02

「ま、ただ・・・・・。また同じの見る」


何度目か分からない姉の“記憶”から私は目を覚ます。何年も見ているものなのに未だ慣れず、恐怖感も完全には拭えないでいた。

上半身を起こすと自分の体がベッドの上にあることに気が付いた。辺りを見回すと見たことのない部屋だった。石で出来たこの部屋は随分と年季が入っており、汚いとまでは言わないが手入れが行き届いていない個所が見受けられる。


「こんなホテルに泊まってたっけ?」


というかこんな(借金生活をしていた私たちにとっては)立派なホテルに泊まれるほどのお金なんか師匠にはなかったはず・・・・。まさか、またアレンがギャンブル?

ベッドから立ち上がろうとしたとき、自分の髪が結われていることに気が付いた。寝起きなら髪はほどかれている筈。そして自分の服も外出時用だった。
そこで私は全てを思い出した。私は師匠に言われてアレンと共に黒の教団を目指していたのだった。


「じゃあ、ここは黒の教団?」


しかし、私の記憶には崖を登ってやっとの思いで頂上にたどり着いたまでの記憶しかない。教団の建物内に入った記憶など全くない。


「いや、とにかくアレンを探さないと」


ベッドの足元に丁寧にこちら向きにそろえて置かれていた靴を履き、勢いよく扉を開けた。が、すぐに閉めた。


「・・・・ダメだ・・・・これはダメだ」


ドアの向こう側の廊下は明かりは灯されているものの、薄暗く人気も感じなかった。しかも心なしかこの部屋よりも少し冷たい空気が流れている気がする。
私だって一介のエクソシストだ。だからアクマと戦ってきたし、多少のことがあっても動じない精神を持っていると自負している。グロもエロも(これは師匠のせい)耐性はある。

だけど・・・


「ほんとに、ほんとに、ホラーだけは無理っ!!!」


ドアにもたれかかりながら私は崩れ落ちた。神を信じているわけではないけれど条件反射で胸の前で手を握りしめた。目を閉じ、何の物音も聞き入れないように耳に神経を集中させる。しかしこれが悲しい人間の性か、そうしようと思えば思うほど聴覚が研ぎ澄まされていく。

そしてついに私の耳はこちらに向かってくる複数の足音を聞いてしまった。その瞬間、恐怖で体が固まり、全身に変な汗が流れ落ちる。


「っ!?」


複数の足音はなんと私の部屋の前で止まった。そして間を開けずトントンとドアをノックする音が響いた。

エクソシストはアクマを倒すことは出来ても幽霊を倒すことは出来ない。そして例え出来たとしても私は幽霊と対峙できる精神は持ち合わせていない。
終わった、と私の全細胞が悟った、その瞬間だった。


「●●、起きてますか?」


聞き慣れた、とても優しい声が聞こえた。アレンの声だ。言いようのない安心感が心の中に広がった。けれどその後に押し寄せた精神の緊張が解けた後の疲労感に襲われて私はまともに立ち上がれなかった。


「まだ眠ってるのかな?」


アレンとはまた違った男の人の声が聞こえる。どうやらドアの向こうには二人いるようだった。けれどその日との声は初めて聞いた。


「そうかもしれません。●●、ドアを開けますよ。失礼します」


ガチャとドアを開けようとしたものの、私がその前にいるせいでドアは開かなかった。


「どうしたの?アレンくん」
「どうしてでしょうか・・・ドアがこれ以上開かないんです」


アレンはさらに力をこめ、ドアを押す。すると私の体はドアに押されて無様に床に突っ伏してしまった。


「う・・・」


上手く受け身を取れなかったせいで顔面が床とご対面してしまった。


「●●?!」


アレンは驚いた様子でこちらに駆け寄って、私の体を抱き起した。


「大丈夫ですか?なんでこんなところに伏せって・・・・って、もしかして腰を抜かしたんですか?」
「・・・・・」


私のこの状態から全てを悟ったらしいアレンは噴き出して笑った。


「どうしたんだい?●●ちゃんは大丈夫?」
「大丈夫ですよ、コムイさん。●●は僕たちのことを幽霊と勘違いして怖くなってただけです。めったなことでは驚かないんですが、ホラーにだけは全く耐性がなくて弱いんです」
「ちょっと!ひ、人がこうやって本気でビビッてたのに何笑っちゃってんの?それにこんなこと、何回も見てるくせに」
「すみません。何回も見てますけど、やっぱり普段とのギャップがありすぎて慣れません」


未だに笑いを止められないでいるアレンに私は悔しくて心の中で舌打ちした。


「そっか、体調が悪い訳じゃないみたいで安心したよ」


アレンと共にこの部屋に訪れた男の人はそう言って優しく私に微笑みかけていた。


「この人は科学班室長のコムイ・リーさん」


そういってアレンが紹介してくれた、コムイさんは少し屈んですっと片手を私に差し出した。


「ようこそ、黒の教団へ」


私は知っている。
黒の教団が、決して完全なる私たちの見方ではないということを。正義の味方ではないことを。


けれど何故だろうか、私の手は引き寄せられるようにコムイさんの手を握っていた。


お姉ちゃん、戻ってきたよ、教団に。

姉と私からすべてを奪い、何も与えてはくれなかった教団。いや、厳密に言えば教団は何も与えなかったわけじゃない。教団は私たちに、悲愴、憎悪、飢餓、孤独を与えた。

だからこそ私はエクソシストとして自らの意志でここへ戻ってきた。