作業曲:ヨルシカ/あの夏のルカver.少年時代
長編 【木苺の香る誰時たれどき
webオンリーイベント サプライズ番外編

梔子くちなしの香る宵闇






二度寝に無理やり連れ込まれたが、
いざ離れてみれば惜しく思う。

寒いからお願いと腕を引いた彼女の「ずっと寝ていたい」と言った言葉が意味するものが、涙に負けて抱き締めて眠った昨晩のあの熱を思い返すためだったらと思うと、次は自分が離れていく腕を引きそうになる。


付かず離れずの距離からただ見守り、
ユメが振り向くまでは狡い事はしないと決めた筈だったが、帰ってこないのは寂しいだとか、俺がいいと言わんばかりに泣かれれば、そんなものに勝てる訳もなく。

彼女が欲するままに与えていたくなる衝動を、ただただ甘やかし続けてしまう。こんな事を続ければすり減るのは自分自身であると理解していても、一度その熱を知れば理性は少しずつ削られてしまう。


「早く夜にならないかな」

「まだ昼だぞー。流石にそれはすっ飛ばしすぎだろ」


数時間後の飲み会を楽しみにする彼女はキッチンへ消えていく。逃げた熱が惜しくて追いかけ、同じように水を飲み、冷蔵庫を覗いた彼女を覗く。


「じゃがいもと人参しかないね……カレー?」

「いいじゃんカレー。さっき夢に出てきたわ」

「食いしん坊じゃん!どんな夢みてるのよ」

「何年か前、ユメと行ったインチキカレー屋のだよ」


からかっていた顔がキョトンとする。
手まで止めてしまった彼女に変わり、
冷蔵庫の扉を閉めた。


「覚えてねーの? ”髪切って帰ったら彼氏に俺はロングが好きだったんだとかサイテーなこと言われた〜”っつって泣いてただろ。あん時の晩飯食った店」

「オボエテマス、その説もスイマセン。……でもインチキだっけ?あのカレー屋さん」

「ユメが言ったんだろォ?ターメリックじゃなきゃ本格じゃなーい!!ってよォ。……本格カレーって書いてたから入ったのにターメリックライスがただの着色料だったヤツ」

「ああ〜!!そう言えば!」

「今日本格カレーにしようぜ」

「売ってるの?ターメリックって。そんな簡単に見つかるかなぁ」

「黄色い飯ならサフランでもクチナシでも何だっていいだろ。あるもん買っちまえ」

「待って待って!ひざし!それ本格カレーじゃなくて本格インチキカレーになっちゃう!」

「おぉ?カレー屋に謝れェェ?別にインチキって訳じゃねぇからなぁ??」


笑い始めた彼女を見て、
今ばかりは憂いが無いことを、
俺との記憶で笑ったことを、

シャツを揺らした楽しげな手が、
また腕に触れた事に満たされていく。


「うーし、決まりだ。材料買いにくぞ」

「え、本当にカレーするの?そんなにお腹いっぱい食べたら今日の飲み会の分が」

「腹いっぱい食わなきゃいいだろ」

「それは食べ始めたら理性が…いっそ食べない選択肢はありますか?」

「あのなぁ。悪酔いすっからナーシ」


靴を履いて並んだ玄関前、
閉めた鍵をポケットに押し込む流れ作業の無意識が、なんの疑いもなくその手を掴んでしまって息を飲む。

飢えは悪酔いを呼ぶが、つまめば際限はなく。
同じく戸惑うその手をそれでも引いて、いつかは腹一杯に満たされてみたいもんだと、今日も理性を甘やかした。


 
梔子くちなしの香る宵闇】


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