小さな鉄屑や灰が、風に巻き上げられて煙と共に空へと昇っていく。いつの間にか雪はやみ、雲のない空はそれを歓迎しているように見えた。まるでそれはアクマの魂が帰るべき場所に帰っていくかのようだった。その風景はとても綺麗で、とても心地いい。
一気に多数のアクマと戦ったため、僕たちは息が上がって仰向けになっていた。しばらくすればすぐに息は整った。
頭を横に向け、隣に横たわるルナを見た。ルナは相変わらず空を仰いだままだった。その横顔はとても綺麗で、少し見とれてしまった。
絹糸のような黄金の髪、白く陶器のような肌、どこまでも澄み渡る海を映し出したような青い瞳。何年も前からその姿を見ているのにいつまでたってもどこか慣れないでいた。見るたびに美しく気高くなっていくようにさえ思える。
はっと我に返り、ルナに問いかけようと口を開く。
「ねぇ、ルナ・・・・」
「ん?」
「ルナは」
僕が問いを投げおわる前に、ルナは上半身を起こしてこちらを見た。僕の心の中が見えたのだろうか、にこりと微笑んだ。けれどすぐに視線は外され、別の方向を向いてしまった。その視線の先にはさっきまで僕たちが歩いていた大通りがある。今もどこかで、人間に紛れてアクマがいるかもしれないその場所を、ルナはじっと見つめていた。
「私は崇高な意志も無いし覚悟も持ってないよ」
そう言い切ったルナの髪を風が揺らす。まるで絹糸のようなそれは光を反射してキラキラと輝いていた。けれどルナの顔はどこか険しかった。
「ただ、それをやれる者がやるべきだって思うだけ。とはいえ、それを誰かに押し付けるつもりはないし、やらなくても責めたりはしない。自分はそうすべきだって思ってるだけ」
「・・・・」
「それに・・・・。私はイノセンスの適合者になる前から人間に紛れて人間を殺すアクマを知ってた。けれどそれに抗う術を当時の私は持ってなかった。すごく怖かった。側に師匠とアレンがいたとはいえ、自分ではどうしようも出来ないんだという事実がまた恐怖を呼んだ。気がおかしくなりそうだった」
ルナからこういうことを聞くのは初めてだった。確かにルナは魘されて夜も眠れない時期があった。その時のことだろうか。
ルナはあまり自分の気持ちや考えを話したりしない。いつだってにこやかに微笑んで相手のことを受け止めるばかりだった。特に僕に対しては。ルナは一度だって僕の言葉や行動を否定したことは無い。それを嬉しいと思う反面、心のどこかで寂しいと感じている僕もいた。
「私はもう知っちゃったから。アクマがすぐそばにいるかもしれない世界で、それに抗う術もなくただ全てを疑って生きる恐怖を。それを知って、アクマに抗う術を、その恐怖を打ち砕く術を手に入れたならもうやるっきゃないよねって。あんな恐怖を感じるのは私だけでいい。もっと平和に、穏やかに生きて欲しい」
「それが、ルナがエクソシストになった理由?」
ルナは立ち上がって団服についた埃を振り払った。両手を空に伸ばし、大きく深呼吸した。
「うん。だから、私は団服を着て覚悟を決めた訳じゃない。それを着ることによっては不安は感じなかった。ただ、人間を守れる盾になれたって思った。近付く人間全てを疑うっていうのはちょっと悲しいけど、それでもそうすることで盾になれるならそんなの構わない」
「ルナがそんな風に思ってたなんて初めて聞きました」
「ま、こんなかっこいいこと言ってるけど、言い換えれば、ただ自分がその恐怖を知って、その恐怖を打ち砕く術を持っていながらそれを自分のためだけに使って生まれる罪悪感で辛い思いをしたくないだけの自己を満たすくだらない考え、なんだけどね」
ルナの照れ隠しだろうか、そう言うとすぐに瓦礫の上から飛び降りて下に行ってしまった。
「っていうか、病院戻った方が良いよね。心配だし」
僕は起き上がってルナとラビのいるところへ飛び降りた。もうアクマはいないはずなのにラビは槌を大きくし、それを逆さに地面につきたてた。
「何してんの?ラビ」
「病院ってあっちの方だよな」
「え?たぶん」
ルナも正確なことは分からなかったのだろう、ラビの質問に首を傾げて答えた。その答えを確かめるためか、僕の方を見たけれど僕もたぶんとしか言いようがなかった。
「ここ握って」
「何?」
ラビが突然、槌を握れと指示してきたので、理由は分からなかったけれどそれに従った。それを見ていたルナはラビに指示される前に槌を握った。
「落ちたら大変だから、ルナは俺が抱えてやるさ!」
「は?余計なお世話だから。ラビの方こそ、気を付けた方が良いんじゃない?私に落とされないように」
「え〜、ルナってばつれないな〜」
「ラビ、私をからかって楽しんでるよね?ね?」
ルナに言及されてラビは少し後ずさりした。当たっていたようでルナはラビを睨んだけど、ラビはあっけらかんとしていた。
「じゃあ、行くさ!」
これでどこにどう行こうと言うのか全く見当が付かなかった。それはルナも同じなのか、視線がかち合った。
「大槌小槌・・・伸」
「い″っ?!」
「う、あ!」
ラビが声を上げた瞬間、僕たちの持っていた部分が信じられないスピードで伸びた。あまりのスピードで向かい風に体が攫われそうになる。ルナが気になってちらりと後ろを見た。最初こそ怖がっているようだったけど、すぐに慣れていて楽しそうな表情をしていた。ルナの早い順応性となんでも楽しんでしまう力を僕は今少しうらやましく感じた。
ラビのおかげで無事、病院までたどり着けた。
けれどブレーキの加減が上手く出来ないようで、病院の壁を突き破ってしまった。衝撃のせいで向こう側の壁まで吹っ飛ばされた僕はなぜかブックマンの上に落ちてしまった。こうしてラビのせいで移動中、正座させられることになった。