作業曲:クジラ夜の街 /詠唱
陽射しのプレリュード




クラスの山田がある日、
大声で「この曲ヤベェんだって」と騒ぎ倒し、
相澤くんがうるせぇ興味ねぇと突き放した。
 
懲りずに散々良い所を誰にも分からないレベルで解説した彼は、誰にも賛同されないまま、聞く耳を持っていないその他大勢の前で、まるで眼中にない素振りでカラオケ大会を始める。サビ前で拳を振り上げる山田の白熱を強制カットアウトさせたのは出席簿で頭を叩いた先生だった。
 
彼の好きを勿体なくて拾った私は、
その着信音のアラームで目を覚ました。
 
顔を洗って歯を磨いて、シリアル食べて、
普段の流れ作業通りに家を出て、
自転車で最後の坂を下り、
正門をくぐってテニスコート前の駐輪場に止める。
 
「ねぇ今日の課題見せて」
「やだよ。バレたら殺されるよー。学食で焼きそばパン買ってこれたらな」
「は? 秒で売り切れじゃん絶対無理じゃん」
 
何台か挟んで隣で、クラスの女子が仲良し組同士で話しているのが聞こえた。諦めた彼女に成り代わって思考した私は、無理じゃないよ。四時間目じゃなくて三時間目から学食は空いてるんだ。三時間目の休み時間に走って買いに行けばきっと買えるよ。と、頭の中で考えた。

埃の匂いがする下足室のヒンヤリに包まれて、私は靴を履くより前にスクールバッグを置いて、体操服の手提げバックからカーディガンを取り出す。
 
「昨日のドラマヤバイよなー」
「まじ? 楽しみすぎて力尽きて寝てた」
「貸してやるよ」
「違うんだよ俺はその時間に見たいんだよ! 皆とリアルタイムを共有したい派なんだよ! 今最高だったよなー! ってさわげねぇの辛ぇ!」


解る。私もそっち派だ。
ボタンを二つだけ止めてローファーをしまい、上靴を履く。階段を上れば、踊り場の掲示板には皆見なさいとばかりに生徒会のお知らせと、有難そうな名言と、誰かの名作が貼られている。そこに今日は新しく、共同で作りましたの生徒合作の作品を取材した新聞部の記事が増えていた。

誰かと何かを作るか。
それは楽しそうですね良かったね。
そう思って通り過ぎた。
 
「隣の組のあいつ、あいつと付き合ってんだって」
「まじで 」
「見に行こうぜ」
 
「今これ落とした?」
「あ、ごめんありがとう」
「これ可愛いよね私好き」
「えー! そうなの嬉しい!」

眩しさとは、叶わない前提の憧れだろうか。
少しだけは誰かと、
そんな日々を送ってみたいとも思う。

でも、変化をもたらすほどの強さなんて持ち合わせていないんだ。変えていけるような勇気を生み出せる、そんな力なんて私は無いんだ。所詮そよぐカーテンだけがお友達、優しいなお前は。はためいては眩しさから遮光して私を守ってくれる。
 
人数分だけの日常に囲まれる、
教室の端から視界に入れるだけの私の日常。
それでも孤独ではない。
そんな騒がしさを眺めていると少し幸せで、
楽しそうな程嬉しいと思う。

もう少し見ていたいと思う度に感じる焦りは、さしずめ炭酸が苦手な私が、雰囲気だけで時々飲みたくなるラムネソーダのようなもんだと思う。
この体にはビー玉でも詰まってんだろうか。上手く話せなくて、着いて行けそうにないんだ、何かが怖くて。置いて行かれそうで。だから最初から置いとくんだ隅っこに。
 
何度席替えをしても後ろの角を勝ち取ってきたのは、
そんな私が認められていたからだと思っていた。
 
「席替えすんぞー」

初めてだった。意地悪に最前列。
でも私には黒板と先生だけ、私の世界には結局、相変わらず誰もいなくて少しほっとした。ここも隅っこに変わりないんだ。
しかし渋々机を引きずったものの、休み時間はカーテンも窓も傍には無く思えて、過ごし方が解らないでいた。
 
「ソーリーねェェ!! 君の神席…俺が頂いちゃって」
 
私の日常が、こんな少しの事で勝手に転がるなんて、
ましてや何もせずとも蹴落とされる事があるなんて。
 
勝手にいつも脳内参加していたせいで、もうその瞳の眩しさには慣れてしまっていたようで、今回のソーダは何の苦痛もなく、私は体につっかえた緑のビー玉を飲み込んでしまった。


「何回席替えしてもあそこだったジャーン? もう永久欠番かと思って諦めてたオレー! マジモンのセンキューだぜ。何あげたらいい? 焼きそばパン? 俺のウインク??」

「先生がさっき、目が悪いとかで変わって欲しい奴いたら、そいつと相談して変わらせてやるって言ってたぞ」

「は? 何が言いたいんだよ消太」

「山田はうるせえんだ、調子乗るだろ後ろだったら! …コイツに席戻して最前にしてやっていいよ」

「え、いや、あの、別に…」

「嫌ァァァ!! 消太くぅぅぅんシヴィすぎなーい?? 折角俺が隣になったってのに!! 体育の度に起こしてやるよ?」

「自分で起きるし、てかもっとボリューム下げろ馬鹿野郎! ユメさんビビってんだろ」

「大丈夫です…あの山田くん、」
 
五分休憩、二〇分休憩、いったい何時間休憩だっただろう。動き出した未知の時間には、とても沢山の物がぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、突然弾けた爽快さだった。


俺のウインクなる物を激推ししておきながら勝手にウインクをくれたものだから、私は二択で置いていかれた可哀想な焼きそばパンを、勿体なくて拾う事にした。
私のために争奪戦のライバルが増えてしまった事をクラスの女子に心で詫びて、三時間目あとの食堂の秘密を隠した私は、「期待しとけよ」と四時間目あとに走って行った山田の背中を、相澤君と、カーテンそよぐ教室の隅っこから見送った。

 
【陽射しのプレリュード】
 
前奏曲 オペラの幕が開く前や組曲の初めに演奏される曲。自由な形式の器楽の小曲。プレリュードともいう。


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