06

「持てるすべての力を使っても、おそらく異世界へ誰かを渡せるのは一度きり」

視線が手元へと伏せられているからか、ファイの青い瞳には影がかかっていた。

「だから、神官さんは小狼君を魔女さんのところに送ったんだよ。サクラちゃんの記憶の羽根を取り戻すには色んな世界を渡り歩くしかない。それが今出来るのはあの次元の魔女だけだから」

ファイ言葉が切れた後、空気が静まった。だからだろう、小狼の「・・・さくら」という小さな呟きがやけに大きく聞こえてきた。


耳をつんざくような甲高い女性の叫び声が響き渡った。

街中の人々が一気にざわめきだし、視線を上の方へと上げた。その視線の先を追うと、建物の上に数人の人達が立っていた。彼らは同じような衣服を身にまとい、挑発的に口角を上げながら何かを見下ろしていた。

「今度こそ、お前らぶっ潰して、この界隈は俺達がもらう!」

先頭に立っていた男が威勢よく叫ぶ。

「このヤロー!特級の巧断憑けてるからって、いい気になってんじゃねぇぞ!」

今から喧嘩でも始まるのだろうかと思うほど返ってきた言葉の声色は荒々しかった。とはいえ、建物と上と下で言い合って何をする気なのか、●●には見当が付かなかった。

建物の上で先頭に立つ長髪の男が合図をするように左手を挙手する。すると、その後ろにいた男たちが一斉に建物の上から飛び降りた。
反射的に●●は息をのみ、駆け寄ろうと一歩足を出した。その腕をファイがつかんで制止する。

「危ないよ」

ファイのその言葉を聞き終わらないうちに、激しく何かがぶつかる音がした。それに引っ張られるように●●は振り向く。するとそこには先程までいなかったはずの動物にも似た生物のような何かが火や水を吐き出していた。それらは両グループの人達それぞれの腕に巻き付いていた。
両チームの攻防が始まるとともに、人々のざわめきはより一層大きくなっていった。
それがより●●の緊張感をあおる。

「あれが巧断か」
「モコナが歩いてても驚かれないわけだー」
「え?二人とも落ち着きすぎじゃない?」

黒鋼とファイは●●の言葉に意味が分からないといったふうに、息ぴったりに首を傾げた。呆れというよりも二人の冷静さに驚きで●●は言葉が出なかった。

何かがぶつかってガラスが粉砕される音が悲鳴交じりに響き渡った。その方向を見上げるとどうやらくだんの出した攻撃が流れ弾のように全く違う方向に当たったらしい。

建物の上にまだ残っていた長髪の男をめがけて一匹の巧断が襲い掛かろうとしていた。
それを余裕の笑みを浮かべて見たかと思えば、下で戦っている巧断たちよりも比べ物にならないほどの大きな巧断が姿を現した。

水を纏ったそれは一瞬にして、襲い掛かろうとしてきた巧断と対峙していたグループを押し流してしまった。圧倒的な力の差だった。その攻撃はあまりにも強力すぎて、近くにいた男の子たちまでを巻き込んだ。

「危ない!」

穏やかな小狼から力強い叫びが発せられる。
その声でその男の子たちに●●は気が付き、落下してくる看板をとらえた。無意識のうちに助けようと動き出した自分の体を制したのはまたもやファイだと気づいた瞬間、すさまじい音ともに熱風が勢いよく吹く。●●がとっさにその発生源を探すと、そこには男の子たちを庇うように膝をつく小狼がいた。その頭上には落ちてきていたであろう看板が大きな炎に包まれて消えている。
その炎は徐々に小さくなり、狼のような動物をかたどっていく。どうやら小狼の巧断らしい。

「おまえの巧断も特級らしいな」

未だ建物上から降りもせず悪びれる様子もない長髪の男は自分のせいでケガをしそうになった男の子ではなく小狼に意識を向けた。小狼は立ち上がり、男の子たちの前へと静かに移動する。

「炎を操る巧断か。俺は水で、そっちは炎。おもしれぇ」

長髪の男の巧断が大きく口を開けたかと思えば、初対面の小狼に向かって攻撃を向けてきた。小狼は自分の巧断でそれを見事に受け流した。男の子達を守って。
それを見て何を満足したのか、もう攻撃はしてこなかった。

「俺は浅黄笙吾だ。おまえは?」
「・・・小狼」
「おまえ、気に入った」

挑発の男の言動や行動は●●にとって理解できなかったし、理解しようとも思えなかった。関係のない人を巻き込んだり、なのに謝らなかったり、初対面の人を攻撃したり。一つ一つが理解しがたいものだった。

「笙吾!警察だ!!」
「今からいいトコだったのによ。次、会った時が楽しみだぜ!」

仲間の言葉に、長髪の男-浅黄笙吾は不機嫌そうに口元を歪め、踵を返した。
●●は我慢の限界だった。自分の動きを制するファイを振り切り、浅黄笙吾の意識の向けられている小狼の隣へと駆けだした。

「ちょっと!迷惑かけたんだから謝りなさいよ!何も言わないつもり?!」

もう去ろうと背を向けていたが、●●の声に浅黄笙吾が足を止めて振り返る。

「●●ちゃん!」
「神祇官、あいつ・・・」

黒鋼の呆れの吐息が背後から聞こえたが、今の●●には気にする理由なんてなかった。
なぜか浅黄笙吾の口元にふっと笑みが浮かぶ。

「名前は?」

その質問の意図が分からず言葉に詰まった。

「●●・・・」
「●●、か。ここらへんで見かけないタイプの美人だな」

自分の言葉に全く答える気のないような浅黄笙吾のそぶりに●●のいらだちが募る。

「初対面の人に向かって容姿についていうなんて失礼極まりないんだけど」
「そうだな、確かに悪かった。謝る」

先程まで自分の理解しがたい行動をとっていた人物が、意外にもすんなりと受け入れて謝罪の言葉を述べたことに●●は拍子抜けしてしまった。けれどすぐに浅黄笙吾は身をひるがえして、「じゃあな」という言葉を残して颯爽と消えていった。


ふと男の子達が心配になって体の向きを変えようとした時、後ろから呼び止められた。

「●●ちゃん、びっくりしたよー、ほんと」
「落ち着きがねぇな、おまえ」
「いやいや、2人は落ち着きすぎでしょ。っていうか、ファイ止めないでよ・・・」
「えーだって危ないしー?」
「・・・いや、そうなんだけど・・・そうじゃないっていうか」


そんな応酬をしていると視界の端から赤い炎を纏う巧断が小狼の中へと吸い込まれるようにして消えた。

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