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昼食を済ませた後、再度この辺りを探すことになった。とはいえ、●●たちには探す場所のあてはない。それを知った正義の提案により、一緒に探してくれることになった。
そして今は家に連絡を入れるためにどこかへ走っていってしまった正義を待っている。憧れの特級の巧断を持つ小狼と共にいれるのが嬉しいのか、その顔には嬉々とした笑顔があった。

「そう言えば話が途中になっちゃったね。夢を見たんだって?」

仕切り直すようにファイは口を開いた。正義が走っていった方向の人ごみを見つめていた●●も視線を戻した。

「はい。さっき出て来たあの炎の獣の夢です」
「妙な獣の夢なら俺も見たぞ」
「オレも見たなー」
「私は尾がいっぱいある狐みたいな獣だったよ」

全員、夢の中で巧断にはそれぞれお目にかかったことがあるようだった。例え異世界の者だとしてもこの世界に来た人には必ず巧断というものが憑くという嵐の言葉がよみがえる。ということは、夢に見た巧断がそれぞれに憑いたということだろう。

巧断は力。そしてその力を自分も持っているということは、自分もその力の使い方について選択を迫られる瞬間があるかもしれないということ。自分に憑いた巧断がいったいどれほどの力を持っているのか、どういった力なのか、全く見当が付かず、●●はそっと胸元に手を当てた。

「なにか、心配?」
「え?あ、いや・・・心配っていうか、私の巧断ってどういう感じなんだろうなぁって・・・」

ファイのこういった、笑みだけではない、見透かしたような視線を向けられると鼓動が大きく跳ね上がる。特段、見透かされて困ることはないし、嫌悪感を抱くわけでもないけれど、それでもあまりの鋭さに一瞬戸惑う。

「『シャオラン』ってのは誰だ!?」

●●たちの会話を切り裂くように人ごみの中から声が上がる。その声は正義のものでもなければ、空汰や嵐、浅黄笙吾と名乗った男のものでもない。けれどこの世界で小狼の名前を知る人はそれ以外にいないはずだ。その声の主を探すように辺りを見回すと、群衆の一番先頭に仁王立ちしてこちらを見ている男が見えた。サングラス越しに敵意の混じった視線をこちらに向けているのが分かる。初対面であるにもかかわらず、そう思えないような威圧的な態度の相手に●●は頭を抱えた。先程出会った浅黄笙吾含め、この国の人達の中にそういう人達が一定数いるようだ。

「なんか用かなぁ」

見ず知らずの、けれど威圧的な態度をとる相手にファイは怯むどころか何の恐怖さえ抱いていないようだった。そしてそれは●●の案の定、黒鋼も小狼も同様だった。

「笙吾が「気に入った」とか言ったのはおまえか!?」
「だとしたら?」
「ファイ!なんで煽ってるの!?違いますとか適当に言っておけば」
「大丈夫だよー」
「大丈夫とかそんな問題じゃ」
「えー●●ちゃんだってさっきー」

ファイの指摘に●●は押し黙るしかなかった。その指摘はもっともだと思ったからだ。ファイが言っているのは、先程の浅黄笙吾に対してファイの制止も振り切って噛みついたことだろう。ここまで分かって、もうこれ以上ファイを制止することなど出来る筈もない。

「ごめんごめん。そんな顔させたかったんじゃないんだー。心配していってくれたんだよね、ありがとう――」

ファイの言う「そんな顔」とは自分では分からなかったが、急に頬をかすめるように手の甲で撫でられた。その仕草はまるですねた子供をあやすようで、なんだか恥ずかしくなって●●は顔をそらした。相変わらずファイが笑みを浮かべてこちらを見ていることだけは分かった。

「小狼はおれです」と自ら名乗り出た小狼に●●は現実に引き戻される。素直なことが良いのか悪いのか、●●は考えてしまった。

「こんな子供か! 本当か!?」

相手がどういう『シャオラン』を想像していたのかは知らないが、困惑している様子だった。

「笙吾のチームに入るつもりか!?」
「チーム?」
「笙吾んとこそれでなくても強いヤツが多いんだ。これ以上増えたら不利なんだよ!笙吾が認めたんだ!おまえも相当強い巧断が憑いてるんだろう!もし笙吾のチームに入るつもりだったら容赦しないぞ!!」
「入りません」
「だったら、うちのチームに入れ!」
「入りません」

小狼はいたって平常心で、相手の質問に誠実に返していた。

「おれにはやることがあるんです。だから・・・」
「新しいチームをつくるつもりだな!!」

相手は憤慨したように唸り声を上げた。

「いえ、そうじゃなくて」
「今のうちにぶっ潰しとく!」

宣戦布告の叫び声と共に右手を挙げると、甲羅で身を包まれた巧断が現れた。その体は大きく、迫力があった。
それでもこちら側に特にこれといった緊張感が走るわけでもなく、ファイとモコナにいたっては「でっかいねー」と相手の、敵の巧断の大きさに感嘆していた。

「おれはそんなつもりはありません!」

小狼の言葉すらもはやどうでもいいようで、相手はただひたすらに、他者を力でねじ伏せて制御しようと敵意をむき出しに襲い掛かってきた。そんな相手の様子にファイの表情は冷めていった。ある意味、ファイにしては感情の滲み出た表情だなと●●は思った。

「聞く耳持たないって感じだね」

そう言って前に一歩出ようとしたファイを制止したのはーー黒鋼だった。

「ちょっと退屈してたんだよ。俺が相手してやらぁ」

初めて出会ってわずかしか経っていないこの時間の中で、初めて耳にした意気揚々とした黒鋼の声色。その表情は好戦的で挑発的、まるでこれから楽しいことでもあるかのようだった。

「黒鋼、さっきまで楽しんでたー」

黒鋼の纏う雰囲気をぶち壊す意図はないのだろうが、モコナの一言で一気に崩れた。その言葉に乗せられるように●●も茶化すように笑った。

「ほんと、思いっきり満喫しているように見えたけど?」
「そこ、うるせぇ!」
「けど、黒鋼さん、刀をあの人に・・・」

小狼のいう“あの人”が次元の魔女なのだろうと、なんとなくだが●●の中で見当が付いた。黒鋼の願いが何なのかは知らないけれど、それを叶えるために払った対価が刀ということだろう。

「破魔刀だ。特別のな。俺のいた日本国にいる魔物を切るにゃ必要だが」

分析するかのように黒鋼は巧断を見上げた。何の武器も持っていない状態であれば、自分の体の何倍もある大きさがあるというだけで恐怖を覚えて怯むのが一般的に思うが、黒鋼はそんな感情を微塵も抱いていないようだった。ただ、楽しそうにその口角を上げていた。

「「巧断」は魔物じゃねぇだろ」
「お前の巧断は何級だ!?」
「知らねぇし、興味ねぇ。ごちゃごちゃ言ってねぇで掛かって来いよ」

●●には全く想像もつかないが、黒鋼には勝てる算段があるのだろう。そして、こういったことに算段をつけられるだけの経験が。

「小狼くーん!」

この世界で数少ない聞き覚えのある声が聞こえてきた。こちらにたどり着いた時には息を切らしており、この騒動を心配して走ってきたのだろう。

「正義君、あれ知ってるー?」
「この界隈を狙ってるチームです!ここは笙吾さんのチームのナワバリだから!」
「あのひと強いのかなぁ」
「一級の巧断を憑けてるんです!本人はああだけど巧断の動きはすごく素早くて」

息を整えながらファイの質問に丁寧に答えてくれていた正義の言葉を●●はさえぎった。

「強い弱いとかじゃなくって・・・」
「くらえ!俺の一級巧断の攻撃を!蟹鍋旋回!」

男のその声を合図に、巧断は鋭そうな大きな体を勢いよく回した。黒鋼は見事にそれを避けた。すると黒鋼の背後に立っていた大きな柱が音を立てて崩れた。

「あの巧断は体の一部を刃物みたいに尖らせることができるんです!」

鋭いのは見かけだけではないらしい。しかし驚くべきことはあの巧断の強さでも、その鋭さでもない。本当に驚くべきことは、生身の人間である黒鋼が武器も持たずにあれほどまでに見事に巧断の攻撃をかわし、あしらっていることだ。それは●●にも分かった。けれど相手側の人達はそうではないようで、いたって上機嫌な声を上げていた。
とはいえ、何の武器も持たない黒鋼に相手を攻める術など無く、ただ相手の攻撃を避けることしか出来ない。

「危ない!」
「手、出すと怒ると思うよー。黒たんは」

ファイが加勢に入ろうとした小狼を止める。確かに黒鋼は加勢を邪魔とみなしそうだけど、それでも●●は緊張感と心配が織り交ざった感情を抑えることは出来なかった。早く終わってほしいと願うばかりだった。

「蟹動落!!」

男がそう叫ぶと巧断から二本の鋭い刃が伸びる。それが黒鋼に容赦なく襲い掛かった。崩れ落ちた建物から舞う白い砂埃が霧のように黒鋼の姿を消す。

「黒鋼!」

加勢に行く気も、それが出来るとも思ってはいないけれど、体はそう単純に制御できるものではないらしい。●●は気が付くとそう叫んでいた。その瞬間、同時に右手首に力を感じる。その力の主は、ファイだった。引き留めるというよりも、縛り付けると言い表した方が適切かもしれない程に強い力を入れていた。何も言わなかったけれど、こちらに向ける瞳も、「行くな」と言っていた。その気迫に●●はしばしファイから視線を逸らせなかった。

「ファ、イ・・・」
「黒たんは大丈夫だよー」

そう言った時のファイはすでに通常営業の表情に戻っていた。けれど腕だけはいまだに強い力でつかまれたままだった。

「巧断はどうした!見せられないような弱いヤツなのか!?」
「うるせぇ」

白くかすんだ砂埃の中から黒鋼の声がする。どうやら黒鋼は崩れ落ちてきた建物の一部の下敷きになったようだが、声から推測するにそれほど大きなけがを負っているわけではなさそうだった。
意外にも砂埃はすぐに治まり、瓦礫の下からかすり傷を負った黒鋼が姿を現す。その口元には相変わらずの笑みを浮かべていた。

「ぎゃあぎゃあ、うるせぇんだよ」
「おれの巧断は一級の中でも特別カタイんだぁ!」
「けど、弱点はある」


おされているのは黒鋼の方ではあるはずなのに、未だに余裕の笑みを崩さない表情と、先程の攻撃で崩れた瓦礫の上に立っているせいで、2人の状況はまるで逆のように思える。

「あー、刀がありゃてっとり早く・・・」

独り言のようにつぶやいた黒鋼の言葉に呼応するかのように、青い巨大な影が咆哮を上げた。その影は青い龍へと変化し、黒鋼の背後に現れた。

「おまえ、夢の中に出て来た・・・」

激しい雨が地に打ち付けるかのような音を立て、青い龍は剣へとその身を変化させた。

「使えってか?なんだ、おまえも暴れてぇのかよ」

青い龍―黒鋼の巧断の声は聞こえないが、主である黒鋼とは意思疎通出来ているらしい。

「そ・・・それがおまえの巧断か!どうせ、見かけ倒しだろ!」

先程までの威圧的で傲慢な態度は虚勢だったのか、黒鋼の巧断を目にした男の声は明らかに上ずっていた。

「こっちは次は、必殺技だぞ!蟹喰砲台!!」
「どんだけ体が硬かろう、刃物突き出してようがな、エビやカニには継ぎ目があんだよ」

呟くようにして言葉を吐き捨てた黒鋼は、全身の重心を低くすると、勢い良く瓦礫をけりつけ、男の巧断に向かう。

「破魔・竜王刃」

静かに響く、低い黒鋼の声によって発せられたその言葉が●●達の耳に届いたときにはもう終わっていた。巻き起こる砂埃の渦と、地鳴りの様な重く響く衝撃音だけが、黒鋼があの剣を使って一瞬にして男の巧断を倒したのだと理解する材料だった。
こういう結末を迎えることは開いては微塵も思ってはいなかったのだろう。心底悔しそうに、けれど戦意は枯れてしまったようで「おれの巧断があぁぁぁぁ」という叫び声が虚しく辺りに響いた。取り巻き達に支えられるようにして男は上半身を起こした。体力を消耗したのか、息が荒かった。

「も・・・もうチームつくってんじゃねーか!おまえ、「シャオラン」チームなんだろ!」
「誰の傘下にも入らねぇよ。俺ぁ生涯、ただ一人にしか仕えねぇ。知世姫にしかな」

何の迷いも見せずそう言い切った黒鋼の紅い瞳は強く、どこまでも真っ直ぐだった。

強い、と思った。何がと問われればその根拠を説明できるほど論理的思考からこの結論に至ったわけではないので何も言えないが、本能があるのだとすれば、その本能が強いと感じ取ったとしか言いようがなかった。全く持って明確さに欠ける曖昧な直感でしかないけれど、黒鋼は強いと●●は揺るぎない確信があった。

そして、その強さはおそらく、この旅の一行の中で一番―――――




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