作業曲:yann tiersen/ la redécouverte
三馬鹿と遊園地シリーズ:山田くんとトリックアートハウス

玩具箱の不整脈




白雲くんと相澤くんは行列のキャラメルポップコーンに並んでしまって、残された私と山田君はポケットのライドチケットを見せあっていた。


「山田くんはあと何枚?」
「俺三枚、ユメは?」
「おんなじ。あと三枚」
「へ…なんで?」


大体の乗り物は偶数だった。山田くんはジェットコースターを乗る時に隣合う点線を超えてしまって、交換してもらえるのに丸めて捨ててしまったからの三枚だ。


「なんでって…なくした…から」


本当は失くしていない。
私の一枚は、
すれ違う他校の女子の噂話にかどわかされて、
カーディガンのポケットの中にある。


ねえしってる?
この遊園地縁結びのジンクスあるんだよ。
チケットの裏にお願いごと書くでしょ?
ゲートを出るまで誰にも見られないでいられたら
お願いごとが叶うんだって。


次の方どうぞのアナウンスにわざと遅れ、三人の目を盗んだ私はミステリーハンターのペンで謎も解かず、チケットにずっとこのままを望んだ。
山田くんと、と書けなかったのは、お連れ様ですか?と案内人に煽られたからでは無い。全部を壊すことなく届くなんて思っていなくて、でも叶って欲しくて、ドキドキして言えもしなかったからだった。もし見つかってしまっても「皆と」って煙に巻けばいいんだと、本当を書ききることができなかった。


「なあ、次のチケット買うとキリが悪いからさ、使っちまおうぜ」
「三枚だよ?どこで?」
「ほらアレ。三枚って書いてる」


山田くんが指をさしたのは、見るからに人気の無さそうなトリックアートハウスだった。他のアトラクションより古ぼけた看板には確かに、三枚と記されている。


「二人にバレるとうるさいかなぁ…秘密のお散歩になっちゃうけど…」
「ヒっ…みつ…とか、…ではないけどネ」
「でも私、狭いところ怖いから全部はまわれないかも」
「マジ?やめとこう」
「………やだ。…行き、たい…」
「……えっ………えー…と…」
「…広い部屋…だけでいいから。その」


ひっくり返したイイヨが、隣のメリーゴーランドから流れてくるおもちゃ箱みたいな音楽に溶けていく。見つかる前にと、すぐ背中になってしまった山田くんの絡まった指先は、引かれた旋回の残像で、揺れるユニコーンの頭のぎこちなさを模していた。


「誰もいないね」
「ソッだね」
「貸切だ……見て!大きいソファ」
「ユメ小人みたいだ」
「違うよ、山田くんが巨人なんだよ。おいで、巨人さんの椅子はこちらですよ」
「オ…いでって…言うなよ…。……犬みてぇだろ」
「わんわん?」
「……わ、ん…」
「小さくなりましたね」
「元に戻ったんだよ。次行こーぜ」


斜面でふらつかないように伸ばされた指が私の指先を掴まえる頃には、小人を笑った偉そうな巨人は元気のない犬みたいになってしまった。いつもの山田くんは等身大に戻ったのに奇跡みたいに思えてしまって、思ったより近くにいると思うと、背伸びの必要なんて感じないほど小さく見えた。

大きな扉をくぐり、小さな扉を閉めて。
錯覚の吊り橋を跳ねて、下って。
わざと踏み外したヒロインの「助けてヒーロー」と、「そこはワニが居るから無理」とそれっぽくない事を言うヒーローの即席B級映画を演じて。

夢見る千鳥足が次の敷居をまたぐ頃、
私は暖炉の部屋の宝箱につまづいた。


鈍い音と、腕と背中の衝撃で思わず目を瞑ってしまったから何が起きたか解らなくて、ただ自分ではない温もりがまだある事に安心する。ゆっくり目を開ければ、山田くんの膝の間に収まった私が、尻もちを着いた山田くんの両手を押さえ込んでいた。


「ごっ、…めん!!ね」
「ダっいじょぶ!…だっケド」


その瞬間、四面を囲む閉塞感に気がついてしまって、
ぐるぐる回る視界がすぐ側の山田くんを追いやるみたいに遠のいていく。大袈裟にならないようにと僅かに残した冷静さで一呼吸を吸い込んだけど、勝手に心臓がボリュームを上げて、吐ききれない呼吸を、短く刻み始める。

苦しくて力が籠る指先を無理やり解いた山田くんの掌は、ゆっくり頭を包んで、瞬く間に私をシャツのボタンに押し付けた。


「待って、周り見ないで。大丈夫だから」
「ど、どうしよう」
「大丈夫だから」
「せ、まい」
「本当は広いよ。大丈夫」
「閉じ込め、られたの?」
「違う。…俺が、お…れが」


前髪に掠る呼吸が同じだ。
小刻みに肌をくすぐる毛先を思ったら、なんだか飛び出せそうな気がして恐る恐る目を開ける。周りを見ないように私から視線を奪おうとする緑の必死さが、不可能を溶かし始めていた。


「…捕まえっ…た、だけだ!…から」


山田くんのこの目を忘れたくない。嘘をつかない山田くんのでたらめが、怖がりな私を真っ直ぐに支えてくれる。こんなヒーローの腕の中で怖いなんて、嘘だ。大好きなんだ。大好きな山田くんが言うんだから、大丈夫なんだ。


「ずっと、このまま」


携帯を預けてしまった山田くんに変わって、白雲くん達を呼ぶ重大な任務を貰った私の携帯は、チケットで滑って、スカートを跳ね、山田くんの太腿を下って谷底へ逃げて行く。ワニに躊躇うヒーローが代わりに掴んで読み上げたのは、叶わなくなったジンクスと、震えてひっくり返ったオレもと、でたらめな奇跡だった。


 
【玩具箱の不整脈】


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