作業曲:Still Caravan/Tune
先生と生徒
mimic
(ものまね上手)


やまださんがころんだ





「失礼します、マイク先生プリント持ってきました」


「イーヨゥ」



ノックをしてすぐ間延びした返事が聞こえて、片腕で抱いた全員分のプリントを支えながら腕で戸を開ける。

職員室ではない準備室で、開放的にデスクへ足を投げ出していたマイク先生はいつも通りであるのに装いだけが違っていて、思わずプリントの束を落としそうになってしまった。



「マイク先生……その格好」


「ンー?ちーっとな、手伝いで」


いつもの黒いジャケットは背もたれに、何故だか白衣を着たマイク先生が椅子のキャスターを軋ませている。


「……まあ、んで返しそびれてそのまま休憩ーって訳」


聞いておいて、
何を言っているかには意識が向かず。

あぁ、先生は黒じゃなくたって、反対の真っ白だって似合うんだなぁだとか、金色の髪は白にも良く映えるし、どっちにしたって大人の男の人の魅力が出てしまうんだなぁと、自分自身にとってアダルトさの象徴でもあるヒゲの動きを眺めながら、その下で薄ら開いては閉じる唇を見て、さらに心臓の音を早めていた。



「………………格好良いなぁ」


「っハー?!」


「ジャケットじゃない……マイク先生も、好き」


「かーっ!!…………ハーイドウモリスナーセンキューセンキュー」


「適当な感じ、なんか嫌です」


「あーのネ。この前もあんま言うとセンセ困っちゃいますヨー?っつったろ?」


「ハーイティーチャーソーリーソーリー」


「おお?いい度胸だぜまったく。ほーら。見送ってやっからとっとと帰れー」


「ええ、もう少しお話したかったのに」


「次の授業でイヤんなるぐらい当ててやるよ」



背中を押されて廊下に飛び出た私は、
仕方なく来た道を歩き始める。


扉を占める音がしなくて振り返れば、
マイク先生は言葉通り本当に見送ってくれるようで、肩肘を扉に預けたまま、傾いてこちらを見ていた。

こんなの、
真っ直ぐ帰られるわけが無い。



「やーまださんが、こーろんだ」


わざとだるまさんが転んだのリズムを取って振り向き、額に手をかざして呆れる先生が、ため息をついてからニカッと笑うまでを見つめる。

もう一度進めばきっと、
先生は乗ってくれるようで乗ってくれなくて、
ご機嫌で私が帰るのを見送ると、
途中で引き返してしまうんだと思う。

だから
ペンケースの中から引き抜いた鉛筆で、
壁に薄く落書きをして見せた。



「あーゴラ!!先生の前で!」


「だって先生来てくれないじゃないですか。ちゃんと見送ってくださいよう」


「解ったから!ちゃんと消せよ!…………ほー?……ンだよ隠しちゃって。……センセェヤダァウザァイとか書いてたら俺泣いちまうぜぇ?」


慌てて走って来た先生に相合傘を見られないよう、まずは両手で隠して、悪い子を暴こうとする先生の一人劇場を見る。
先生が真似るデフォルメされた私は全く似ていないけれど、その楽しげな表情は、ときめきを拾って貰えたように思えて嬉しくなった。



「ほら!とっとと見せろっ」


「やーです!!」



壁に押付けた手と、一本ずつ指を剥がそうとする攻防戦で先生の腕の中に収まり、互いに譲らない必死さに吹きこぼれた笑いを混ぜ合う。

一番の特等席を貰えた私は、
どの道心臓の音が限界で、手の力を抜いた。



「じゃーん!センセと私、ラブラブ。」



フリーズしてしまった先生の腕の中で向き直れば、口を開けた先生が、酷い動揺でわなついている。


至近距離で見る好きな人の照れた顔は、
どうしてこうも、
鈍器のようでいて鋭利なんだろう。

頭はぼうっとしてしまうし、胸は痛むし。
結局誇らしい顔で最後を飾るという予定は上手くいかずに、ただ移されたように身体中が温度を上げていた。



「……っ!消せ消せェ!こんな事しても点数はやんねぇぞォォォ!?」


「消しゴム、無い」


「なんで持ってねェんだよ」


「見つかんなくて。今日男子とキャッチボールしてて窓から投げられた」


「はァァ?!どいつだコンニャロ。内申点マイナスにしてやる……ちょっと待ってな」



やっと動いた先生の、白い背を翻した首筋と横顔の色味、視線を外したあとの僅かな緩みに最後まで射抜かれて、準備室に戻っていく姿をただ眺める。


急いで入ろうとしたせいで、勢い付いた片脚を滑らせてしまい、そのせいで体をぶつけた先生は、締りがわるそうに一旦立ち尽くし、改めて扉を開ける。

バンと音を立てた隙間からは白衣の裾がはみ出していて、遠近法で続く廊下の横から飛び出た白が少しも動かない事に、思わず口元を両手で覆ってしまった。



後先も考えずこんな事を描いて、消してしまうのは視覚的に切なくなりそうなものだった。
でも、それを消していく先生の指先は優しくて、丁寧で、丸みがかった角で鉛をなぞり、壁の窪みに乗ったアラは、反対側の灰色で削り取っていく。


長い指先でクルクルと消しゴムを回し、
自分の名前は手早く、
私の名前だけ時間をかけてなぞる。


最後にまた白を当てて滑らかにした先生の、
「傷が付かないようにな」と呟いた一言と微笑みで、ひとつも悲しまずに、今日も想いを重ねた。



真ん中のスラッシュで砂消しになった消しゴムと飴を貰った私は、靴箱を抜けてから飴の袋を開けた。いつかの昼休憩に、食べたいよねと友達と盛り上がっていたパイン飴だった。


嬉しさと酸味で思わず頬を包み、
片手でもうひとつの砂地をなぞる。


もし。
優しく、丁寧に、
この端っこを使い切ることができたら。


両極が曖昧に混ざった繋ぎ目を見れば、
廊下で遊ぶ不真面目な生徒と先生が、廊下の真ん中で転びあって幸せになれるような気がしてしまって、私はまたひとつ増えた宝物を大切に胸ポケットにしまった。




やまださんがころんだ


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