作業曲:BE:FIRST/Bye‐Good-Bye
花束にナイフ




「なぁ、卒業したら皆で花見行こうぜ」

「……めちゃくちゃ悠長」

「思っときゃイケそな気しねぇ?」

「先の情勢がどうなってるかなんて解らないよ」

「うっしろ向きィ……そりゃそうだけどよ」

「約束しにくいから、その時行けそうな人が集まればいいじゃん」

「OK、んじゃ四月……この日にしようぜ」


山田は、開いていた私のプライベートに普段通り勝手に丸をつける。めくった四月の月間ページの上段に満開の桜を書き加え、さらにずかずかと踏み込んで、三枚の花びらで真新しかったページを彩ってしまった。


「来れたら、来てくれよ」



大丈夫。お前の勘違いだ。
私一人に微笑んだからとて、好意があるだなんてさ。

ノリよく絡めるお友達ってだけじゃない。
そもそも、その「だけ」ってのが欲深なんだ。

もっと近くに居られたらって望んで、願って、
やっとここに到達したんだ。
最高の楽園だったのにさ。

それをもっとなんて欲張ったりするから楽園は逃げて、遥か遠くでまた、切望の楽園になってしまった。



「 “みんな” 来るといいね」


友達のまま別れれば、
またいつかも友達として会える。

だから我慢しろ。もっとなんてもう望んでくれるな。
皆の中の一人でいいじゃない。
この人をこの距離で、ずっと見ていられるならさ。


卒業式は曇り空だった。
写真映の悪い空を眺め、晴れなら良かったと惜しそうに言う撮影の輪の中で、自分だけが違うことを考えて上の空でいる。

その予感は当たってしまって、
日に日に増す雨は、ついに春の嵐を呼んだ。

開いたばかりの花びらを容赦なく濡らして、
暴風で巻き上げて、あちこち地面に貼り付ける。

だから窓の外の薄紅を見る度に、山田の言った皆で花見という願いが遠くに行ってしまったな、少なくとも1年後かと思った。
楽しみにしてたかなと思うと少しだけ胸が痛んで、一方で、目的が散って約束だけが残った場合はどうするんだろうと疑問が残る。

色んな願いが徒桜、勝手に散らされて可哀想だなんて、自分はさておき他人事みたいに慰めたくなってしまう。

だから、
書いた本人すら来ないだろう丸の日、
私だけは無念を見送ってやろうと決めて、
誰も居ない花見名所の地を踏んでいた。



「ユメ」


きっと、誰も居ないはずだった。

それなのに一面の桜を踏み締めるのは、ヒーロースーツをばっちり決めたプレゼントマイクで。


「やっぱ勘違いじゃなかった」


濡れて濃くなったピンクに映える真っ黒とのコントラストに、押し込めておこうとした色恋がかき混ぜられて胸が騒ぐ。見届ける筈だった山田の無念さに隠した葬ろうとした恋心が、一瞬で胸の表層を彼色にした。


「……なにが」


心臓の音を黙らせたくて、これ以上なんの期待もしたくなくて自然と腕を組み、目を逸らせる。絞り出した返事は変な緊張感を持っていた。


「絶対来てくれると思ったんだよ。……なあ、」


企みの両腕をその背に隠したまま
正面から距離を詰めてくる歩調に、
後退りをしたくなる。

それでも、サングラスの下の瞳も口元も、あと少しだけ、もっともっとと追うように盗み見てきた宝物の微笑みだったから、足が動かなくなってしまった。


「俺だけじゃないよな?友達やめてぇの」


やっと差し出された片手には咲き溢れる彩り。
散った桜に代わり、ありとあらゆるピンクを束ねた花束が突き出される。

閉じ込めた思いを一息に吸い込んだのに、
ボロボロと溢れて頬を濡らした。


「遅れてゴメン……分かってたけどよ、違ったらと思うと、その……怖くてさ」


どうにか動いた両手でリボン下を掴み胸に寄せると、花束を託した山田の手が、次のゼロ距離への一歩が自分の心臓と同じように震えているのが解る。

涙を拭おうとしたグローブが頬に当たって、
少し離れて、
そろりと目尻をなぞる指先さえぎこちない。


「俺も、好きだよ。ユメ」


変な声をこぼして歪んでいく顔を伏して俯けば、
加減難しそうに寄った体が不器用に頭にぶつかる。
壊したくなくて線を張った境界線で、
せっかくの可愛い花束が音を立てて潰れていく。


山田が背に隠したままだった最後のもう一方、
秘密の手は何も持っていなかった。


これまで同じものに恐れてきて、
今同じように動揺している事だけがよく解る。

ただ昂りと戸惑いに置いていかれていただけだった掌は、私の体の横で何度も宙を泳いで、震えながら背中へ消えていった。


「言って、早く。俺も聞きたい」


前傾だった背筋が、
急速にその手に抱き寄せられて反り返る。
無理やり吐かされた呼吸で肺が鈍く痛んで、
心臓を刺されたと思った。

縛っておいた胸の拘束を簡単に切られて、放れた鼓動が我先にと駆け出すから三年分の好きが口をついて、一層めちゃくちゃな拘束で苦しむ羽目になる。


誰も誘ってなんかいなかった事を耳元に呟いた唇はそのまま側頭部にキスをして、正面に向き直り、離れて私を見下ろす。
言葉にならない驚きを発した私の唇に不思議な質感が重なったら最後、ついに潰れた花束が足元へ落ちた。


花束にナイフ


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