作業曲:Jeremy Zucker/Always I'll care
コカトリスが眠る箱の外




ジーンズに深かぶりの帽子、
ゴツゴツとしたサイズの違うスニーカー。

そこへメンズライクなリュックを背負い、
黒いこうもり傘を差せば、
まるで少年の旅が始まったように胸が高鳴る。


駅のホームはもう、みんなが零した雨の雫で薄く濡れている。エスカレーターへ逃げていく群れからはぐれて階段へ躍り出るご機嫌な足は、ぶかぶかな靴のせいで少しばかり水滴を飛ばしたかもしれない。


―駅前のスーパーに入って、反対側の出口から出て


たったの二駅で降りた私は、
受信したメッセージ通りにスーパーへと入る。
いくつかのレジと案内所を素通りし、
自動ドアを目指しながら、次のメッセージ待つ。


中々次が送られてこないのは、私の歩調を気にかけてくれているからなのだろうと思うと擽ったい気持ちになって、今から出ますの返事に緩いスタンプを添えた。


―Nice!出たら次左な。真っ直ぐ行ったら右手にグランドホテルがある。そこのロータリーに。


自動ドアを抜ければ、お買い上げありがとうございますのアナウンスに被さる雨音と雑踏が吹き抜けるから、うっかり攫われた毛先が流れてしまって肝を冷やす。慌てて当たりを見回し、ほっと胸を撫で下ろした私は、また帽子の中に髪を仕舞い込んで、こうもりを広げる。
着きましたと送信した頃、次は電話が鳴った。


「OKハニー、いまからハイヤーが迎えに来るぜ。今からハニーの名前は“斉藤”さんだ」

「……斉……藤……さん?……ふふふ」

「こらこら。あんまり笑っちゃ可愛いのがバレちまうだろ」

「……斉っ…藤、…気をつけます」

「めちゃくちゃ笑ってんじゃねぇか。あ、ちなみに俺は伊藤だからヨロシク」

「っ……。ふふ、……また後で、伊藤さん」


電話を切って数分、
地面をつつき、傘の雫をコツコツと落としていた視界に一台の車が止まる。
降りてきた運転手は、「斉藤様でいらっしゃいますか。伊藤様のご依頼でお迎えにまいりました」と言った。

うやうやしく頭を下げているのに、どうにもデタラメが面白くて、笑ってしまいそうな口を袖で押さえ付けて、頷くことしかできない。


どこへ運ばれるかも解らないが、
遮断された窓の外で降る無音の雨が心地よくて目を瞑る。うたた寝の中で顔を出した彼の分身は、晴れの温もりで頭を撫でていた。



【コカトリスが眠る箱の外】


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