15

「彼にどうして炎の巧断が憑いたのか、分かる気がする」

ファイのその言葉に黒鋼も●●も何も言わなかったが、全員がそれに同意しているだろうと各々が思っていた。

彼等3人の視線の先には、激しく音を立てて、手当たり次第に破壊していく巧断の姿があった。主を守る為に暴走を始めた巧断が、今や主の言葉が耳に入らないらしい。

「取ってください!!」

正義の言葉に小狼が目を見開き、戸惑う。小狼が巧断の中の羽根に触れようとすると正義の胸は熱くなり、激しい苦痛が正義を襲った。けれどその苦痛に抵抗するように自分の胸を押さえ、涙を流しながら叫ぶ。

「僕の巧断の中にあるものが、小狼君の探していたものだったらちゃんと渡したい・・・・!」

苦しみから表情をゆがめ、本人の意思とは関係なく涙があふれるが、正義は小狼に止めてとは言わなかった。

「だから熱くても平気です!!取ってください―――――!!」

正義は自分の体に走る痛みをかき消すように、大きく叫ぶ。正義の覚悟を受け取った小狼は、一度ひっこめた腕を伸ばす。指先に羽根が降れた感触を合図に、小狼は再度力を入れて腕を伸ばし、羽根を強くつかむ。そして一気に腕を引き抜いた。
巨大化していた正義の巧断は気を失ったように、空気が抜けていく風船のようにみるみると縮んでいく。落ちそうになる正義と小さくなったその巧断は小狼の巧断にキャッチされた。そしてそのとなりに小狼がとんっと着地した。その手には、念願のサクラの羽根が大事そうに握られていた。
辺りには優しい雨が降り注ぐ。笙悟の巧断が燃え盛る炎を水で洗い流すかのように降らせていた。

「小狼くん、さくらちゃんの羽根を取り戻せみたいだね」

良かったと胸を撫で下ろし、●●の緊張はするりと解けた。

「さくらの羽根、さくらの記憶、ひとつ、取り戻せた」

炎と水とが互いに打ち消し合い、蒸気が辺りを包み込む。
それが消えたとたん、現れたのは見事にボロボロに破壊された城や建物や木々達だった。

「・・・・ぼ・・・僕のせい」

周りの光景に只呆然と立ちつくす正義に、「大丈夫だ」などと曖昧で何の根拠も持たない言葉をかけるわけにもいかず、自分達の巧断が崩壊したものを元に戻せるわけもなく、誰も声をかけられずにいた。
それは●●も同じだった。

『願いますか?』
「だれ?」

聞き覚えのある声が聞こえ、●●は辺りを見回すも、声の主らしき人は見あたらない。

「●●ちゃん?」

ファイには、●●以外には聞こえていないらしい。声の主が誰だと探しているのは自分だけらしく、不思議そうな視線でファイや黒鋼、小狼、モコナがこちらを見ていた。気のせいだと思って●●は「なんでもない」と笑ってごまかした。
けれど、声は再び●●に問いかける。

『願いますか?』

それはあまりにはっきりとした、自分以外の誰かの声だった。
●●は心の中でその声にこたえた。

もしかして、夢に出てきたあの狐・・・・私の巧断?
『その通りでございます』
そっか、だから私以外には声が聞こえないんだね。
『貴女様は、願いますか?再生を』
出来るの?

●●は蒸気の霧の中から露わになった周囲の惨状を見回す。建築物は大きく崩れ、木々はなぎ倒されていた。正義の瞳に浮かぶ涙に胸を締め付けられる。

『勿論です。何を戸惑うことがありましょう』
巧断は心の強さと比例してる。この大規模な崩壊を再生するにはそれだけ強い力がいるはず。つまり、心が強くないと出来ない訳で・・・・。

●●が全てを言い切る前に、巧断はその趣旨を理解して口を開いた。

『何を仰いますか。貴女様以外、誰が出来ましょうか。ですからどうか、願いを仰ってください。貴女様のために私はいるのです』
ありがとう。
『もったいなきお言葉、恐悦至極に存じます』
なんか仰々しいね。
『貴女様はそれに見合うお方なのですよ』
どういう意味?
『大変申し訳ありませんが、今は説明している暇はありません。再生するには影響を受けた後一定の時間内でなければなりません。長引かせては再生できなくなってしまいます。そして、あまりに大きく損壊した木々は元には戻りません。命あるものが、一度失われて、再び同じ命と体を手に入れることは出来ません。これはこの世で最も強固な道理でありますゆえ』
この世で最も強固な道理・・・。

心に重く響いたその言葉を反芻した後、●●はゆっくりと瞳を閉じ、頭を切り替えた。

とりあえず私は願えばいいんだよね、あなたに再生を。
『はい。強く、強く願ってください。祝詞は貴女様の中に』

巧断のその言葉通り、教えられた覚えのない言葉が頭に浮かんできた。そしてそれを心の中でなぞっていく。

我が名の下に誓約せし者よ
我が声聴かんとし、己が力を解放せよ
『御意。仰せのままに』
「●●ちゃん!?」

ファイに体を軽く揺さぶられ、●●は瞼を開けた。すると自分の身体が淡く光っていた。驚きはしたものの、●●ははっと顔を上げてあたりを確かめるように見回した。
崩壊した城や瓦礫、破壊された木々たちは、●●の身体と同じような光をまとっていた。

「あれはおまえの巧断か」

黒鋼の言葉は問いかけではあったが、只の確認にしか過ぎないという声色だった。●●の背後へと移された黒鋼の視線を追うと、その先には夢で視たあの白銀の毛を持つ狐がいた。●●と視線が合うと、巧断は風にさらわれるように音もなくすっと消えていった。
あたりから感嘆の声が上がる。

振返り、もう一度辺りを見回すと、破壊されたはずの城は元に戻っていて、先程の崩壊した様子をうかがわせるものはなかった。辺りの森も、所々隙間が空いてはいたが殆どの木々は再生する力までは奪われていなかったらしく、概ね元の姿に戻っていた。
正義の表情は幾分か明るくなり、涙はどこかへ消えていた。

「これは●●ちゃんの巧断の力なの?」
「た、ぶん・・・」

いまいち実感の伴わない、不思議な出来事を目の前に●●はファイのその問いに煮え切らない返答をするしかなかった。何事もなかったかのように、●●や崩壊していた建造物や木々がまとっていた光はいつの間にか消えていた。あの不思議な出来事を証明するものはもはや人々の記憶の中にしかない。

「おまえ、すごいな」

頭上から降ってきたのは●●の巧断を物珍しそうに眺める笙吾の声だった。

「なんかコレ、神話に出てくる天狐みたいじゃない?」

プリメーラは両手を笙吾の腰に回し、ケロッとした表情で●●を見ていた。

「天狐?」

当の本人が一番この事態を飲み込めていないようで、●●は初めて耳にする単語を幼い子供のように意味が分からないまま繰り返した。

「ああ、この国の神話に出てくる偉い神さまだぜ。特級以上ってことになるのか?この場合」
「へ・・・えぇ」
「●●さん!」

正義がこちらへ駆けてきた。

「ありがとうございます!」

肩で息をしながらも正義はぺこりぺこりと何度も頭を下げた。それを制止するように●●は正義に歩み寄る。顔を上げた正義に微笑みを向ける。

「あなたも、あなたの巧断も無事なようで良かった。悪意をもって引き起こされたことでもないし、それにこうやってほとんど元に戻ったし、あまり気を落とさないでね」
「はい!ありがとうございます」

正義の威勢のいい返事を確認した後、●●は小狼を振り返った。

「小狼も良かった」
「はい、羽根が見つかってよかったです」
「それもあるけど」

●●は小狼をまっすぐ見つめた。二人の視界の中に、羽根は映っていない。

「小狼くんが無事で」
「ありがとうございます」

小狼の顔に自然と笑みが浮かんだ。

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