17

僕達が辿り着いたのは車両基地だった。周りは汽車の車両ばかりで人の気配はしない。僕たち三人の呼吸する音が聞こえるだけで、そこはとても静かだった。


「しっかし、反応遅いぞ、アレン。アクマの姿になってから戦闘体勢に入ってたら死ぬぞ?」
「ごめん」
「・・・・。ラビはどうしてわかったの?」
「わかんじゃねェんだよ。全部、疑ってんだ。自分に近づく奴は全部、ずっと疑ってる。昨日会った人間が今日はアクマかもしれない。オレらはそういうのと戦争してんだから」


僕達は何もない場所へと歩き、その中心部分で立ち止まった。白い雪に覆われた地面に立つのは僕たち三人だけだ。
隠れるのではなく、僕達はここにいると言わんばかりに。

僕達は甘美な香りでも出しているのだろうか。生気のない瞳をした人間、ではなく人間の皮を庇ったアクマたちが四方八方から現れた。虚ろな瞳は確かに僕達を見て、その足を動かしていた。


「お前だってそんなことわかってんだろ、アレン。オレらはサ、圧倒的に不利なんだよ。便利な眼を持ってるお前と違ってさ。アクマは人間の中にまぎれちまう」


ラビは、黙ってアクマを見据える●●の背中を一瞥した。それにつられて僕もその背中に視線を向ける。

敏い●●なら自分に視線が向けられていることなんて気付いているだろうに、●●は決してこちらに見向きもしなかった。今、その意識はアクマだけに向いているのだろうか。いや、僕たちの会話を聞いていながら●●は黙っているのだ。その意図を少しでもくみ取りたくてその背中を凝視したものの、それは出来なかった。


「オレや、●●含め、他のエクソシストにとって人間は伯爵の味方に見えちまうんだなぁ」


ラビの言葉に、一瞬世界の時間が止まったように感じる。


「来た!」


●●の声に引き戻され、アクマからの攻撃を避ける。その声がなければ反応出来ず攻撃を直で受けることになっていた。向けられた攻撃はさっきから投げられていたあの球体だった。


「数は多いけど、見たところレベル1だけみたい。別々に行こう」
「了解!」
「分かりました」


標的を目の前にしたアクマたちは人間の体を変形させて襲い掛かる。先程まで僕達となんら変わりない、同じ姿をしていたのにもかかわらず、今はその影もない。本当にただのアクマでしかなかった。

攻撃の手を緩めることはなく、けれどふと頭の中でラビの言葉が反芻される。


『他のエクソシストにとって人間は伯爵の味方に見えちまうんだなぁ』


「キャアアァ」


頭部を銃器に変形させたアクマが女性の襟元をつかみ引きずる。いつもならとっさに反応しただろう。けれど、今は助けようという感情の前に恐怖が先に現れた。その恐怖が一瞬、僕の体を止める。そのアクマはまるで獲物をこれ見よがしに見せつけるように、女性の首を鷲掴んで僕の方へと突き出した。その口元は愉快そうに笑みを描いていた。


「助けてぇ」


女性は涙を流し、救いを求めて僕に手を伸ばした。

ノアが、人間が敵になると知ったくらいでグラついた僕の頭の中に、ラビの言葉に引っ張られて師匠の言葉が浮かんできた。

それは僕が何故目立つ団服を着て、わざわざエクソシストだとバレるようなことをするのか尋ねたときのことだった。

師匠はいつものように煙草をふかせながら、表情一つ変えずに言った。


『バレるために着てんだよ』


まるでその口調は至極当然なことを聞くなと言っているかのようだった。


『お前とは違うのだ。阿呆。見えん敵に対してこっちまで姿隠してどーする。こいつは“的”なのさ。こうしてれば近付く者をすべて疑える』


師匠の言葉に対して浮かんできた疑問を口にする。襲われるのを待っているのか、と。


『そのための団服だ』


その言葉には何の迷いも戸惑いもなかった。

今思えば、師匠を含めアクマを見分けることの出来ない他の人達は、団服を着るということがもうすでにエクソシストとして生きる覚悟の証だったんだろう。そしてその覚悟を身にまといながら、日々を生きている。


『お前に、こんな不安は無いのだろう。アレン』


覚悟と共に、それによって引き起こされる、決して消えることのない不安を抱えながら。
師匠もラビも、●●も、エクソシストになった人達はみんな、人間の中で、ずっと人間を敵と見て戦ってきたんだろう。その中にいるアクマと戦うために。身を曝して、囮となって、守るべき人間を守るために。


左手の対アクマ武器から放たれた弾丸が、アクマの脳天を貫く。


「あああ・・・!!!」


やっとのことで解放された女性はほっとした表情を浮かべながらこちらへと駆け寄ってきた。そして顔を両手で覆いながらその場に膝から崩れ落ちた。
視線を合わせようと僕も屈む。


「大丈夫?」
「う?うっ、ううう〜う〜」


嗚咽か、呻き声か、判断の付かない声が女性の口から絞り出すようにして吐き出される。

不意に自分の額に冷たく無機質な鉄が押し付けられる。助けたはずの人間も、今やその正体を現し、アクマの姿をしていた。

アクマがその銃の引き金を引くよりも早く、僕はアクマの体を貫いた。


「遅いよ」


僕はこの道を歩き続けると決めたんだ。なら、この団服と共に覚悟を決めなければ。