ、置いとくのは」
流れ続ける涙を編み込む指先は、人肌から生を確認し続ける焦燥であるのに、彼の心を映したような温もりと繊細さで頬に溶ける。置いてきた二人の心臓を混ぜ合うような唇で、やっと想いを受け止め合えた気がした。
「死ぬときゃ死ぬから」
「うん」
「生きてるうちはよ」
「うん」
「もう一緒に居ようぜ、な」
「うん」
足の間に落ちた携帯も拾えなかった純真を遠ざけて熱をあげる唇であるのに、その透明感は谷から舞い上がった滴よりも透き通って私達を閉じ込める。
嬉しそうに食べる小刻みな呼吸を、眉を歪めながら自身のグローブで自制した彼は、置いてきたと一言、白雲くんと相澤くんに救難信号を送るため私の胸ポケットから簡単に携帯を引き抜いた。
「これ押したらどうなるの?」
「ボリューム、かな」
「こっちは?」
「......範囲」
「コレは?」
「......内緒ボタン」
「押してみてもいい?」
「なァ......俺より喋るじゃん?」
「だって」
「仕っ方ねぇな......イイヨ。押してみ」
「......何も起きないよ?なぁにこれ」
「お願い事ボタンだよ。ほら、言ってみ」
叶いたかった癖に叶ってしまって迷子になるデタラメな動揺はずっと遊ばれて。何年も閉じ込めたずっとこのままをやっと言えたのに、聞いているようで聞いていない同じ言葉を繰り返す唇に、私はまた直ぐに飲み込まれてしまった。
【玩具箱の喧騒】
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