作業曲:DramaGods/Interface
moment
(瞬間)


時を掴む人



 受付でバックステージパスを見せれば、ステージ開幕は明日なのに本当に会場内へ入る事ができた。もう陽は落ちかけているのにどのエリアの入口もスタッフや設営で人が忙しく出入りしている。

 パスを貰ったのは先週会った時の事。
 一緒にいられる時間は無さそうだけど良ければ会場で遊んでてと渡された特別なチケットに、胸の奥の少女な自分は溜息を着いて惚けていた。

「休みたかったらここにおいで。関係者はエリア内のこの施設で寝泊まりしてっから……俺の部屋ココな」

 抱き寄せられて、背中からまとわりつく心地よい腕に拘束される。一瞬だけ見せられたパンフレットは、腰を執拗に撫でてから、ジーンズのポケットに差し込まれた。

「……なぁユメ、来てくれよ」

 特別な日に、輝くステージで光と声援を浴びて活躍する姿を見られるなんて嬉しいけれど、いくら公認とはいえ自分の存在が見え隠れするのは引けるなぁと思う。そうやって気にかけている事をひざしも知っている。だからこそ、緊張してしまう規模でもこうして簡単に誘ってくれるんだろう。

「もし時間できたらメッセージ送る」

 有難く受けとっておいて行かない手だってあるのに、緩く巻き付く腕の中で見下ろされて唇を啄まれるのが大好きで、何も見えなくなってしまったような瞳が溶けて瞬く甘さが堪らなくて。もうこの時から、私はきっと会場へ行ってしまうのだろうなと感じていた。

 各ステージへ繋がる大きな通りを歩き、
 潮の香りを吸い込む。

 揺れるプルメリアとハイビスカス、
 夕陽を透かせるヤシの葉、
 笹の葉の短冊、君の看板。

 すれ違う関係者は、のんびり歩く私を見ては首にぶら下げたパスを見て目線を逸らしていく。納得したような表情であったし、きっと誰も責めてはいないのに、そうなると少しずつもう帰ろうかななんて思い始めていた。
 心が折れてしまった訳ではなくて、テスト運転でネオンを輝かせるジェットコースターや時々光るメインステージの照明を見て、同じ時を過ごしたい人々が熱狂する幻想が浮かび、佳境を迎えた未来の感動を先取りして満足してしまったからというのも大いにあって。ほんの少し迷ってしまって、結局どこへも歩き出せないまま迷子のようにヤシの木に背を預けた。

 ……あぁ、キスがしたいな。
 でも今は煌めきの中にいるからお預けだ。

 空を見上げて星の予感を探る。ここはこんなに明るいから天の川なんてとても見えないかしらと、決められないままでまだずっとここに居たい。
 そんな気持ちを聞き届けてくれたのか、届いたメッセージはひざしからだった。

――予定最速でこなして時間作ったゼ! サンセットビーチエリア解るか? 待ってるから来てくれよ。アロハシャツの不審な金髪が居たらオレな

 ずっと会えなかった訳じゃないのに、まるで魔が差したような寂しさから救われたような気になって、縋り付いて泣きたい程の苦しさに見舞われる。
 小走りで石レンガを駆けて、観覧車を背に目印の桟橋を越えて、波打ち際を辿る。水平線に落ちていく残り陽は、ビーチサンダルのつま先で手持ち無沙汰に砂を蹴っている可愛げな姿を映して、砂浜に長い影を敷いていた。

「大丈夫なの? 本当に抜けてきて」
「イイのイイの。今俺のフリータイムだから」

 伸ばした手を迎え合って、互いの体に纏わりつく。直ぐにハッとして離れようとしたけれど、気がついたひざしはニッと笑ってまた甘さを零していた。

「……気にしねェーの。解った?」
「嬉しいけどそんな訳にもいかないよ」

 突き放すまでの強さも無く、委ねたままの身体を右に左に遊ばれて風と揺れれば、ひざしの髪がきらりと流れる。
 流石にキスまではできないと願いを押し込めば、一層力を強く抱き締めた腕が名残惜しげに離れていった。

「イイコト思い付いちまった」
「……あんまり良くなさそう」
「どうかなァ」

 シャツを脱いで両端を摘み、大きく頭の上で掲げたひざしは、はためく布地が受ける潮風を眺めているように見えた。
 どうしてそんなに嬉しそうに風や星を捕まえているのか解らないけれど、一緒に居られる時間を思うと、今このひとときが例えようもなく煌めいて思えて胸が締め付けられる。
 まさか次に捕まるのは自分だなんて思いもしなかった私は、見蕩れたままぼけっと、緩く吊り上がった口の端や無邪気な瞳の輝きを見ていた。

「捕まえた」

 頭からシャツを被せられて心臓が跳ねる。幾らだって身体を重ねてきた癖に、私の心臓はこうして未だに大暴れをする。私が思わず息を飲めば、大好物を待つ獣が妖しく目を光らせて唇を舐め、私の直ぐ眼前で口を開いていく。

「宿り木の下にいる人はキスを拒めないって知ってる?」
「これヤシの木柄だよ」
「ウン」
「……ねぇ、だめ」
「俺がしたいんだよ。許して」

 夏の予感がするのに海辺の風は冷たく、まるで熱を持ったのは私達だけような錯覚に陥る。
 引いては返す冷熱に浮かされてタンクトップを握り締めれば、ひと口、ふた口と恋心を貪る獰猛さに変わっていく。

 またイイコトを思い付いたひざしは、
 満足そうに私を自由にした。

 「今日は早く寝るとしよう」と歩き始めて、未来の感動を思い浮かべてしまった遅れがちな私の歩みを、時々振り返ってはゆるく瞬きをし、いつまでもご機嫌にオレンジと黒の砂を蹴っていた。





時を掴む人


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