作業曲:jay sean feat.Chris&Don J/U Are the one
aerodynamic
(空気力学 航空力学)


空気の力学




いつものルーティンや、冷蔵庫を開けた時に交わされる「貴方も飲むか」といった何でもない会話が今日はひとつもありはしないが、ユメは特別その事を恋人に問い掛けたりはせずにいる。

気にならないのではなく、
そのようにするべきだと思っているのでもなく、
ただどのように関わりを持てば、どんな自分自身で在れば彼と良好な関係でいられるのかが、彼のあの表情を見る度に解らなくなるのだ。


張りもなくボソリと落ちるただいまは萎れたブーツの隣に転がり落ち、執拗に追いかけてくる視線は薄く閉じて伏せられ、見上げるほどの長身はしなだれて、今なら背伸びをすれば追い付けそうな気さえする。

それらを見る機会はほとんどないに等しいが、そんな恋人を見る日がやって来ると、こうしてその分、深く何層も身を剥がれる喪失感があった。


日常が幸福で溢れている程、
ひとつも選択を間違えたくないと思う。

そしてその日常の幸福は、彼の、こちらでは捉えきれない大きさで漂っている愛から成るものと理解はしていて、部屋中からそれが途切れてしまった今、それに成り代わるものを自分は持っていないと痛感する。


及第点にも達していないのに選択を間違えれば、
なけ無しのマシな現状から一層、彼にとっての最善で居られなくなってしまう。
そんな強迫観念が、彼のためになりたい、彼のために在りたいと願うほど行動を難しくさせた。



物音一つ立てない彼の様子が気になり、
部屋を覗く理由を探して、
換気のために隣の部屋へと向かう。


開けっ放しの扉の前を通り過ぎ、窓のロックを開ければ、短いカーテンが重たげに吹き込む。
これがもし軽いレースであれば、見えもしない風の在り方を捉えることができただろうに。

部屋を洗っていく風に頬を撫でられて、
この風が次は、床の一点から動きもしない視線でベッドに胡座をかく彼の元へ行くのだろうかと思うと、自然と涙が零れた。


「ここのカーテンよう、変えようぜ」


振り返り方が解らず、
背後に立つ気配に肩が揺れる。

間に合わせで付けた麻のカフェカーテンの端を纏めるフリをした手を、腕から順に撫でる手のひらがのぼり、指先を纏める頃に背中を包んだ温もり。

とても、どうしてとは言えなかった。


「一緒に選びに行こうぜ。な」


言葉にならない返事で頷けば、
広い胸の中で、くるりと向きを変えられる。

贈られたキスは傷心に触れるような繊細さ、
緩まったままの薄い瞬きには、世界中から集めた表現すら適いそうにない愛おしさ。


「ユメ」


涙の端を啄む唇は、交互にごめんとありがとうを呟き、充分なんだと語り聞かせようとする。
そうではなく、このように在りたいのだと届かない分だけまた風に撫でられて、いつまでも涙を溢れさせていた。






空気の力学


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