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今置かれている状況をどうしようかと、僕の脳は無意識のうちに回顧していた。
僕が深くかかわってきた人たちがそう多くないとはいえ、僕は喧嘩というものを経験したことがなかった。師匠と無意味な言い争いやマナやルナと言い合ったりすることはあっても、後々謝罪するほどの喧嘩はしたことがなかった。師匠とは年が離れているし相手の性格もアレだし、マナは元から喧嘩するような性格じゃない。
けれどルナはどうだろうか。無意味に誰かに喧嘩をふっかけたり、安易に喧嘩を買うような人ではないのは分かっている。それでも何か不自然だ。ルナもそう多くの人と関わって生きていたわけじゃない。僕と初めて出会った時は、まるで魂を抜き取られた人形みたいだった。師匠と僕とで旅を続けていく中で、少しずつ人間らしい表情や感情を取り戻していった。だから僕は何とも思わなかった。ルナは他人のことを無条件に受け入れる優しさを持っているのだと疑いもしなかった。

本当にそうなのだろうか?

教団に入って一気にたくさんの人達と接触を持ち、ルナと僕の世界は広がっていった。その中で見せるルナの表情や表に出す感情の中に、僕は知らなかったものも多かった。特に、神田の怒りを受け止め、そして否定したことは僕にとって衝撃的だった。ルナもこうやって誰かの意志や言葉を止めたり否定したりするのだと、僕は初めて知った。それは決して僕には見せない態度だった。


「・・・・・」


思考をめぐらしても解決策は見当たらない上に、なんだか虚しくなって気分が落ち込んできたのでやめた。

僕はリナリーの後を追いかけて汽車を降りた。
リナリーはみんなの分の晩ご飯の調達に、お弁当屋さんの前に立っていた。丁度買い終えたようでその手には大きな紙袋を抱えていた。
意を決して僕は口を開いた。


「その・・・そういえば・・・あれから一度もちゃんと話してないな・・・・と思って」


こちらに向いてくれたものの、リナリーは静かに僕の言葉を待っていた。


「あの時のこと・・・」


リナリーとの任務の中で、アクマが自爆しようとした。アクマはイノセンスによって破壊されることで初めて魂が救済される。自爆すれば魂もろとも破壊されてしまう。アクマのことで頭がいっぱいになった僕は自爆しようとしたアクマに突っ込んでいった。その時、リナリーは僕のことを考えて僕を止めてくれたにもかかわらず、僕はリナリーを責めた。なんで止めたんだ、と。リナリーはその綺麗な瞳に涙を浮かべながら仲間だからに決まっていると、僕に叫んだ。それは心の底からの何の裏表もない言葉だった。


「すみませんでした」


僕は頭を下げた。リナリーの表情は見えず、何の返事もないので一瞬沈黙が流れる。


「う”お!?」


突然、頭の上に何かがどさっと乗っかる。


「顔上げちゃダメ」
「は?あ、はい」


僕の頭に乗っけられたのはリナリーが抱えていた紙袋だろう。僕はリナリーに言われた通り、顔を上げずに、静かにリナリーの言葉を待った。


「まだ、許さないんだから。アレン君は勝手だよ」


リナリーの声がわずかに震えているように聞こえるのは気のせいだろうか。


「自分にしかアクマの魂見えないからって・・・全部背負い込んで、自分ひとり犠牲にして戦ってる。私達、何のために仲間なの?バカにしないでよ・・・どうして一緒に戦ってくれないの」


どうやら、リナリーの声が震えていたのは気のせいではないらしい。ぱたりとリナリーの膝が地面に落ちる。頭の上の紙袋を抑えながら僕は顔を上げた。リナリーは顔を手で押さえていた。頬がわずかに赤い。


「キライよ・・・アレンくんの左眼なんか。キライ・・・」
「ごめん・・・リナリー、助けてくれてありがとう」


リナリーが顔を上げた。それが突然のことで、そして予想以上に距離が近かったのでびくっと体が驚いてしまった。


「何度だって助けてやるんだから!」


涙目で僕を見上げてそう言ったあと、リナリーは紙袋を勢いよくかっさらっていった。けれど僕の横を数歩通り過ぎた後、ぴたりと立ち止まった。


「リナリー?」


また何か言い足りないことがあったのかな、なんて思っているとリナリーの口から予想外の言葉が出てきた。


「ルナにも同じようなこと言ったことあるの?」
「え?」


唐突の質問で僕は一瞬何を答えていいのか分からなかった。


「なんていうか・・・どう、なんでしょう。正直言って覚えてません。けれど、もし仮に同じ状況だったなら、ルナは止めなかったと思います」
「アレンくんが危ないのに?」
「別に僕を見捨てるわけじゃないです。ルナなら、僕が危険に飛び込んだら迷わずルナも飛び込むと思います」
「そんなことしたらどっちも危険じゃない」
「ルナはそれを承知の上でそうするんですよ。ルナは絶対に僕のことを止めたりしないんです、絶対」
「・・・・なんだかそれって変な気がする。ルナ、自分が任務じゃないのにアレンくんのお見送りに来たり」
「それは以前からですよ?」
「じゃあ、それくらいアレンくんのこと大切に思ってるのに、アレンくんが危険に飛び込んでいくのも止めないって・・・変だと思うの。ルナも・・・本当は私と同じ気持ちじゃないのかな。それを言葉にしないだけで」
「・・・同じ、気持ち」


リナリーの言っていることは容易く理解できる。容易く理解できるからこそ、おかしい。ならばなぜ、ルナは僕の言葉や意思を無条件に受け入れ、一切否定しないのか。


『ルナも神田と一緒に行ってください。僕は大丈夫です。だから』

「っ!」


マテールの自分の一言が脳裏をよぎる。


「アレンくん?」
「すみません、リナリー。先に戻っていてくれますか?」
「え、あ、うん。分かった。先に戻ってるね」
「・・・・」






『ルナも神田と一緒に行ってください。僕は大丈夫です。だから』
『分かった。ちゃんと来てね、アレン』











これではまるで、僕の言葉がルナにとって呪詛の様じゃないか。