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向かいの城壁の方から聞き覚えのある声ーー浅黄笙悟の声がした。「なぜ」と思い視線を向けると、彼とプリメーラとの応酬が始まった。二人お互いに恋愛的行為を抱いている関係性のようだった。プリメーラは浅黄笙悟が自分と遊んでくれないので、「気に入った」と言われた小狼を自分のファンクラブに入れたらよいと考え、今に至るようだ。どうやら正義と小狼を間違えたらしい。●●もさらったのは所謂彼女の“嫉妬”のようだった。これでプリメーラの『笙吾君に美人って言われたからって、調子に乗らないでね!あたしの方が美人で可愛いんだから!』という言葉の意味を●●は理解した。そして理解できたとたん、頭がいたくなるような感覚がした。色恋沙汰にこんな風に巻き込まれる身にもなってほしいとプリメーラにお小言を言いたくなった。
「どうかしたー?立てる?」
細くてきれいな、けれど女性とは違う手が目の前に差し出される。反射的に顔を上げると、案の定その手の主はファイだった。ファイに促されるように●●はその手を取り、立ち上がった。
「ありがとう」
●●が自分の服についた砂を払っていると、遠くからモコナの声が、必死にこちらを呼びかける声が聞こえてきた。声の主は浅黄笙悟の近くにいた。すぐ傍には正義の姿もあった。
「小狼―――!小狼―――!」
小さな体を使ってこちらに何かアピールしてくるモコナの姿を見て、4人の空気が変わる。普段は細められているモコナの目が大きく見開かれていたのだ。これはモコナが羽根の波動を察知したという合図だ。
「ある!羽根がすぐそばにあるーー!!」
「どこに!?誰が持ってる!?」
「分かんないー!でも、さっきすごく強い波動感じたのー!」
羽根がすぐそばにあるということが分かっても、どこにあるかまでは特定できないむず痒さからか、モコナはその小さな手をバタバタと振った。モコナのようにジタバタと分かりやすい表現ではないものの、小狼も必死さが表情や声に滲み出ていた。
「さっき?」
モコナの言葉の一部分が●●には引っかかった。昨日もそうだったが、モコナが「感じた」瞬間がとても限定的な時間の表現で言い表されているのだ。昨日の時点ではそれは“巧断の出現”によるものだと考えられたが、この状況でそういった言い表し方をするなら、巧断の出現による羽根の波動の感じ方ではないだろう。なぜならモコナが羽根の波動を感じたであろう瞬間から、ファイを除けばおそらく誰も巧断をしまっていないからだ。
「0か1とかじゃなくって、“弱く”なったり“強く”なったりするっていうのはなんでだろう・・・」
「巧断は憑いている人を守るものだと空汰さんは言っていました」
小狼の言葉に●●は「確かに」と同意を込めて頷いた。
「だから、一番強い力を発揮するのはその相手を守るため」
「つまり、やっぱり戦ってみないと分からないってことだね」
「は?」
ファイがなぜその結論に至ったのか理解できなかった●●から、瞬時に疑問の声が漏れ出る。けれど他の三人はそうではないようだった。頷く仕草はなかったものの、黒鋼も小狼も疑問に思うどころかファイの出した結論を理解し、同意しているようだった。
好戦的とまではいかなくとも、 “戦闘”に対して小狼含めた三人には何の戸惑いも抵抗も恐怖もないようだった。それを見ることも、自分がその当事者になる事も。
●●にはそれが少し怖く思えた。例えそれが大事な目的を達成するために必要不可欠だとしても。
小狼、ファイ、黒鋼の共有しているその感覚、価値観を揺らすように●●は三人の中心に立った。
「待って、戦うって誰が誰と?」
そんなことは●●でも分かっていた、分かり切っていた。おそらくは、羽根を探し求めている小狼と、その羽根を持つ可能性のある浅黄笙悟だろう。けれどそのまま話が進みそうな雰囲気に混乱して、場を整理するような言葉が出てきた。
「何かを奪うわけじゃない。ただ確かめるだけだよ」
誉め言葉としてではなく子供に‟大人の事情”を呑み込ませようとさせるような言葉を言ってきそうなファイの笑みに●●は眉を顰める。黒鋼はそんな●●を黙って見ていた。
向かいの城壁の上にいてこちらの状況を知る由もない浅黄笙悟の声が割って入った。
「俺が余計なこと言っちまったせいで迷惑かけて悪かったな、シャオラン。けど、気に入ったってのは本当だぜ。おまえ、強いだろ。腕っぷしが強いとかじゃなく、ここが」
浅黄笙悟は右手の親指を立てて心臓の部分に触れた。
「だから。お前とやり合ってみたかったんだよ。巧断で」
浅黄笙悟の言葉が終わると小狼は●●と向き合った。
「おれは、やるべきことのために、さくらを守るために、力が欲しいし、戦う必要があるなら戦います」
「うん」
これは小狼の意思の肯定や賛同ではないけれど、こちらを見つめる視線とその言葉にただ黙ってうなずくことは出来なかった。大切な人の、大切なものを取り戻すための選択に待ったをかけた自分の言葉に真剣に向き合ってくれている小狼に、自分も真剣に向き合わねば、と。
「けど、もし、その方法が間違っていたなら言ってください」
答えを、促されている。そしてその答え次第では自分の選択を変更する意思もある、とその瞳はこちらに伝えていた。小狼は●●の考えを単に一蹴するという選択はしなかった。それを知れただけで、●●は十分だと思った。
「ありがとう。私は小狼のその選択を否定しないよ。ただ、一つお願い。誰も深く傷つかないように努めてほしい。相手は小狼の探しているものをそれと知って隠しているわけではなさそうだから。ね?」
「はい」
それだけ言って大きく頷き、戦いへと踏み出そうとした小狼の腕を●●がつかむ。
「“誰も”の中には小狼も入ってるから」
一瞬、●●の言葉に驚いて目を見開いた後、その言葉を胸にしまった小狼は再び大きく頷いた。●●は掴んだ腕から手を離し、そっと押した。
「分かりました。・・・その申し出、受けます」
待っていましたと言わんばかりに浅黄笙悟は口角を上げた。小狼の周りを取り囲むかのように炎が立ち上がり、巧断が姿を現す。巧断は憑いた人物に似るのか、似ている巧断が憑くのか分からないが、その巧断は小狼のように凛としていた。
先程からこちらを静観していたファイと黒鋼を●●は交互に横目で見やる。
「小狼だけに言ったんじゃないからね」
少し困ったような笑みを浮かべて肩をすくめたファイと視線だけこちらに向けながら無言の黒鋼。この二人の場合は小狼と同じようにはいかなさそうだと悟った●●は小さくため息をついた後、小狼へと視線を移した。戦いをするのも見るのも自分は不慣れのようで、無意識に体が強張る。
「READY!GO!!」
その言葉を合図に、両者の巧断が、炎と水が激しくぶつかった。