月ハ決シテ其ノ裏側ヲ見セズニ回ルモノ
「あ」
不注意だった。
池袋に着いたとたんに臨也という己の苦手とする人物に会ったからか、頭の中を臨也という自分物に関する己の過去やら何やらが支配していた。だから気付かなかった。とある人物によってアスファルトから引っこ抜かれた街灯が、己の背後からやってくるとは・・・・
「う゛っ!!」
街灯は問答無用に●●をコンクリートの建物壁にぶつけると、そのまま地に伏せた。●●は痛みに顔を歪めて、ゆっくりと立ち上がる。
「いったー」
不覚にも、人間の本能・・・ではないが、一種の反射として声が漏れた。その声を、アスファルトから街灯を引っこ抜き、●●に突撃させた張本人は聞き漏らすことはなかった。
「あ?」
サングラスの奥からビルの壁にもたれ掛かる一人の人物を視線を向けた。そして必然的に、●●と平和島静雄の視線は交わる。
「ひ・・・・久しぶり」
「手前・・・っ」
平和島の額にはぴくりと血管が浮き上がり、其れと同時に、●●の顔は青ざめた。
「俺に何のようだ」
相手の用件を聞き入れようとする言葉が発せられてはいるものの、表情は今にも殴りかかってきそうだ。
「失礼ね。人の顔見ただけで怒らないでよ」
「静雄の知り合いか?」
平和島の隣にいたトレッドヘアーの男がそう問うと、また一本、血管が浮かび上がってきた。
「臨也の彼女らしいっすよ」
「へぇー」
男は物珍しそうに此方に視線を向けた。
「ふざけないで。いつの話ししてるの?高校生の頃の根も葉もないことをまだ覚えてるのね」
彼女は平常を装っているつもりなのだろうが、怒りの感情は見え見えだった。
「どーせ臨也が言ったことだって、分かってんでしょ?あんた、臨也のこと殺したいほど嫌いなくせに、結局臨也の口車に乗せられてんじゃないっ」
「ああ?」
二人の応酬を腰を抜かして聞くのは平和島の隣にいた男だった。
今は平和島から離れていた。
きっと彼がもうすぐそこらへんのものを手当たりしだいに引っこ抜いて彼女に投げるだろうと悟ったのだろう。
しかしそれは、彼と長年付き合っていなくとも分かることで、彼の纏うオーラが並はずれた殺気に満ちあふれ、怒りを覚えている。
しかし、彼女にはそれに怯える様子はなく、平和島に噛みついていた。
彼女はどう見ても学のない人にも見えないので、そこらへんのチンピラでもなさそうだ。話を聞く限り、彼女と平和島は前から知り合いらしいので、彼が池袋最強と言われているのも知っているはずだ。だからこれは、其れを知った上でこんな応酬をしているのだろうと一人遠くで推測する田中トム。
「ああ?じゃないわよ。それでいっつも喧嘩して、臨也に鼻で笑われてたじゃない」
頭に血が上った●●は口からいらぬ言葉まで出してしまう。
「何だと手前!!」
平和島は遂にキレた。
近くにあった標識やら看板やらを手当たり次第に●●に向かって投げつけた。それらをいとも簡単に、身軽に避ける●●だったが、先程負った傷が悲鳴を上げだし、身体は速さを失い、平和島の投げる看板に当たってしまい、意識を失った。平和島は看板や標識を投げるのを止め、気を失って倒れている●●に近づくと、ひょいっと背負った。
「ちょっと休憩貰っていいっすか?」
「構わないけど・・・・何処行くんだ?」
「変態医者」
主旨だけ伝えるとそのまま平和島はその場を後にした。今の平和島を見れば、喧嘩してぶっ倒れた相手をどこかに監禁し行っているような光景にしか見えない。彼女の担ぎ方が肩に担ぐように乱暴だったのだ。しかし、今までこんな平和島は見たことがない。喧嘩して、相手を倒したら倒したままで、何の罪悪感の表情一つ見せずにその場を去ったのに、今回は違った。
彼女が倒れると、一瞬だけだったが、罪悪の表情と顔に浮かばせたのだった。
今日は不思議なことがいくつも起こった・・・・というか見れた、と黄昏色に染まる空を仰ぎながら心の中で呟く田中トムだった。