16

人々は厚手のコートに身をくるみ、街を歩いていた。ある者はたわいもない話をしながら、ある者は楽しそうな笑みを浮かべて。

街の大通りをたくさんの人が行きかう、何の変哲もない風景。

それが僕にとって何の変哲もない風景ではなかった。

誰も僕のことなど気にも留めていないだろうに、僕の視線は過行く人日を追ってせわしなくきょろきょろと動く。
雪が降っているとはいえ、団服のおかげで温かく、体温は保たれていた。けれど体の中からじっとりとした奇妙な汗が噴き出す。
その対象物が何なのか自分でさえ分からない恐怖に僕は全身をとらわれていた。心臓の鼓動が嫌に大きく聞こえる。それに気が付くとますますその音は大きくなり、まるで耳元でなっているようにさえ思えた。神経を尖らせ、意識を外へと集中させる。思考はせわしなく動き、些細な音も聞き逃さないように耳を澄ます。それでも全身を襲う恐怖感は去ってはくれない。鼓動を刻む心音がさらなる恐怖感を連れてきているのではないか、なんて思ってしまうほど一種の錯乱状態に近い状態になっていた。
目に映るすべてが人間に見える。けれどアクマは人間の形になることも出来る。ならば、本当に、すべて人間なのだろうか。

その答えを知りたいのに、ノアとの戦いで負傷して左眼は使えない。


「っ!」


何かの気配を感じてバッと後ろを振り返った。けれどそこには何もいなかった。誰も僕のことなんて見ていなかったし、先ほどと変わらぬ風景が流れているだけだった。
安心してほっと溜息をついた時だった。自分の頭の後ろで、カチと銃に弾丸がセットされるような音がした。そしてそれは間違いなく僕の頭に向けられている。


「エクソシストでちゅね」


間髪あけずに後ろで衝撃音が鳴る。驚いたせいもあり、その衝撃で僕は尻餅をついてしまった。すると先程初めて会った人の声がした。


「あっぶな〜・・・・。なーにやってんだよ、アレン」


ラビの対アクマ武器は槌なんだろう。ラビの持つ槌の下には先程僕を狙っていたであろうアクマの残骸があった。


「立てよ。敵が来たみたいだぜ」
「大丈夫?アレン」


すっと僕に差し出されたのは白く小さな手。その小ささには見合わない、訓練で出来たのであろうタコがいくつもあった。フィンガーレスグローブが通常のものよりも薄手なのでその上からでも分かった。
その手は、見た目は白くて僕よりも小さいのに、いつだって僕を優しく包み込み、背中を押してくれる。


「ありがとう、●●」
「いいえ、どういたしまして」


差し出された手を取って僕は立ち上がった。いつか僕もそうやって●●に心から手を取ってもらえるように、なんて思いながら。


「人間を見たらアクマと思わねーと。お前今、アクマを見分けられる眼使えねェんだろ?」
「ご、ごめん」
「ラビは今・・・どうして・・・・・」
「ん?」
「イノセンス、発動!」


●●の凛とした声が響くと、武器が青い炎を纏う。その炎は上空の何かを切り裂き木っ端微塵にした。その欠片がぽそぽそと降ってくる。


「新手が来た!」


●●の指さす方向には大きく丸い個体を背負ったアクマが立っていた。
その左手の先についているクマの人形のようなものが何やらバットを大きく振りかぶっている。あそこもアクマの一部として機能しているのだろう。そのままバットを振りかぶって丸い個体をこっちに打ってきた。


「大槌小槌。満満、満」


ラビがそう唱えるごとに槌が徐々に大きくなっていく。最終的にはさっきの何倍もの大きさにまでなった。


「すっごい大きくなった!!」


●●は楽しそうに声を上げた。


「頭下げろよおー」


ラビは一度動きを止め、そして強く槌を握った。


「こんな大通りで、んなモン投げっとぉ・・・・危なねェだろアクマ!!」


振り上げられた槌は見事アクマの投げた球体に命中して破壊した。けれどそれは勢い余ってそのまま隣の建物に衝突する。
ラビから間抜けな声が上がる。

「あ」
「あ、じゃないでしょ!あ、で済む範囲超えてるでしょ!」


●●の言う通り、レンガ造りの建物には大きな穴がぽっかりと開いてしまっていた。今もぽろぽろと瓦礫が落ちてきている。


「あは。ダイジョウブ、ダイジョウブ。コムイが弁償してくれっさ!」
「そういう問題じゃない!人がいたらどう責任取れんのよ?あぁ?」


悪びれた様子も見せず笑うラビに迫り、●●はその襟をつかみ上げた。その額には青筋がぴきぴきと浮かび上がっている。ラビは先ほど●●に雪の球を投げられた時のような表情をしていた。


「と、とりあえず、場所を変えないと」
「そうね」


ラビの言葉に賛成し、●●はしぶしぶといった感じでため息をつきながら襟をつかんでいた手を離した。


「動くな!!」
「あの子達です、黒服の子供!人を殺したんです!!」
「キサマら!動くなよ」


振り返ると市民たちは恐れおののき、僕達をまるで怪物を見るかのような表情で見ていた。
その人ごみに押し出されるようにして警官が前に出てくる。警官とはいえど、その表情は少しこわばっていた。けれどその職務を全うすべくこちらへ向かってくる。


「連行する、来い!」
「あ、いや、僕達は・・・」


僕の腕をつかんだ警官に僕は事情を説明しようとした。けれどラビはその警官に対アクマ武器を突き出した。


「や、やめなさい。何を・・・・!!」
「ラビ?!」

ラビが何故そんなことをするのか分からないでいると、右手を後ろから引っ張られた。


「●●?」
「下がって、アレン」
「やめ・・・なさい!!」
「!!」


警官の体が突如変形し、大きな銃口が現れた。

それは良く見知った、アクマだった。

後ろに大きく後退し、打ち出される弾丸を左手で庇う。


「また新手が!」
「コイツら、オレらとドンパチしに来たみてェだな」
「みたい、ね」


僕達は一度大通りから立ち去ることにした。