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結局昨日は夕方近くまで街にいたが、特にめぼしい情報も見つからず、正義と別れて下宿屋へと戻ることになった。その後、嵐と空汰に日中の出来事を話した際、「羽根の波動を感知していたのに、わからなくなった」というモコナの言葉から、誰かの巧断の中にあるのではという推測が導き出された。確かに日中、正義や小狼、黒鋼の巧断が出現したりその姿を消したりする光景は目にしており、その推測に誰もが納得した。
サクラの記憶の羽根は“とても強い心の結晶”であり、巧断は持ち主の心の強さでその力が決まる、だからこそ羽根が取り込まれているとするならばその巧断は“強い”という嵐の助言により、“強い巧断が憑いている相手”を探すことに決まった。
そして今日も再び街に出た。
ふわりと頬をなでるような風が吹く。嵐のように荒々しいわけでも、雨風のように冷たいわけでもない。言い表すなら“心地よい風”が妥当だろう。けれど、それはあくまで一般的な状況下での受け取り方だ。異なる状況下に置かれれば、当然、異なる受け取り方になる。今の●●にとってその“心地よい風”は恐怖を増幅させるものだった。
「ど・・・して」
足は地上から高く離れ、目下に広がる光景は同じような格好をした群衆。屋根の絢爛な装飾から垂れ提げられた一本の縄が、●●の腰に食い込むように巻き付けらえている。ひと一人の体を支えるには誰がどう見ても細いそれが今の●●の“命綱”となっていた。不用意に重心が動いて縄に余計な負担を掛けないように全身の神経を尖らせる。
目線を下にすると自分が混乱することは容易く想像できたので、気を紛らわすように遠くを見つめる。
サクラの羽根を見つけるために、“強い巧断が憑いている相手を探す”という目的の下、●●たちは街に出た。しばらくした後、偶然にも正義と再会。その瞬間、背中から突然衝撃が襲ってきた。その衝撃に気を取られていると、みるみるうちに体は浮遊し、訳も分からず縄を括り付けられ、この状況になった。背中に衝撃を受けた瞬間からずっと頭が混乱しており、抵抗することも出来ず、されるがままだった。
ここに連れてこられてから気が付いたが、正義とモコナも自分と同じ状況になっているらしい。自分よりも上の方でかつ後ろにいるようだが、怖くて振り返ることは出来ない。
この状況になってから何度か、こうなる羽目になった原因について考えてはみたが、まったくもって見当が付かなかった。何か非があってこうなったのなら今すぐにでも謝罪したいが、そういう点も思いつかない。
なにせ、自分をこの状況にした、この状況に置くように指示したであろう人物に面識がないからだ。プリメーラーー頭が混乱している中、零れるように漏れた「だれ?」という●●の問いに彼女は笑顔でそう答えた。しばらくその動向をうかがうように見ていたけれど、未成年と思われる彼女の表情からは悪意や敵意といった感情は一向に感じられなかった。それどころか何か楽しいことを待っているような、そんな軽やかな表情をしていた。そう思った瞬間、心の中にイライラとした気持ちが湧き上がってくる。けれどそれ以上の早さと強さで、絶妙に揺れる視界と体に食い込んでくる縄のせいで、気持ち悪さがお腹辺りから込みあがってくる。どうすればよいか分からない両腕を強く抱きかかえる。次第に遠のきそうになる●●の意識をプリメーラが引き戻す。
「ねぇ、そこのアナタ!」
声がこちらに向いていると分かったので●●はゆっくりと視線をプリメーラに向けた。頬を膨らませ、少し怒っているようだった。
「笙吾君に美人って言われたからって、調子に乗らないでね!あたしの方が美人で可愛いんだから!」
突然、浅黄笙吾の名前が出てきたことで頭がさえる。彼女の言いたいことが何なのかは全く分からなかったけれど。
「あの人の知り合い?もしかして謝れって言ったことに怒ってるの?」
「笙吾君はアタシの彼氏なの!」
接点は見つかったけれど、絶妙に話がかみ合っていない。
自分が言ったことが間違っているとは思わないので謝りたくはないが、とはいえ謝らなければこの状況から解放されることはないだろうという推測が●●の決断の妨げになっていた。
「とりあえず話をしよう」そう口を開こうとした時だった。
「「「「「「プリメーラちゃーーん!!」」」」」」
突然、群衆が異口同音に一人の名前を叫んだ。あまりの不意打ちに驚きで心臓が飛び出そうになる。これには、下を見ることを意識して避けていたが、抗えなかった。
遠ざけていた現実が視覚から突き付けられる。
「っ!!」
今度こそ気を失いそうになったが、聞き覚えのある声に意識が支えられる。
「用があるならおれが聞きます!早く三人を降ろして下さい!」
紛れもなく小狼の声だった。小狼の言葉にプリメーラが「だめよ」と一蹴りしたと分かってはいても、●●に一気に精気と希望が戻ってきた。声の主を探そうと視線を下に向けて周辺を見回した。
小狼を探すのに苦慮した●●の視界の端で、大きな鳥のような生き物が羽を広げた。優美な気を放つそれが巧断であるということは外の世界から来た●●にも一瞬で分かった。そしてその主は―――ファイ。その巧断が大きな羽で包み込まれるように、ファイが立っていたから。そしてそのそばには声の主の小狼と黒鋼の姿もあった。
●●が3人の姿を見つけて安堵していると、大きな鳥のような巧断がすうっとファイの中へ吸い込まれるようにして消えていく。そうかと思えば、ファイの体は風でも纏ったかのように宙へと軽やかに浮いた。そしてプリレメーラの方へ飛んでいく。
これがファイの、巧断の力なのだろう。
「マイ巧断ちゃんカモーーンッ♪」
そう言って広げられたプリメーラの右手に突如として何やら機械のようなものが姿を現す。どういう話の流れになっているのか把握できていない●●はこれから何が始めるのか全く想像がつかなかった。
「あたしの巧断の攻撃、受けてみなさーーーいっ!」
プリメーラが巧断を口元に近づけて、大きく息を吸い込む。それを見た●●は、今からここでファイとプリメーラが互いの巧断を駆使して戦うのだということに気が付き、血の気が引いた。
「ちょっと待って、待って??」
「みんな!元気―――♪」
巧断を通してプリメーラの発した言葉が体積を持って現れた。それらはすさまじい勢いでファイを狙う。
ぶつかったような爆発音と衝撃波が大きく空気を揺らす。
「ファイっ!?」
懸命に伸ばした手もむなしく空を切るだけだった。●●は必死にファイの姿を探そうとしたが煙に覆われて何も見えない。乾いた空気がのどに入り、声がかすれて出なかった。
灰色の煙は何かに割かれるようにして晴れていった。見るとそこにはファイの姿があった。
「びっくりしたーあれも巧断かー。本当にすごいねぇこの国はー」
無傷の様だったので●●はほっと胸をなでおろした。けれど、無傷であること以上に当の本人はそこまでプリメーラの攻撃に驚いていない様子だった。
肝が据わっているなと、共に過ごした時間は少ないながらに●●は感じてはいたが、この反応を見るにこの程度のことはすでに経験済みとさえ思えた。
つまり、“戦闘”の経験がある、と。
そしてその●●の推測を裏付けるかのように、ファイはプリメーラの攻撃を軽々と受け流していた。
「なんで当たらないのよーーぅ!」
「当たったら痛そうだしぃ」
「こうなったらチェンジよ!!マイ巧断ちゃん変身!」
プリメーラの巧断がその形態を変化させた。
ファイに戦闘の経験があるであろうことは●●の中でも確信となってはいたが、それでももうこれ以上はやめてほしいと願わずにはいられなかった。心配だし、見ているこちらの心臓が持たない。
「マイ巧断ちゃんがスタンド型になったからには逃げられないわよぅ!!」
先程と同様にプリメーラの発した言葉が巧断を通して実体化し、それをファイもなれたように軽々とかわす―――と思っていると、突如実体化した文字がうねり出した。突然のことにファイもうまく避けきれず、二度目の爆発音が響き渡る。
「ファイッ!!」
煙の中から落ちていくような人影を見つけ、それを追っていくと茂みの中から白い腕が見えた。●●にはファイが何を話しているのかまでは聞こえないが、ヒラヒラと手を振っているのは「大丈夫だ」という意味だろう。すぐにファイは茂みの中から姿を現した。あれだけの爆発を起こした張本人であるにもかかわらず、特に大きなけがをした様子がないことに●●は安堵とそれ以上の呆れの感情を抱いた。いつまで、そしてどんな世界を旅するのか全く想像がつかないけれど、こんなことが毎回起こっていたら当の本人たちは良くともこちらの心臓はいくつあっても足りないなと●●は頭を抱えた。今はまだ目覚めていないサクラがこちら側の人間であることを願うばかりだ。
「うふふ、どう?もう降参?」
「降参したら、どうなっちゃうのかなぁー?」
「次の相手は「シャオラン」よ♪」
「困ったなぁ。小狼くんは大事な用があるんだよー。できたらオレで済ませたいなぁ」
「だったら!あたしに!勝たなきゃだめねーー!!」
ファイは今度の攻撃にかわすことはしなかった。大きく体を浮遊させると、実体化した文字の上をまるで滑るかのように、プリメーラ目掛けて駆け上がる。これには先程まで余裕を崩さなかったプリメーラも驚いたようで目を見張っていた。
「可愛い女の子に怪我させたくないから、やめない?」
プリメーラを押し倒すような形で、口説くような言葉で、ファイはこの戦いの勝利を宣言した。
仮にも初対面の相手に、しかも正当な理由なく戦闘を申し込んできた相手に、気恥ずかしそうなためらいも見せずさらっとこんな言葉がファイの口から出てきたことに●●は自分の耳を疑った。印象の強い言葉のせいで頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「く、くやしい―――――!!!」
プリメーラの叫び声が聞こえた、と思った瞬間、自分に働く全ての力が無に帰したような、先程までとは違う浮遊感が●●を包む。
「えっ」
一体何が起こってこうなったかまでは分からないが、下から感じる空気抵抗に自分が今落下しているのだと理解した。
「うそ、な、んでっ!?」
為す術なく放り出された四肢が虚しく空をあがく。
“死”
頭をよぎったその単語に思考を全て埋め尽くされ、視界が涙で歪む。迫りくる現実を拒むように強く目をつむった。
「たす、けて・・・だれ・・かっ」
なけなしの希望が乾いた喉から零れた。
「●●ちゃん」
温かな人肌、聞き覚えのある声、自分の体を落とさぬように回された腕に●●はそっと目を開ける。
「・・・ファイ・・」
「ごめんね?怖い思いさせて」
「別にファイのせいでこうなったわけじゃないし。でも、すっごく怖かった」
体勢を崩して落ちないように、●●はファイの首に腕を回した。まるで子供をあやすかのように「もう大丈夫だよー」とファイは●●の肩にやさしく手を添えた。
「ありがとう、助けてくれて」
「いえいえ、どういたしましてー」
「っていうか、ファイこそ体大丈夫なの?どこか怪我してない?」
「大丈夫だよー」
無事地上につくと、●●はファイの腕から離れてそのまま地面に腰を下ろした。急激に力が抜けてしまったのだ。
「●●さん、大丈夫ですか?」
小狼は心配そうに屈んで●●の顔を覗き込んだ。青白くなっていたシアンの顔に少しずつ血の気が戻ってくる。
「うん、心配してくれてありがとう。なんとか・・・大丈夫」
「いくら怖かったってつったって、へたり込んで地面に寝転んでんじゃねーよ」
「ボケ黒鋼―!あんな上で縄一本でつられて、そして戦闘始められる側の気持ちになってみなさいよ!こっちはもう色んなことで心臓止まるかと思ったんだから!ボケ!鬼畜!」
「2回もボケ言うな!」
上半身を起こして黒鋼とにらみ合う●●に、小狼はどうすればこの場を収められるのかあたふたしていた。そしてその三人の様子を傍観者の立ち位置でファイは楽しそうに笑っていた。